閑話休題④~見えるけど見えない距離~
「雨、だいぶ小降りになってきたな」
「そうね」
怪奇現象の話をしているうちに、外はすっかり暗くなっていたが、同時に雨も治まりつつあった。
「この後どうなるかも分からないし、そろそろ帰りましょうか」
「だな…早いとこ帰るか」
雨が治まっているうちに早く帰ろう。
そう判断した俺達は、足早に部室を後にした。
いつものように鍵を返却し、旧校舎を出ようと思ったのだが、そこである事に気がつく。
「そういえばお前傘壊れてるんじゃ…?」
「まーね、でも小雨だし多少濡れても大丈夫よ」
あっけらかんと答える九條。
こいつ、こういうとこあるんだよな…妙に男勝りというかなんというか。
「さすがに女一人濡らして帰るわけにも行かねぇだろう…」
「気にしなくていいわよ、元は私が蒔いた種だし」
「いや、そういうわけにはいかないんだよ…」
そう言って九條に傘を差し出す。
「これ使ってくれ」
「いや、本当に大丈夫だってば」
「俺が大丈夫じゃないんだよ…女の子が濡れてる横で傘さして歩くとか、世間の目が痛すぎる」
「気にしてるのそこなのね…」
九條は少し呆れたようだった。
何故だ、俺はなにか変なこと言っただろうか?
「まぁいっか…そういうことなら半分借りるわ」
そう言いながら九條は傘を受け取り、それを広げた。
「半分ってどういうことだ?」
「言葉通りよ、ほらあなたも入って」
「…は…?」
半分、それはつまり俺と九條で半分ずつ傘を使おうという提案だった。
とどのつまり相合い傘というやつである。
「い、いやいや!何でそうなるんだよ?!」
「私を濡らすと世間体が良くないんでしょ?」
「いや、そうだけど、だから傘使っていいって…」
「私だって持ち主から傘を奪って、自分だけ指すなんて後味悪いのよ…。だからシェアさせてもらえば済む話でしょ?」
「いや、そうかも知れないけど…」
確かに九條の提案は理にかなっているように聞こえた。
だが根本的なところが抜け落ちている。
「相合い傘なんて、カップルがするもんだろ…」
「別にそういう決まりはないでしょ?私は気にしないし」
「俺か気にするんだよ」
「あら?でもあなただってメリットがあるんじゃない?あなたが言った世間体的には、彼女を侍らせてるように見られるのはプラスだと思うわよ」
「いや、そういう問題じゃ…」
「いつまでもこうして校舎の前で話してても埒が明かないわ、いいからいきましょ?」
そう言って九條は俺に傘を持たせて歩き始める。必然に九條を濡らさないように俺が隣を歩くことになり、相合い傘の構図が出来上がってしまった。
女の子と相合い傘をするなど人生で初の経験である。
九條は傘にちゃんと入れているか。
傘を指す高さはどのくらいがいいのか。
どの程度の歩幅で歩けばいいのか。
何か話題を振ったほうがいいのだろうか。
初めてゆえに気になることが多すぎる。
そんな俺の苦悩をよそに、九條はいつも通り涼しい顔で歩いている。
そうこうしているうちに駅につく。
結局俺達は駅まで一言も言葉を交わす事はなかった。
九條と俺の最寄駅は逆方向なので、駅で別れることになる。
「じゃあ、ここまでだな。あ、傘そのまま使っていいぞ」
「あ、それは大丈夫よ。私の家、駅から直結だから濡れないし。」
「…は?」
さらりととんでもないことを言われた気がする。
家が駅直結?
何それ、九條さんてもしやお嬢様か何かですか?
と、ポカンとしている俺に九條が一言。
「それじゃあ、そろそろ電車くるから」
そう言ってホームに向けて歩き出す。
普通に聞いたら驚くような話でも、自慢げなく淡白に話す。
そもそも自慢する気など一切なく、相手に必要な情報だから答えたに過ぎないのだろう。
九條夏凜とはそういう人物なのである。
それじゃあ俺も帰るかと、ホームに向かって歩き始めようとした時。
「羽倉くん」
九條に呼び止められ振り返る。
「傘、ありがとう。また明日ね」
そう言うとひらひらと手を振り、足早にホームに消えていった。
「反則だな、今のは…」
可愛い。
…正直そう思った。