暗殺者 希望男(ホープマン)
いつからか私は「ホープマン」と呼ばれるようになった。
「希望男」。
単純な名前だ。しかし、一時的でも私を希望の象徴と見てくれる人たちは確かに存在していた。
ある日、故郷の街の町長が亡くなった。
町長は金に汚く、王都の貴族たちに裏金を渡し、利権を独り占めしていた。そんな人物だったが、この街には必要な存在だったことが分かったのは、彼が青年決起騎士団と名乗る世直しの集団に剣で滅多に刺された後だった。
「我々は決起騎士団だ! この街の汚物は終わった! 安心しろ! この街の特産である暗石は我々が管理し、適正な貿易でこの街を繁栄させてやる!」
街の人々にそう宣言した。金髪で顔立ちの良い男の発言に最初は町人たちはピンとこなかった。しかし、この爽やかな青年が町長の代わりになるなら、見栄えが良いという理由で大した反対は出なかった。
だが、それは大きな誤解だった。
騎士団の男は暗石を町長時代の1/4の値段で売りさばき始めたのだ。鉱山の所有者や鉱夫、商人たちは大損をした。しかし、それでも文句や批判は出なかった。それはこの街の身から出た錆であったためだ。
実際、暗石はただの黒い石なのだ。それを加工すれば武器や農具になると謳って売りつけていたが、それは全て町長の嘘だった。この事実を暴いた騎士団の男は激怒し、 世間に全てを公表してしまったのだ。
事実が公表された後、1/4の値段でも買い手は現れるのか。いや、現れなかった。当然のように街は貧困化し、ついには食料すら満足に手に入らなくなってしまった。
暗石の鉱山は閉鎖され、鉱夫たちは失業し、絶望に身を投じた。治安が悪化していった。以前は豊かであった時、領主は治安兵を派遣してくれたが、彼らはこの街を見限り、治安兵は撤収し、二束三文でこの街は騎士団に売り渡されてしまったのだ。
騎士団は市民の声に耳を貸さず、税金の徴収をやめなかった。餓死者も出た。死体からは疫病も広がった。
ここはまさに地獄だった。
「おい、君!」
「なんだ、子供がこんな場所で何をしているのか」
他の街との交流を可能にする街道に検問所を設け、疫病患者の流出を防いでいた騎士団と対峙する。疫病を恐れているのか、彼らは鎧と兜をしっかりと身につけている中に、あの金髪の男もいた。彼はまるで疫病を知らないかのように顔を出している。
「お前たちは一体何をしているんだ?」
「疫病患者を街から出さないための措置だ。早く帰れ」
子供扱いされ、帰るよう促された金髪の男をにらみつける。初めて見るわけではないが、こんな奴が革命を名乗り、世直しをしているとは思いたくなかった。
彼の眼差しは私を虫けらのように見下しているように思えたからだ。
「今すぐこの検問所を退けて、病院に行かせろ。もしくは医者を呼んでくれ。妹が苦しんでいるんだ」
「ほう? 君の妹が疫病患者なら、君もそうではないのか?」
「黙れ! お前たちのせいで妹は動けないんだ! 俺は違う! 通してくれ!!」
「手荒な真似はしたくないが…。おい、この子供を街へ連れて行け」
「え、でもこの子は疫病患者で……」
「なんのために鎧と兜を着ているんだ?」
「……」
金髪の男に向かって言葉を投げかけると、反論をやめて近づいてきた。
「運が良ければ、王都から対策案が届くだろう。それまで幸運を」
彼は爽やかな笑みを浮かべながら手を振っている。他人事だ。
「ふざけるな…」
「来い」
「触るなぁ!」
「ぐっ!? う、うわああ!?」
私は兵士が伸ばしてきた腕を右手ではね除けた。その瞬間、跳ね除けた兵士の腕がまるで薪割りのように分断され、地面に落ちた。
「う、うわああぁああああ!?」
「怪物……?」
兵士の片腕が地面に叩きつけられる様子を見て、金髪の騎士も冷や汗をかいているように見えた。
かつて、治安兵がいた頃、空腹によって街を襲った大型魔獣の死を目の当たりにしたことがあり、その力を手に入れたのだ。騎士団の防具などは私の力には耐えられない。
「悪いが、お前を倒すぞ」
「や、やめ…ぎゃあっ!?」
兵士の頭を踏み潰すと、腰に下げていた剣を抜き、金髪の騎士に向けて剣先を突きつけた。
「怪物が! 騎士の剣を容易く使えると! お前たち! 奴を殺せ!」
「はっ!」
今思えば、ここは良い経験値稼ぎになった。槍や矢を力任せに振り回すことで剣を弾き、すぐさま鎧の隙間に剣先を突き刺す。
囲まれても問題はない。
「はああああ!」
「ぐあああああ!?」
魔獣の特殊能力でさえ得ていた私の足踏みは地面を揺らし、彼らはすぐに体勢を崩す。その隙に私は彼らを刺し貫く。
血で使い物にならなくなった直剣を捨て、地面に落ちていた槍を手に取る。槍が折れればまた直剣を手にするだけだ。
騎士団の武器を巧みに使う。彼らの死を経験値にし、次々となぎ倒していく。
「お、お助けを!」
「に、逃げろ!」
「ま、待て! 貴様ら!」
遂に騎士たちは尻尾を巻いて逃げ出した。残ったのは金髪の騎士だけだった。
「お前は一体何者だ」
「何者でもかまわないだろう。どうでもいいからそこを退け!」
「クッ! 私は元聖騎士団にも所属していたのだぞ! 貴様のような怪物に!」
先ほどの兵士たちとは比べものにならないほどの大剣を抜いた騎士は私に斬りかかってきた。しかし、正面から戦う必要はない。
「退かなかったお前が悪いんだ」
「ぐふっ!?」
剣を構えた騎士に落ちていた槍を投げた。槍は魔獣の腕力で投げられたも同等の速さ、威力で飛んだ槍は騎士の鎧を粉砕し、胴体を貫いた。
「私は怪物だからな。悪く思うなよ。お前も貰う!」
「や、止めろ。私は聖騎士団に戻…」
彼の言葉が終わる前に、私は剣で彼の頭を刎ねた。頭部は静かに地面に転がっていく。綺麗な金色の髪が泥にまみれる。
戦利品として手に入れた大剣は、今はどこにやったか思い出せない。
その事件の後、街には疫病患者が殺到し、王都は壊滅的な被害を受けた。
どうでもいいことだ。なぜなら私の妹は王都ではなく、迫害されるとされる王国の辺境の地に住む優れた医者に頼んで、快方に向かったからだ。私がしたことは妹のためだった。王国なんてどうでもいい。
しかし、結果はどうであれ、私は貧困層から「希望男」と呼ばれるようになった。
貧困の人々を救う正義の味方として。