番外編‐ユメジュウヤ‐ダイイチヤ
こんな夢を見た。
「こうするしかないんだ」
彼はそう言いながら私の首に手をかける。
何とか振りほどこうと彼の腕に爪を立て、血が出るほど力を込める。
だがどんなに抵抗しても、彼は少しも力を緩める事はなかった。
「これでやっと…本当に君を僕のものにできる」
そう言って彼はいつもと変わらない笑みを浮かべて、私の首を締め上げる。
どうして、こんな事になっちゃったんだろう。
私はただ皆と幸せ日常を過ごしたかっただけなのに。
もう少しだけ、生きていたかったな…
薄れゆく意識の中で、ふとそんな事を思った。
ー
ーー
ーーー
−半年前−
(はぁ、午後の授業めんどくさ…)
大学入学から早くも1年が経ち、この春から私は2年生になった。
さすがに1年も経つと大学生活や講義にも慣れてくるものの、特にサークルにも入っていなければ、バイトもしていない私は退屈な日常を過ごしていた。
(ま、退屈なくらいが幸せなんだけどね)
自分に言い聞かせるように、心のなかでそう呟く。
私は世の大学生のように、遊びや色恋の類に全く興味が持てなかった。
そんな事に時間を割くくらいなら、1人で物思いに耽ったり、読書でもして過ごした方がよほど有意義だと思っているのだ。だからこそ…
(ほんと馬鹿みたい)
今自分が置かれている状況に辟易せずにはいられなかった。
「好きです!俺と付き合ってください!」
そう言って土下座するくらいの勢いで頭を下げる1人の男性。
私は全く面識がなかったのだが、どうやら同じ学部の生徒で私と何度か授業が被った事があるらしい。
そして何を思ったのか、私に一目惚れして告白してきたそうだ。
探せば他に可愛い女子などいくらでもいるだろうに、わざわざ私を選ぶとか…なんて見る目のない人なのだろう。
そして、わざわざ創立記念館の裏にまで呼び出して告白とは…
本当にとんだロマンチストというか何と言うか…
「お願いします!」
「えっと、ごめんなさい」
私は小さく頭を下げて、丁重にお断りする。
数秒ほど気まずい沈黙が流れる。
「そっか…やっぱり話したこともないのに、いきなり告白は無茶だったかー…」
「いえ、それ以前に私は誰かと付き合う気とかありませんので」
「そうなの?なんで??」
男は心底意外そうな顔で理由を聞いてくる。
「興味がないからですよ、私は1人が好きなので」
「え、せっかく学生なのに、それはもったいなくね?」
彼の発言は全く悪気があるものではなかったのだろう、だがそれでも少し腹がたった。
学生ならば色恋沙汰に興味を持ってしかるべき
そんな決まりが一体どこにあるというのだろう。
学生の本分は学業である以上、恋に興味がない生徒がいたってなんの不思議もないはずだ。
「残念ですけど、私はそんな事は微塵も思いません。あなたの価値観を押し付けるのはやめて頂けますか?」
「そ、そっかぁ…なんかごめんね」
かなり棘のある返答をしたためか、彼は気まずそうに謝ってくる。
「ええ、では価値観が合わないことも分かりましたし、もう話は終わりでいいですか?」
「あ、うん…じゃあ、またね…」
完全に萎縮してしまったらしく、彼は足早にその場を去っていった。
「ふぅ…」
やっと面倒な話が終わったところで、小さく息をつく。
まだ次の授業まで時間があることだし、気晴らしに図書館にでも行こう。
そう思いたった時、不意に後ろから笑い声が聞こえた。
声の方に振り向くと、そこには怪しげな雰囲気を纏う銀髪の男が立っていた。
「あははっ、あんなにきっぱり振るなんて、随分酷いことするなぁ」
「なんですか…あなた?」
「あぁ、ごめんごめん。僕はただ通りがかっただけだよ」
私が不信感を隠さず対応している事を気にもとめず、笑いながら男は話す。
「そうですか、ではそのまま通り過ぎて頂けると助かります」
「まぁまぁ、そんな邪険にしないでよ。でも彼もわざわざこんなところで告白するなんて、ずいぶん場所が悪いよねぇ」
どうやら彼は、この場を立ち去るつもりはないらしい。
仕方がないので、少しだけ彼の雑談に付き合うことにする。
「彼がこの場所を選んだのは、これが咲いているからでは?」
私は一本の白く美しい百合を指差しながら言った。
「…この百合がどうかしたの?」
「この学校のジンクスなんですよ。創立記念館裏に咲く百合の前で告白した男女は結ばれるって」
「いやぁ、でもこの百合じゃなくてもいいと思うけどなぁ…」
「白い百合には【純粋】とか【無垢】っていう花言葉があるでしょ?それにあやかりたいんだと思いますよ」
「白い…??あぁ、なるほど。そういうことね」
彼は私の説明に随分歯切れ悪く応じていたが、途中で何かに気がついたらしく、1人納得した様子で急にこんな事を言ってきた。
「この百合の色は白じゃないよ」
「は…?」
一体彼は何を言っているのだろうか。
百合の花はどこからどう見ても真っ白である。
「まぁ実際に見たほうが早いかな。ちょっと手貸してくれる?」
そう言うと彼は私に手を差し伸べてくる。
その手を取れということだろうか。
「なんですか…?新手のナンパですか?」
「あはは、そんなわけ無いだろっ。目に見えるものだけが真実じゃないって事を見せてあげたいだけだよ」
彼は依然として笑っていたが、雰囲気が明らかに先ほどとは異なっていた。
どうやらふざけているわけではないらしい。
「わかりましたよ…」
諦めたように彼の手を握る。
これで一体何が変わるというのだろうか、そう思った矢先だった…
「なに…これ…っ!?」
百合の花があった場所に、突然何かが現れた。
人間、なのだろうか…?
ソレは身体中から血を流し、腕や足がもげかけ、顔の半分が爛れているが、辛うじて人間の女性の形を保っていた。
彼女は苦しそうなうめき声を上げながら、こちらを睨みつけてくる。
私は恐怖のあまり彼女から目を離すことが出来なかったが、男が私の頬を軽く叩いたことで我に返った。
「あ…あの…あれ…」
「愛してた男に惨たらしく殺された女の霊ってところかな。でも見て欲しいのはそっちじゃないんだ」
「え…何言って…?」
「百合、もう一度よく見てよ」
彼に言われ、なんとか視線を百合の花に向ける。
女の血しぶきを浴びたためだろうか、花はドス黒く濁った色に変わっていた。
「く、ろ…?」
「そう、この百合は白じゃない。そして、こんな憎悪を抱く女の前で告白したって、成功なんかするはずないよね」
なんの事もないように血塗れの女を見ながら、男は笑っている。
「さて、いつまでもこんなのを見せても可愛そうだし、そろそろ行こうか。」
満足そうにそう告げると、彼は動けない私の手を引いて、その場から移動する。
そして百合があった場所から遠く離れたところで私の手を離すと、最後にこう言った。
「黒い百合の花言葉は【復讐】や【呪い】だ。まさにさっきの女の抱く思いに相応しいよね」
彼は心から楽しそうに微笑むと、またね、と私に手を振って去っていく。
この日、私は始めて幽霊が実在することを知った。




