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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

攻撃依存症と三分間憎悪

作者: 平之和移


 精神病院、病棟は依存症科の一室普段カウンセリングに使われる部屋は今、暗く閉ざされテレビとボクと男と椅子とカメラしかない。


 ボクと男は椅子に座ってテレビを見る。この様子はカメラで主治医たちに見られている。


 テレビがVTRの再生を始める。“攻撃依存症についての説明”と安い編集ソフトで作られた映像が流れ始めた。


「いい加減飽きましたね」


 となりの男がそう言う。彼はボクとよくつるんでいる患者で、ぼくと同じ攻撃依存症。名前は知らないが内心で腹黒と呼んでいる。いつも気味悪くニコニコしているからそう呼ぶ。


「……攻撃依存症とは」VTRは女性の声で進んでいる。「SNS、ネットの普及と依存により発生したヒステリーです。この症状に罹ると相手が誰であろうと差別的かつ攻撃的になり、人が苦しまないとパニックになります」


 病の説明にしてはチクチクしている。これはボクたち患者を煽っているのだ。人が苦しんでいなくてもパニックにならないし、相手は選ぶ。いや、選んでしまう。


 他にも色々言われて説明終了。


「三分間憎悪を始めてください」


 ついに来た。これがこのイベントのメインディッシュ。忌避と歓喜が混ざった感情で吐き気がする。


 ピーっと甲高い音が鳴って、政治家っぽい男の画像が現れる。記者会見の様子。


 政治家。それはつまりボクらの敵。クズ。なぜクズ? 知らない。でも奴は悪い奴だ。どこが? いや悪い奴だ。どこが? 黙れ、クズなんだ。


 ボクはボクを抑えようとする。テレビに映る男を攻撃すまいと唇を噛んだ。


 画像が変わった。先の男が笑っている。


 カッとなった。


 そのあとは耳を切り落としたくなるような汚言の数々。言葉は止まらず涙も止まらず。言いたくないことが本人面して口を出る。腹黒も汗を散らして叫んでいる。


 三分後。ビックブラザーが心を休めてくれるようなこともなく、終わった。息も切れ切れ。


 別の部屋に移動することに。腹黒とは別れた。看護師に案内され着いた部屋には主治医がいた。眼鏡と白衣、ちょっとの白髪が特徴。


「どうでしたか? 三分間憎悪は」


 ボクの心を解っていない微笑みで聞いてきた。


「ボクは……」感情に該当する文言を探す。「嫌でした」


「何が?」


「嫌なんです。あんなこと言って。この病気が。言いたくないことを言わせる。あんなことを口にさせられたせいで、ボクはクビになった。こんな苦しいことはないです」


「この病の治療……つまりはまぁ症状を和らげることですが。これには受容が必要です。自分がどんな症状で、どう思っているのか。客観視ができるようになっていきましょう」


 そう締めくくられた。何が治療だ。元はといえばSNSが炎上ばかりするのが悪い。あれのおかげで、世の中には大悪が詰まっていると判った。別にヒーローを気取るつもりはないが、文句言うぐらいはいいだろう。


 でも……でもボクは言い過ぎだ。口汚い。さっきまで考えていたことだって、どうしてそんなに医者を責め立てているんだ。SNSのせいとか関係ない。ボクが差別的なのが悪い。あぁ、どうしてこの思考に至るまでが無駄に長いんだ。ボクが悪いという三歳児でもできる自己嫌悪が、ボクはすぐにできない。こんなので大人を名乗るなんて……。


 食堂兼広場。テーブル席がいくつかとソファがある。患者たちが思い思いに集い、テレビもある場所。ボクは腹黒とテーブル席に座って先の三分間憎悪について語り合っていた。


「女性は、苦手です」


 テレビでは女性キャスターがニュースを語る。


「責めてくなるんです。女性というだけで。どうしてでしょうね。本当に……とんでもない奴です」


「辛いですよね」


 と言うボクは、彼のことを見下していた。己が醜いとは思っているけど、女性差別は、差別はいけない。ならこんな奴、いくらでも攻撃していいじゃないか。断頭台に首を乗せた者には罵詈雑言を浴びせたい。それが人じゃないか。


 後日。また二人で三分間憎悪。これが好きな奴なんていない。治療目的でカメラに撮られ、誰かをバカにしろとは。


 VTRはいつものように、ボクたちを煽った。そして映るはふくよかな男性。汚れた眼鏡にボロ腐ったセーター、安いデニムズボン。ぎこちない笑顔。


「この男性は、いまだに実家で暮らす四十代男性」


 思わず眉をひそめた。言葉の内容ではなく、言葉が発されたことに。こんな説明は初めて聞く。


「貧しい家でひもじく暮らし、薄給で母を介護しています。施設に送る余裕もありません。非正規のまま、お金がなく大学にも入れなかった彼は、今日も頑張ります」


 VTR終了。


「三分間憎悪を始めてください」


 テレビに映る無情文章。耳に聞こえる無法説明。カウントダウンは始まらない。


 ボクと腹黒は顔を見合った。銃を譲り合い、引き金を任せたがる腑抜けが二人。


 結局、ボクが始めた。


 当然、今までと比べてキレはない。粗悪品を褒めるように表現を研ぎ澄まし、自分が傷つかない誹謗中傷を探る。だがしかし、そういう逃げが己の痴態を示す。


 腹黒も嫌々乗る。あげる声は絶叫、悲痛の発狂、乱射みたいなパニック。言ったことも解らない。


 三分間が終わった。


 部屋はそのまま、テレビを見続ける。今まで三分間バカにしてきた人々の詳細なプロフィールが流れる。辛い過去と苦しい今が群がり、ボクを加害者と声なく嬲る。目を閉じても音声で語られる。耳を塞いでも、内なる責め苦に逃げ場なし。


 さらにそのあと。主治医とのカウンセリングが始まる。


「どうでしたか」


 やる気も怠けも感じられない声色で聞いてくる。ニッコリ笑顔はまさにマネキン。白い部屋に白衣にホワイトカラーなパソコン。眼鏡に映るボクは醜悪。


「こんなの」医師の目を見ることができず、ボクは言う。「あんまりです」


 沈黙。「続けて」催促。


「あんまりですよ。依存症ってのは、やめたくてもやめられないから病気だって、オリエンテーションで聞きました。なのにボクらを責めるんですか」


「攻撃依存症には道徳問題も付きまといます。共感性のない……一般にサイコパスと言われるような方々には今回のは通じないかもですが。しかし、貴方には良心がありまして」


 感情に理屈で答えられた。頭は回らず、何を言われているか処理できない。


「良心があると、自己正当化しちゃいまして。自分の悪意から自分を守ろうとしてしまう。自分は被害者だからーって。この考えが薄いと認知療法で何とかですけど、思想が濃いとどうしてもねぇ。放置するとマズイし、事件になるとうるさいし。だからこうなってですね。こうならないと被害者の心情としても……ということです」


「つまりその」


「加害しているのに自己認識が被害者だと治らないですよ。受容って奴です」



 

 ……食堂のソファ。腹黒がブツブツと呟いている。


「自分は加害者……加害者……」「あの女子高生は虐待サバイバー……」「後遺症あり……」「自分みたいに……」「自分はそれを……」「加害……加害……」


 それっきり、腹黒とは会わなくなった。まだ院内にいるし、食事の際もそこにいる。しかし、ボクもかれも自室にこもりっきりで、会話なんてしなくなった。


 そして。うっとうしくやってきた朝に、ボクは一人で三分間憎悪をすることになった。


 差別的説明VTR、詳細なプロフィール、愚かなボクの撮影、一人の寂しさと虚しさ。


 来る日も来る日も繰り返す。誰かを攻撃するたびに屈辱を感じ、苦しくなって、言葉を失う。罵倒なんて考えるだけで喉が詰まって吐きそうだ。


 主治医はこんなボクを見て、「もう、大丈夫ですよ」と言った。抑うつ剤と日々の生活のみとなり、苛立ってはあの三分がフラッシュバック。抜け殻となったボクは、病院から退院を認められた。


 退院準備中、鏡に映るのはやつれたボク。腹黒はまだ部屋から出ない。




 通院から帰る途中の電車、スマホで職探し。個人サイトとか、掲示板まとめ、SNSは最低最小しか使わない。気軽に人を責める輩を見ると、あの三分を思い出す。


 電車から降りて、人のうねる都市を行く。街頭テレビがニュースを伝えてきた。“殺傷事件の犯人逮捕”。聞けば聞くほどバカにしたくなって、三分がよぎって息が乱れる。


「続いてのニュースです。攻撃依存症の治療として用いられている三分間憎悪ですが……」


「いたずらにトラウマを増やし、社会復帰を困難にし……」


「人権侵害であると団体から抗議……」


「被害者団体は『彼らは加害行為をしたのであり、彼ら自身にもその理解が必要。病の治療としての側面だけでなく、被害者の苦しみにも目を向けてほしい。この国は加害者に甘すぎる』とコメントしています」

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