1話~口裂け女はなぜ流行ったの?~
「2人とも都市伝説って好きかな?」
秋穂さんが満面の笑みで訪ねてきた。
「まぁ、オカルト好きで都市伝説嫌いな人っていないんじゃないですか?」
俺がそう答えると秋穂さんは心底嬉しそうな顔をする
「だよねだよね!私も都市伝説大好きなんだ!
だから最初のテーマは…口裂け女にします!」
またベターな…口裂け女なんてもはや語り尽くされたネタではないか。
道端を歩いていると、大きなマスクを付けてトレンチコートを来た女性が「私、きれい?」と聞いてくる。
「キレイです」と答えると女性が「これでも?」といいつつおもむろにマスクを外す。
するとその女の口は耳元まで大きく避けていて化け物のような形相をしているという。
もはや誰もが知っているような話だし、今さら集まって話すようなことか?
そんなことを考えていると夏凜が口を開く。
「口裂け女がテーマって…まさか口裂け女って知ってる?みたいな話になるわけじゃないですよね…?」
「あはは、さすがに私達くらいの年代なら口裂け女くらい知ってるでしょ!」
そうじゃなくてね、と秋穂さんが続ける。
「例えば夏凜ちゃん、口裂け女が広まった起源って知ってるかな?」
「起源…確か娘を塾に行かせたくない母親が考えた作り話じゃなかったでしたっけ?それが噂で広まって、地方の新聞が取り上げてから爆発的に話題になった、みたいな感じだったはず」
「さすが夏凜ちゃん!よく知ってるね!あと電車に轢かれて酷い死に方をしてしまった女性の霊が口裂け女になったみたいな説もあるよね!」
「あぁ、口裂け女とひきこさんは実は同一人物だったみたいなやつですか」
「そうそう!春斗くんも詳しいね!じゃあ口裂け女って何であんなに流行ったんだと思う?」
秋穂さんの問いかけに夏凜がさらりと答える。
「それは当時が空前の都市伝説ブームだったからじゃないですか?人面犬とか怪人アンサー、さとるくんとかそういう都市伝説がたくさん出てきて、怪しい都市伝説っていうだけで広まる時代だったんだと思いますよ」
「あぁ、それはあるかもな。特に怪談系の都市伝説は好かれてただろうし、口裂け女なんとまさにどストライクだったろうな」
夏凜の考えに俺も同意した、ただし秋穂さんはどこか、腑に落ちない様子だった。
「そっか、じゃあもし今の時代に都市伝説ブームが来たら、口裂け女ってまた流行ると思う?」
「それは、多分ないんじゃないでしょうか?」
秋穂さんの問いかけに夏凜が答える
「ふふ、それはどうして?」
「だって今の時代に口裂け女を見たって言ったところで、写真とか動画とか何かしらのソースがないと信じてもらえないじゃないですか。もう噂でどうこうなる話じゃないと思います」
「そう!そこなんだよ!今じゃ小学生でもスマホを持ってる時代だからね、さすがに映像の証拠がないような都市伝説を流行らせるのは難しいよね」
「なるほど…映像を残す手段が乏しかったから、証拠がない怪しい都市伝説でも流行らせることができたってのが秋穂さんの意見ですか」
「そういうこと!うんうん、やっぱり2人とも飲み込みが早いね!」
なるほど、そういった視点で都市伝説を捉えたことはなかったが、確かにその意見は説得力がある。同じようにUMAや宇宙人の噂も今じゃ聞かなくなったもんな。
「そしたら今後そういう都市伝説が流行ることはなさそうですね、何なら口裂け女なんかもそのうち皆忘れて廃れていきそうだ」
「あら、それはそうとも限らないわよ」
俺の呟きに異を唱えたのは夏凜だった。
「口裂け女を恐怖の対象として扱うのは無理があるかもしれないけれど、妖怪や怪物のようなキャラクターとして見たらなかなか魅力があると思わない?」
「まぁ…確かにインパクトはあるな…」
「でしょ、あんな特徴的なビジュアルなかなかいないものね。だからキャラクターとして口裂け女をプッシュしていく動きもあったりするのよね」
そう言いながら夏凜はスマホを操作し、ウェブページを俺に見せてきた。
「何だこれ…口裂け女の祭り?」
「そ、口裂け女の発祥地で行われているお祭りよ。なかなかインパクトがあるでしょ?」
「なるほど、口裂け女をキャラクターとして客寄せに使ってるってわけか…斬新だな…」
「クリプトツーリズムってやつだね!ほんと夏凜ちゃんよく知ってるね…!」
秋穂さんが感嘆の声を上げる。
「クリプトツーリズム?ってなんです?」
「よくぞ聞いてくれました!クリプトツーリズムっていうのはね、幽霊とかUMAとか話題になった妖怪や怪物を使って町おこししようっていう活動のことだよ!」
秋穂さんが得意げに説明する。
「なるほど客寄せパンダってことですか」
「言い方!まぁでも近いかもね、口裂け女も今じゃパンダみたいな愛すべきキャラクターになってるってわけだよ!」
「昔は恐怖の対象でしかなかったのに、随分な変わりようですよね、ほんと」
「ま、みんなに忘れられるよりいいんじゃない?せっかく魅力的なキャラクターなんだからさ!」
「まぁ、それもそうですね」
秋穂さんの言葉に自然と納得できた。
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「さてさて、今日の活動はこの辺にしとこっかな」
その後しばらく話しをしていたが、秋穂さんの言葉でお開きが決まった。
「どうだった2人とも?楽しかったー??」
「普通におしゃべりしてただけに感じますけど、まぁ楽しかったです。」
「うんうん!春斗くんはどうだった?」
「俺も…まぁ、悪くは無かったです」
「えへへー!それは良かった!そしたらさ、2人ともサークル入ってくれるかな…?」
秋穂さんの問いに一瞬間が空く。
「…私は元々入部希望だったので入りますよ、ちょっとイメージと違いましたが」
沈黙を破ったのは夏凜だった。夏凜の答えに秋穂さんは大変嬉しそうだ。そして…
「うっ…」
秋穂と夏凜の視線が俺に向けられる。
「はぁ…分かりましたよ。どうせやることもないし、俺も入りますよ」
どうやら入る意外選択肢はないようだ。
サークルになど入る気はなかったが、こうした話ができる場があるというのはそんなに悪くはない。
それにつまらなければすぐに辞めればいい。そんな打算的な考えもあったのでそう答えた。
「えへへ、2人ともありがとう!!それじゃあ今日から宜しくね!」
こうして俺は入学初日から幽霊部という怪しすぎるサークルに入ることになったのだった。