空き教室と膝枕
扉を勢いよく開け、教室に入って来た女子生徒。その光景を見て、利都は非常に混乱した。
(え、誰?なんでこんなとこに?てか、めっちゃ目合ってるんだけど!)
そんなことを考えていると、その女子生徒が扉を閉めて鍵までしたのだ。
(・・・・・・虹矢・・・助けて!)
利都は何かされると思ったが、沈黙のまま数秒たった。そして勇気を振り絞り、利都が声を掛けようとしたとき、廊下から声が聞こえた。
「あれー?4階に上がったと思ったのに」
「でももう行き止まりだよ?」
女子2人の声が聞こえておもわず利都が声を出した。
「えっ、誰の声───」
その瞬間、扉の前にいた女子生徒が利都の所に走って来て、利都の口を手で塞いだのだ。
「っ!?」
「しー!」
すると、廊下にいた女子の影が教室の扉の前に現れた。教室の中にいた2人が同時に息を呑む。
「あれ?鍵掛かってる」
「なら、もう1回下の階に行こうよ」
幸い、鍵が掛かっていたので女子2人はそのまま階段を降りていった。
「「・・・はぁー」」
利都と女子生徒がため息を吐いて、互いに目が合った。
そして、利都の口を塞いでいた手を素早く離し、謝罪し始めた。
「すいません!」
「いや、・・・大丈夫・・・ですよ?」
お互い初対面なので、利都も敬語で話す。
「えーと、それで、俺は1年3組の畑中利都ですけど・・・君は?」
「私は、1年6組の豊崎愛春・・・です」
一応同じ学年らしい。だが、クラスが配置されている階が違うのであまり学校では見かけないかもしれない。
「豊崎さんは、なんであんなに慌てた・・・んですか?」
息を呑む程の間があった。
「・・・追われてたんです」
利都がこれまた、すごい子がいると思ったが、愛春の顔をみて冗談ではないと確信する。
「追われてたって、あの2人に?」
「・・・はい」
「理由は分か・・・りますか?」
利都が敬語に慣れていないことに気づいた愛春が、微笑みながら言った。
「別に敬語じゃなくてもいいですよ?」
図星を突かれた利都が、少し戸惑ったが利都も苦笑いをした。
「・・・なら、豊崎さんも別に敬語じゃなくていいよ」
「わかった」
そうして、改めて利都が話を切り出す。
「それで、どうして追われてたんだ?」
「実は、入学式の後、教室に行ったらさっきの2人に急に声を掛けられて、最初は普通だったんだけど、途中からプライベートなことまで聞かれて・・・」
「それで、怖くなって逃げてきたってことか」
利都が独り言のように言う。
「でもなんでまた、・・・いや、そういうことか」
愛春は、よく見ると容姿が綺麗で世間一般的に見ても美人なのだ。おそらく、女子2人も愛春が美人だったので声を掛けたのだろう。
「今までにこんなことは?」
「・・・中学のときにちょっと・・・」
(さて、どうしたもんか)
もちろん、理由も大事だが、今はこれからどうするかが大事だ。
「これからどうするんだ?」
「え?」
「入学初日にこんなんだったら、これからどうするだってことだ」
授業中はどうにかなったとしても、休み時間や放課後はまた今日みたいなことがあるはずだ。
「・・・一応クラスの中では静かに過ごすつもり」
「それで、今日みたいなことがなくなると?」
「それは・・・」
流石にここで放っておいたら胸糞が悪いと思い、利都が提案する。
「だったら、ここ使ったら?」
「え?」
「ここだったら、行きたいときに行けて内側からも鍵が掛けられるから、また今日みたいなことがあったらここに逃げてくれば?」
「でも、ここは畑中くんが使うんじゃ・・・」
「俺は別にただ暇つぶしで使ってただけだから」
「え・・・でも・・・」
「ここのことは誰にも言わないから、それじゃ俺はこれで」
そう言いながら利都が椅子を立とうとしたとき、利都の目の前が真っ暗になった。
(あっ、やば)
そのまま床に倒れかけたとき、愛春が利都を支えた。
「大丈夫!?」
「ごめん、ちょっと横にならして・・・」
利都が床で、横になろうとすると、愛春が床に正座をして、自分の膝を手で数回叩いたのだ。
「ほら、ここ使って」
「いや・・・大丈夫・・・です」
「遠慮しなくていよ、ほら」
「・・・・・ 」
勢いに流されて、利都は人生初めての、同い年の女子に膝枕をしてもらう経験をした。
(女子の膝柔らけぇし、あったけぇ・・・)
犯罪者予備軍のようなことを考えていると、数分が経ち、眠気がだんだん利都を襲う。
(あれ?・・・寝そう)
こうして、利都の視界がぼやけていき、利都は、愛春の膝の上で眠った。
いつからだろう。目を閉じても、あの日のことを思い出して、眠れなくなったのは。きっと、これからも俺はあの日を思い出しながら生きていくのだろう。
「はっ!?」
利都が目を覚まし、周りを見回す。
(ここは・・・そうか、俺倒れたんだった───)
利都の思考は停止した。なぜなら、利都は教室の床で、自分の頭が女子の膝の上にあることに気づいたからだ。
「「・・・あ」」
そこで利都と愛春の目が合う。
「ごめん!すぐにどく!」
利都が慌てて愛春の膝から立ち上がった。
「私は全然大丈夫だけど、何?寝不足?」
「・・・いや、俺、実は・・・不眠症なんだ」
「・・・でも、さっき寝れてたよね?」
愛春が疑問に思ったことは利都も同じだった。
「俺もなぜか分からないんだ。でも、一応不眠症なのは本当なんだ・・・」
急に不眠症だなんて言われても、反応に困ることは利都も分かっていた。それに、そもそもの問題として信じてもらえるかどうかも怪しい。
そんな利都の考えを無駄にするかのように愛春が言った。
「だったら、この教室を私が使わせてもらう代わりに、畑中くんが寝たいときに私が膝枕をしてあげる」
「え・・・何言って───」
利都が戸惑いの声をあげるが、愛春がそれを妨げるように、床から立ち、言った。
「いい?畑中くんは、普段寝れない分を補うために、私は、今日みたいなことがあったときのために」
そして、愛春が顔をさらに近づけた。
「お互いがお互いのためにこの空き教室を使う。分かった!?」
このときの愛春は、利都にとってかっこよく、眩しく見えた。
(・・・この人なら、俺の世界をまた昔みたいに、少しは明るくしてくれるのかな・・・いや、俺は1度、
それで後悔したじゃないか)
そんな利都の不安を跳ね除けるかのように、愛春は笑った。無邪気な子どものように。
「これからよろしくね!畑中くん!」
「!?」
利都の目には、愛春と懐かしい顔が重なる。
(最後に・・・最後に少しだけ、頼ってもいいのかな)
「こちらこそ、豊崎さん」
こうして、2人だけの秘密の関係が始まった。