第6話〜新歓合宿開始⑦〜
百物語が40話を超えた頃
「えっとぉ…次は…」
「あの…秋穂先輩。眠くなったなら止めてもいいですよ?」
時刻は深夜の1時過ぎ。
既に開始から2時間近く経っていることもあり、ついに秋穂さんに限界が来たようだ。
まぁ薄暗い部屋で長時間座り続けているのだから、眠くなるなと言う方が無理な話である。
「えへへぇ…まだ大丈夫だよぉ…」
「いや、全然大丈夫じゃないですから。ほら、お部屋に戻って休みましょう?」
子供をあやすように優しく諭す九條。
すると秋穂さんがおもむろに立ち上がり
「じゃあ、ちょっとだけ仮眠するね…」
そういって俺の部屋のベッドに入ってしまった。
「っていやいや、秋穂さん!ここ俺の部屋ですから!」
「…」
俺の突っ込みも虚しく、返答の代わりに寝息が聞こえてきた。
「うわ、寝るの早ぇ…」
「まぁ時間も時間だし、無理もないけどね」
「いや、まぁそうだけどさ…」
自室で寝る分には何も文句はない。
だがこちらの部屋で寝られてしまうと俺の居場所がなくなってしまう。
「どうすっかなぁ…」
「仕方ないわね、寝てる隣で話を続けるのも気が引けるし、いったん私の部屋行きましょ」
「…え?」
「ほら、ついてきて」
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九條に促されるまま、俺は2人の部屋に入ってしまっていた。
人生初の女の子の部屋(といってもビジネスホテルの一室だが)ということもあって、色々と心穏やかでない。
俺は何とか平静を装いつつ、九條と会話を続けていた。
「こ、このあとどうする?百物語続けるか…?」
「うーん、2人で続けるのも微妙じゃないかしら。それに私もだいぶ眠くなってきたし」
「でも百物語って途中で終わらせるとヤバいんじゃなかったか?」
百物語のルールとして一度始めたら絶対に途中で止めてはならない。
というものがある。
途中でやめた場合は世にも恐ろしいことが起きるのだとか。
「どうせ語り終えたとしてもヤバいのは変わらないじゃない」
確かに完走した場合でも、最後の物語を終えた後に恐ろしいことが起こるというのは同じではある。
「まぁそう言われるとそうなんだけどさ…」
「そもそも、そのヤバい事が起きてほしいから始めたんでしょ?だったら別に気にしなくていいじゃない」
どうせ怪奇現象が起こるなら、止めたいときに止めるべきということか。
不思議と理にはかなっている気がした。
「それもそうだな…じゃ百物語はここまでにしておくか」
「そうしましょ。じゃあ私も寝ることにするわ。隣のベッド使ってもいいけど、絶対変な気起こさないでね」
「起こさねぇよ…」
そういって俺達はそれぞれのベッドに入り、眠りにつく。
こうして新歓合宿の長い1日が終わりを向かえるのだった。
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変な気は起こさないと言ったが、隣で美少女が眠っている横で安眠出来るほど、俺は不健全な男ではない。
手を伸ばせば届く距離に無防備な九條がいる。
そう考えると無意識にあらぬ妄想をしてしまうのが男の性というものである。
結局その妄想をかき消すのに必死で眠るどころではなかった。
「…すぅ」
「ったく人の気も知らないで」
俺の苦労をよそに、九條はすやすやと穏やかな寝息を立てていた。
俺も早く寝なければ。
そう決心して改めて目を閉じた時、外から足音が聞こえてきた。
だが時刻は既に2時を回っており、人が出歩くような時間ではない。
耳を澄ませると、その足音が徐々にこちらに近づいてきているのが分かった。
「もしかして秋穂さんか?」
怪談話を続けていたことで、一瞬嫌な想像が頭をよぎったが、考えても見れば可能性はそれしかなかった。
足音はそのままゆっくりのこちらに近づき、案の定俺達の部屋の前で止まった。
ノックされるのを待っていたが、いくら待っても扉が叩かれることはない。
少し気になったが秋穂さんのことだから、まだ半分寝ぼけているのだろう。
仕方がないので俺はベッドから出て玄関の扉を開き秋穂さんを迎え入れることにした。
これでやっと自室に戻れる。そう思いながら扉を開けたがそこには誰もいなかった。
「あれ…?」
確実に足音は俺達の部屋の前で止まっていたはずである。
にも関わらず、辺りを見渡しても人の姿は無かった。
奇妙ではあったが、いないものは仕方がない。明日秋穂さんにこちらに来たのか聞いてみよう。
そう気持ちを切り替え、扉を閉めてベッドに戻る。
不思議とその後すぐに心地よい眠気に襲われ、俺はすぐに眠りにつく事ができた。
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翌朝
目が覚めると、既に起きていた九條と目があった。
「おはよ」
「おぉ…おはよう」
寝起きに挨拶を交わすのが新鮮で、少し小っ恥ずかしい気持ちになる。
「昨日は良く眠れた?」
「ある程度は。でも夜中にちょっと変なことがあってな」
「変なことって?」
昨日起きた事について九條に話そうとした時、玄関がノックされる。
出てみると、そこには秋穂さんが立っていた。
「いやー、2人ともごめんね。5分だけ眠るつもりが気がついたらもう朝になってて」
「全然大丈夫ですよ、でも昨日の夜部屋戻って来てませんでした?」
「私が?戻ってきてないけど」
「え、でも確かに昨日の夜俺達の部屋の前に誰かが立ってたんですよ、扉を開けても誰もいなかったですけど」
「何そのベタな怪談話、そんなんで驚くわけ無いでしょ…」
夜中に起きた事ってそれ?、と九條から冷たい突っ込みを入れられるが、残念ながらこれは作り話ではない。
だが確かに怖がらせるための作り話と思われても不思議ではないほど、チープな内容だった。
秋穂さんからも笑われるのではないかと思ったが、秋穂さんはなぜか納得したような、満足気な表情をしていた。
「やっぱり来たんだね」
「え、何が…?」
「言ったでしょ、2人のところに来るかもって」
「いや、だから何が?」
「何でもないよー。さ、そろそろ帰り支度しよっか!」
何かを誤魔化すように明るく振る舞う秋穂さん。
何の話をしていたのか気にはなったが、聞いても教えてくれなさそうだったので追求するのはやめておいた。
結局そのあとは何もなく、そそくさと帰り支度を整え、チェックアウトを済ませるとそのまま駅で解散となった。
最後の最後に不思議な体験をすることになった新歓合宿。
それは秋穂さんに対するほんの少しの不安と疑念を残す形となりつつ、幕を閉じるのだった。




