プロローグその➀~旧校舎と幽霊部~
子供の頃から幽霊が好きだった。
未知のものに触れる高揚感や、話を見聞きした後の背筋がゾクリと凍るような感覚。
そして何より、得体のしれない恐怖を抱えながら布団を被った時の、不安と安心感が入り混じった複雑な感情。
そんな非日常的な感覚を手軽に俺に与えてくれる。
だから、俺はずっと幽霊が好きだった。
しかしその幽霊好きが、まさかこんな状況を引き起こすとは、、
実は人生というのは、ホラー映画や怪談話よりずっと怪奇なのかもしれない。
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羽倉 春斗、19歳。
憂鬱だった高校受験を終え、本日晴れて大学生となったわけだが、俺は早くも大学の実情に辟易していた。
「ねぇ、君!音楽好きかな!?」
「大学デビューで新しいことしてみない?!登山やってみようよ!?」
「テニス興味ないかな?うち緩めのサークルだから初心者大歓迎だよ!」
「あぁ。。うんざりだ。。」
退屈な入学式を終えキャンパスに戻ったと思えば、待っていたのはキラキラムード全開の先輩方によるサークル勧誘だった。
大学デビューを飾るのに必須となるブランド、【所属サークル】を決める上で、本来この勧誘は非常に有り難いものかもしれないが、
苦手なものトップファイブに服屋の定員が話しかけてくることが入る俺にとって、これは正直地獄でしかない。
元々俺は人と話すことが好きではないのだ、いやむしろ嫌いといったほうがいい。
よそ行きの仮面を被ったもの同士が、相手を不快にさせないよう気を配り、社交辞令を述べ合うなどまさに時間の無駄としか言いようがないではないか。
そんなことに時間を割くくらいなら、一人物思いに耽っていたほうが余程有意義である。
そういった気持ちから、俺は普段から極力人との会話を避けてきた。
まぁ、そうなると必然的に人間関係を構成する機会も無くなるわけだが、、俺にとってそれはむしろ好都合だ。
他人との関わりという厄介なしがらみに囚われる必要もなく、自分自身の貴重な時間を全て自分のためだけに使うことができる。
これこそまさに人類の叡智とも言える最高にクレバーな生き方ではないか。
…こんな思考を続けた結果、ここに一人のぼっちが誕生したというわけだが。
話を戻そう、サークル勧誘という特殊な環境に置かれたことで、普段なら俺に一ミリも興味を示さないであろう、イケメン男子や小悪魔系女子などがこぞって話しかけてくるのだ。
これを気に心機一転!陽キャの仲間入りをするぞ!
なんて簡単に気持ちを切り替えられたら楽なのだが、俺の固い決意はそれを許さなない。
俺は孤独を愛し、孤独に愛される男なのである。
決して本当はちょっと憧れているけど、どうあの輪に入ればいいのか皆目見当もつかない、などという訳ではないので勘違いしないように頼む、いやマジで。
ともかく、そんな孤高の一匹狼とも言える俺にとってサークル勧誘というイベントは相性最悪なのである。この状況を打破すべく、俺は人気のない場所を探すことにしたのだった。
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校舎を練り歩くこと数分、俺は今の自分にとってオアシスともいえるような場所を見つけた。
創立記念館。
別名旧校舎とよばれるひどく古い建物はこの大学ができた当初から建っているらしい。
そんなわけで一部界隈では非常に価値が高い建築物として知られているそうだが、温故知新という言葉から最も縁遠い大学生にとっては、ただの古く埃っぽい建物でしかない。
少なくとも好き好んで近寄るような場所ではないだろう。現にこの旧校舎付近にはほとんど人の気配がなかった。
だが、今の俺にとってはまさに僥倖。
これこそが求めていた理想郷、迷わず校内へと足を踏み入れた。
「想像以上だな…」
それが率直な感想だった。さすがに大学の敷地内ということもあって、最低限整備はされているようだが、全体的に埃っぽく照明がチカチカと何とも不安定。
さらにくすんだ廊下のせいで、地面からの照り返しもなく、廃墟と言われても納得できるレベルの環境である。
これは人が寄り付かない訳だと納得したが、今の俺にとっては好都合、居心地がいいとさえ思えた。
そんな何とも不気味な空間を練り歩くこと数分、古びた廊下の突き当りに階段を発見した。
外見からは分からなかったが、この建物はどうやら地下にもフロアがあるらしい。となれば迷わず目指すは…
「下、だよな…」
さぁ、下を向いて歩こう。
迷わず薄暗い階段を降りることにした。
「しっかしこの校舎、本当に現役なのかよ…」
階段を降りた先に広がっていたのは先程より一層薄暗く、もはやお化け屋敷と見紛うほどどんよりと暗い廊下だった。
辛うじて周囲の把握はできるものの、空間を照らす照明の半分以上は切れてしまっており、光を失っていた。
残った照明のか細い光を頼りに、ゆっくりと足を進める。
そしてやっとのことでフロアの突き当りに辿り着いたのだが、そこで俺が目にしたのは、異様な雰囲気に包まれた部屋だった。
「これ、部室か…?」
一見なんの部屋か分からなかったが、形状的にどうやら部室のようだ。それを裏付けるように扉にはプレートがついており、部室名が書かれていた。
「幽霊部…?」
消え入りそうな文字ではあったが、プレートにははっきりとそう書かれていた。
冗談としか思えないような名前だ、常識的に考えて見るからにやばい部活に違いない。
これは絶対に近寄るべきではない場所だと理性が告げているが、それ以上に「幽霊」というワードが俺の心を掴んでいた。
幽霊部ってなんだ?
一体何をする部活だ…?
この扉の先には何がある…?
俺の思考を好奇心という名の劇薬が支配していく。
気がついた時には俺は扉を開け、怪しげな室内に足を踏み入れていた。