第40話〜小さな幕引き〜
「雪那…さん」
俺達と紅葉の前に現れた女性の名を呼ぶと、彼女は俺の方を振り返り、優しく、そしてどこか悲しそうな顔で微笑んだ。
「久しぶりだね、春斗くん。ごめんね…こんなこと、巻き込んじゃって」
「こんな事って…雪那さんもしかして記憶戻ったんですか!?」
「うん、紅葉を見て思い出したよ、全部ね。だからこれ以上、春斗くんに迷惑はかけないから」
だがこれは、紅葉の異常性が巻き起こした不幸な事件だ。
そして、雪那さんはそれに巻き込まれた不幸な被害者でしかない。
だと言うのに、雪那さんは俺に対して深々と頭を下げた。
「いや、雪那さんは悪くないでしょ!原因は全部目の前の…!」
「そうだね、でも私にも止められなかった責任はある。だから…」
そう言うと雪那さんは、ゆっくりと紅葉に近づいていく。
「ねぇ、紅葉。私はここにいるよ?もうどこにもいかないし、貴方のものになってもいいから…だからもう、関係ない人を巻き込まないで」
雪那さんは真っ直ぐに紅葉を見つめ、言葉を紡ぐいだ。
紅葉は黙って雪那さんの話を聞いていたが、やがてゆっくりと雪那さんに近づいていく。
そして彼女の前まで来ると、彼女の頬をそっと撫で…そのまま…
雪那さんの首に手をかけた。
「なっ!?雪那さん!!」
「大丈夫だよ、大丈夫だから」
雪那さんは優しい声で俺を制する。
彼女は既に亡くなっている、だがら首を絞められたとしても死ぬことはないだろう。
だが…それでも、彼女が辛い目にあっていい理由にはならない。
だから…
俺は雪那さんの手を取ると、そのまま彼女を俺の方に強引に引っ張っぱり、彼女を紅葉から引き離す。
奇しくもそれは俺が彼女を抱き寄せたような形になってしまい、それを見た紅葉の雰囲気が一瞬で変化したのを感じた。
表情こそ変わらないが、その目には明らかな殺意が宿っているのを感じる。
「春斗くん…どうして?」
「目の前で知り合いが首絞められてる姿なんて、黙ってみておける分けないでしょ!」
俺がそう言うと、雪那さんは押し黙った。
「九条!雪那さんを連れて逃げ…っ!?」
そこまで言いかけたところで俺は紅葉に首を掴まれ、そのまま宙に持ち上げられる。
「羽倉くんっ!!」
九条が俺の名を叫んでいるが、反応する余裕がない。
紅葉はその細い腕からは考えられないほど強い力で俺の首を締め上げ、首からはミシミシと聞いたこともないような音がする。
(あぁこれは終わったな)
どうあがいても逃げられそうにない。
このまま首の骨を折り砕かれるのだろうか。
俺が全てを諦めそうになったとき、
ドスン、となにか衝撃のようなものを感じた。
消えかける意識の中で何とかその衝撃の正体を確かめると、そこには紅葉に後ろから抱きつく秋穂さんの姿があった。
「お兄ちゃん。もう、やめよう?」
「…」
「そんな事しても雪那はお兄ちゃんの物にはならない、本当はお兄ちゃんも気がついてるんでしょ?」
「…秋、穂」
はじめて紅葉が声を出し、妹の名前を読んだ。
「もし雪那や私の事を本当に大事に考えてくれてるなら…これ以上…大切な人達を奪わないで」
「…」
不意に紅葉が腕の力を抜き、俺はその瞬間地面に落とされる。
ようやく息を吸えるようになった開放感と、恐怖から解き放たれていく安心感もあったのだろうか。
俺の意識はそこでぷつりと途切れてしまった。
ー
ーー
ーーー
目を覚ますと、見知らぬベッドに寝かされていた。
全体的に白を貴重とした清潔感が漂う一室。
どうやらここは病院のようだ。
少し重い頭を持ち上げ身体を起こすと、俺の膝下に人の気配を感じる。
見ると九条がベッドの隣に置かれた椅子に座ったまま眠っていることに気がつく。
そして、そこでようやく学校で一件と俺が途中で気を失ってしまったことを思い出した。
「そうだ…紅葉は…!!?」
「もう、いなくなったよ」
俺の独り言に返答が帰ってきた事に驚きつつ声の方に顔を向けると、少し悲しそうな顔の秋穂さんがいた。
「秋穂さん…」
「あのあと大変だったんだよー、お兄ちゃん急にいなくなっちゃうし、春斗くんは気絶するし、色々バタバタしてたら、ものすごい慌てた未来ちゃんも来るし」
あはは、と笑いながら、秋穂さんがあの後のことを話してくれた。
紅葉が消えた…というのは成仏したということなのだろうか?
それならそれで良かったのだが…
「あ…!そしたら雪那さんは!?」
「雪那も一緒。気がついた時にはいなくなってたよ」
「そう…ですか」
自身が死に至った真相も、幽霊になってしまうほど、この世に未練を残していた理由も全てが明らかになった今、雪那さんが現世に留まる理由などはない
だが、それでも最後の別れの挨拶も出来ずに消えてしまったという事実に、俺は少しだけ寂しさを覚えた。
「まぁ!色々あったけどこれで一件落着だよ!全部春斗くんのおかげだね!」
「そんな、俺は別に何も…」
「ううん、色々頑張ってくれたの知ってるもん。だから本当にありがとう。おかげでお兄ちゃんがこれ以上罪を重ねないで済んだんだよ」
少しだけ真面目なトーンで話す秋穂さん。
実の兄が人殺しであった事実はこれまでずっと彼女が抱えてきた闇の部分でもあったのだろう。
彼女はいつも通り笑顔だったが、どこか憑き物が落ちたような、穏やかな表情にも見て取れた。
「秋穂さん…」
「さて!春斗くんが起きたなら、私はもう帰ろっかな!じゃあ退院したらまた部活で会おうね!お大事にー!」
照れ隠しのように少し足早に身支度を整えると、秋保さんは病室を後にした。
こうして俺の身に起きた、とある幽霊を巡る壮絶な事件は、いくつかの謎を残しつつも、いったん幕を閉じることになったのだった。




