プロローグその➁~黒と銀~
怪しげな雰囲気をまとう校舎の隅にある、幽霊部と書かれた奇妙な空間。
その先には一体どんな光景が広がっているのだろう。もしかしたら本物の幽霊でもいるのではなかろうか。
扉を開けるまでの一瞬に様々な妄想を膨らませた。
しかし部室内に足を踏み入れた俺の目の前にあったのは、拍子抜けするほど普通の空間だった。
室内は地下であるがゆえに太陽の光はないものの、しっかりと照明がついており、標準的な明るさを備えている。
床も先程までの廊下と打って変わって清掃が行き届いているらしく、埃っぽさは微塵もない。
そして中央には長机が備えられており、まさしく一般的な文化系の部室といった様相だった。
ひとつだけ特異な点があるとすれば、その長机の隅の椅子に腰掛け、こちらを訝しむように見つめる少女がいることだ。
まっすぐ伸びた美しい黒髪はさながらJホラーに出てくる女性の霊を連想させる。
しかし霊と誤認するにはあまりにも血色がよく美しい顔立ちなので、当然ながら生きた人間なのだろう。
何よりも、もし幽霊だったならこんな怪訝な顔を向けたりしないはずである。
「なに…?もしかして入部希望の人…?」
少女はこちらを警戒しながら聞いてきた。
「いや…ただ好奇心で中に入ってみただけ…」
少女の雰囲気に気圧され、そう答えるのがやっとだった。
何人も寄せ付けないような怪しげな雰囲気を放っていた空間に、まさか女の子がいるとは、、これはさすがに予想外だった。
いやでもよく考えたら、部室なんだから人がいてもおかしくはないよな・・。
ひと呼吸置いてそんな当たり前な結論に辿り着いた俺は、冷静さを取り戻し改めて少女の方に向き直る。
少女は相変わらず不審者を見るような目でこちらを見ている。
「す、すみません、俺もう出ますんで…」
あはは、と乾いた笑いを浮かべながら踵を返す。
彼女からしたら、部員でも入部希望でもない俺はただの冷やかしだ。さっさとここを離れた方が賢明だろう。
そうして部屋を出ようとしたのだが、気が付くと目の前に銀髪の少女が、目を輝かせながら立っていた。
「ねね!君、もしかして入部希望の子!?」
目が合うやいなや、銀髪の女の子は俺に詰め寄りながらそう聞いてくる。
「いや、たまたま通りかかっただけで・・」
「えー!そうなの?!でも偶然でも入ってきたってことは幽霊とか興味あったりするんじゃない!?」
「いや、まぁ幽霊は好き…ですけど…」
「あ!だよねだよね!!やっぱりそうだー!好きそうな顔してるもん!」
勢いに負けてつい幽霊好きをカミングアウトしてしまった。
っていうか何だよ幽霊好きそうな顔って、軽く失礼だぞ。
「あはは、あ、俺もう出ますんで、失礼しまし…」
「ちょっと待って!!」
がしり、と両手を挟み込むように包まれる。
いや、掴まれるといったほうが正しいな。
「ねぇ、もしよかったら説明だけでも聞いていかない?幽霊好きなら絶対興味持つはずだから!」
「いや、俺部活とか興味ないんで…」
「それなら大丈夫!ここサークルだから!」
「え?でも幽霊部って…」
「幽霊部っていう名前のサークルだから!」
「なんだよそれ…」
確かに大学がこんな怪しげな活動団体を部活として認める訳がないが、なら普通に幽霊サークルでいいだろうに。
「あ、今サークルなのになんで部活って付けてるんだ、って思ったでしょ?」
「まぁ、思いましたけど・・・」
「うふふ、それはね」
彼女は怪しげに微笑みを浮かべながら言葉を続けた。
「幽霊部って名前なら部員は【幽霊部員】になるでしょ?なんか面白いじゃん!」
「うわぁ、くだらねぇ…」
勿体ぶって話すからには相応の理由があるのかと思いきや、想像以上にしょうもない理由だった。
俺が呆れていることに気付いたのか、彼女は慌てたように言葉を続けた。
「そ、そういうわけでサークルだし、そんな本格的に活動してるわけじゃないから、緩いし気楽だよ!」
「は、はぁ、、」
「それに幽霊好きなんでしょ?だったらこのサークル絶対気に入ってくれるはずだよ!」
「・・・具体的にどんなことするサークルなんですか?」
怪しさしか感じないが、正直幽霊についてのサークルというのは興味がないわけでもない。
ひとまず話だけ聞いてみることにした。
「お!興味持ってくれたんだね!じゃあそこの椅子に座って!ちょうどもう1人入部希望の子が来てるし、一緒に説明するから!」
そういうと彼女は先ほどの黒髪の少女の隣にある椅子を指さした。
「え、入部希望ってもしかしてその子も?」
「そだよ!夏凜ちゃんもついさっき入部希望で来てくれたんだ!」
黒髪の少女はどうやら夏凜という名前らしい、俺は改めて夏凜と呼ばれた少女に目を移す。
俺の目線に気が付くと相変わらず、怪訝そうな顔をしながら彼女はこちらに体を向けた。
「九條夏凜です。よろしく」
「あ、あぁ、羽倉春斗です。こちらこそよろしく」
人を寄せ付けない独特なオーラを放つ少女から挨拶されたことに若干戸惑いつつ、簡単な自己紹介を済ませる。
「なるほど、春斗君だね、よろしく!ちなみに私は七瀬秋穂だよ!ちなみにこのサークルの部長やってます!」
テンションの高い銀髪少女が、嬉しそうに名乗る。
やたら熱烈に勧誘してくると思ったが、部長だったのか。そう納得しながら、促された席に座った。
席に着いたことを確認すると、にこやかな笑みを浮かべて七瀬さんが俺たちに向かい合うように座った。
「じゃあ、さっそく幽霊部について説明してくね!」
そうして子供のようにキラキラ目を輝かせた七瀬さんによって、このサークルのプレゼンが始まったのだった。