星降る町*2
「やあ、フォーリン」
僕は少々迷いながら、フォーリンに声を掛ける。すると、赤いドレスにマシンガンの美女は、僕の方をちらり、と見て訝し気な顔をした。
「あー……ええと、昨夜、君の歌を聞いてた。PUB POTATO HEADで」
「ああ、お客さんだったの。昨夜はどうも」
フォーリンはにっこりと整った笑みを浮かべた。完璧な作り笑いだ。
「失礼だけど、何をしようとしているのか、聞いても?」
作り笑いの美女に更に質問を重ねるのは中々勇気が要ることだったが、しょうがない。僕は少々礼儀知らずの奴になりきって、フォーリンに質問を重ねる。
「ええ、簡単なこと。あいつらをこれで殺してやろうと思って」
フォーリンは笑顔で、マシンガンを示した。『少し手元が狂えばあなたが死ぬことになる』という脅しにも見える。
「そうか。それは、ここから?つまり、この位置から撃つのかな、っていう疑問なんだけれど」
「ええ。何か問題でも?まさか私を止める気?」
そろそろ苛立ってきた様子のフォーリンに、僕は何と言ったらいいものか、少し迷ってからやはり、ジャガイモ頭のマスターに倣って、正直に言うことにする。
「いいや、是非、やってくれ。ただ……あの建物、僕の職場なんだ。玄関のガラス戸を壊さないように頼みたいんだけれど」
僕が指し示すのは、フォーリンとゴルフボール頭を挟んで向こう側。職場の愛すべき非自動ドアだ。
フォーリンはそれを見て、きょとん、として……そして、満面の笑みを浮かべた。おそらく、心からの笑顔だ。
「オーケー!分かったわ。任せて!」
そしてフォーリンは晴れやかに笑うと、少々位置取りを変えて……マシンガンを、ぶっぱなし始めた。
フォーリンの銃口の先が、見る見る内にはじけていく。
『消火器の御腕に救われる会』の会員と思しき者達が、次々に穴だらけになっていく。そしてその穴という穴から血液や別のものを噴出して、地面に倒れていく。地面は相変わらず『俺はゴミ箱じゃない!』と叫んでいたが、そんなものを気にする者はどこにも居ない。
この気が狂ったストレンジタウンにおいても、重火器の類を見るのは初めてだ。大抵、ストレンジタウンでの殺人はナイフや鈍器で行われる。ああ、チェーンソーとかもあるか。それから、事件か事故か判別できないけれど、時々街の片隅で何かが爆発している音が聞こえてくることはある。
まあ、とにかく、重火器は珍しい。精密な道具がこのストレンジタウンで生産できるのかは怪しいし、外部から持ち込むっていうのも難しいだろう。一体どこでどうやって調達したものなんだろうか。
「さあ、あなた1人になったわね」
血だまりをハイヒールで踏んで、美女が笑う。まるで映画のワンシーンだ。だが、ここではこれが現実だ。
フォーリンが歩み寄る先では、ゴルフボール頭が怯えて竦んでいる。さっきまで信者達が囲んでいたせいか、ゴルフボール頭だけは最後まで生き残っていたようだ。運がいいのか、悪いのか。まあ、運が悪いんだろうけれど。
「答えてもらいましょうか。ネズミ野郎はどこに居るの?」
フォーリンがマシンガンを突き付けながらそう尋ねれば、ゴルフボール頭はただ、『知らない、知らない』と首を横に振る。
「ああ、そう。じゃあ、もう1つ……天使のフィルムは、どこから買ったの?」
だが、こちらは何か思い当るものがあったらしい。ゴルフボール頭は何事か、フォーリンに言って……そして。
「そう。教えてくれてありがとう。さよなら」
次の瞬間、ゴルフボールに銃弾が撃ち込まれて、勢いよくはじけ飛んだ。
そうして僕の職場の前は、血と紙吹雪でいっぱいになった。紙吹雪はゴルフボール頭の中から出てきたものだ。彼はミラーボールになろうとしているゴルフボールだったようだが、頭部を撃たれて破裂する時に紙吹雪を遺していったところを見ると、中々の努力家だったようだ。まあ、頭には紙吹雪より脳が詰まっているべきだと僕は思っているけれど。
「ガラス戸は無事よ」
真っ赤な職場前を眺めていると、横からフォーリンにそう、声を掛けられる。ついでに魅惑的な笑顔付きだ。まあ、あれだけ銃弾をぶちまけていれば笑顔にもなるだろう。
「ありがとう。助かったよ、フォーリン」
「この程度はお安い御用だわ」
フォーリンはまたも微笑むと、それから、ふと、じっと僕の顔を見つめ始める。
「……何か?」
「ねえ、もしかして、あなた、ストレンジャー?」
何だろう、と思っていると、目を輝かせたフォーリンが身を乗り出すようにしてそう、尋ねてくる。
「ニワトリが連れてきた隣人が1人居る、とは聞いていたのよ。ねえ、あなたがストレンジャーなんじゃない?」
「ああ、まあ、ニワトリと、パブのマスターにはそう呼ばれてるけれど」
よくよく考えると、僕のあだ名が『異邦人』なのは、どうなんだろうか。まあ、いいけれど。
「やっぱりね!道理で中々魅力的だと思ったわ!」
フォーリンはころころと笑う。何がお気に召したのかは分からないが、まあ、光栄なことだね。
「私、何日かはこの町に居るの。もしよかったらお話ししましょうね」
「ああ。喜んで」
フォーリンはにっこり笑って、それから、マシンガンを片付け始める。彼女のマシンガンの収納場所は、どうやら、赤いドレスのスカートの中であったらしい。
少々目に毒な収納風景から目を逸らしつつ、『ああ、彼女のドレスが赤いのは返り血が目立たないからだろうか』なんて思う。まあ、少なくとも、ロングスカートのドレス姿なのは、中にマシンガンを隠すためのようだし。
フォーリンと別れて、僕は職場に入ろうとして……すると、驚くべきことが起こった。
なんと、非自動ドアであるはずのガラス戸が、もじもじ、と開いたのだ!
人一人分の隙間を開けて、尚ももじもじ、とするガラス戸に、僕はつい、微笑んでしまう。どうやらこのガラス戸は、僕の嘆願によって助命されたことを恩に感じているらしい。中々義理堅くて健気な奴だ。
ガラス戸を軽く撫でてから職場の中に入ると、ガラス戸は、ぴゃっ、と野生動物のような素早さで閉じた。義理堅くて健気な上、照れ屋らしい。
僕はガラス戸と心を通わせることができた喜びに少し浮かれながら、早速、自分のデスクへと向かう。
その日は兵長蜘蛛の訓練風景を眺めたり、PCに繋がれたタワシが『もしかして私ってディスプレイですか?』とたずねてきたので『違うよ』と教えてやったり、窓に激突してきて潰れた神風特攻プリンを弔ったりして過ごしつつ、上司を監視していた。
だが、特に、僕の死亡に関する手続きを進める様子は無かった。代わりに、僕の給与の振込先を僕の口座ではない口座に切り替えようとしていたので、僕はそっと、PCの電源を抜いた。どうやら上司は当面僕を生きていることにして、その間の僕の給与をそっくりそのまま横取りするつもりらしい。全く、油断できない。
それから、上司は日がな一日、消火器を吸引して過ごしていた。もしかするとうちの上司も『消火器の御腕に救われる会』に入信しているのかもしれない。
上司は定時より前に職場を出て行った。普段、職場に寝泊まりしているのだろう上司にしては珍しいな、と思ったのだが、本人の独り言を聞く限り、『花の金曜日には飲みに出なきゃあ……』とのことだったので、恐らく、どこかへ酒を飲みにいくのだろう。もしかすると酒じゃないものを飲むのかもしれないが。ガソリンとかね。まあ、あの上司ならあり得ない話じゃない。
僕はきっかり定時で職場を出た。またもガラス戸がもじもじ開くのに挨拶してから家へと向かう。
今日もパブで食事を摂って、鍵と戯れて、眠る予定で、町をのんびり歩いていく。そして実際、道の真ん中に落ちて萎びている巨大なナスから芽が生えてきているくらいしか変わったことも無く、僕は家の前およびパブの前まで戻ってきた。
かろん、とドアベルを鳴らしてパブに入れば、昨日の賑わいはどこへやら、すっかりがらんとして静かないつものパブがあった。
「いらっしゃい、ストレンジャー。今日もお疲れ様」
「マスターも……ええと、毎日お疲れ様」
マスターの労働時間はそっと意識の隅に押しやりつつ、僕はいつものカウンター席へと向かう。今日の食事はアイリッシュシチューだ。肉とジャガイモを塩水でただじっくり煮込んだだけの、シンプルな料理。これが非常に美味かった。
それから、たっぷりの野菜をみじん切りにしてひき肉と合わせたものがぎっしり詰まったミートパイ。これもまた、中々悪くない味だったので、やっぱりこのパブと出会えてよかったな、と思う。
「どうだい、ストレンジャー。今日の料理は」
「今日も最高だね」
「そりゃあよかった!ところでデザートにハニーマフィンがあるんだが、どうだい?ニワトリの卵を使ってるからね、味は保証するよ」
「折角だから貰おうかな」
美味い食事と良き隣人。これがあるから、ストレンジタウンでの生活もそう悪くないと思える。この町に慣れてしまうことが良いことかはさておき、まあ、それでもひとまず、今のところは、ということで。
からん、とドアベルが鳴る。珍しいな、と思って振り返ってみれば、案の定、ニワトリが居た。それはそうだ。このパブは普段、あまり客が居ない。フォーリンが来るのでもなければ、店の中の客は多くて5人程度なのだから、その分、来た客がニワトリである可能性は高くなる。
「マスター。適当に見繕ってくれ。腹が減ってる」
ただ1つ、僕の予想を外れたことがあった。
「ポテトヘッド。私はいつも通り。フライドチキンとコーラをお願い!」
ニワトリが、フォーリンを伴ってやってきたことだ。
「隣、いいか」
「うん、どうぞ」
ニワトリに隣の椅子を勧めると、ニワトリは更にその隣の椅子をフォーリンのために引く。実に上品なエスコートぶりだ。
「なら遠慮なく!」
ただ、フォーリンはニワトリが引いた椅子ではなく、僕の隣へと座った。これには少々驚かされたし、ニワトリも『やれやれ』と言いたげな様子で笑っている。結局、カウンター席には僕、フォーリン、ニワトリ、という並びで座ることになった。
「朝はどうも。おかげで罪のない可哀相なガラス戸を巻き込まなくて済んだわ」
「こちらこそありがとう。うちの職場が吹き曝しにならなくて済んだし、ガラス戸も喜んでる」
にっこりと魅惑的な笑みを浮かべるフォーリンに笑い返して、それから、話題を探して少し考える。だが生憎、こういう時に気の利いた話が出てくる程、僕は器用じゃない。
「あー、ええと、あなたはどうしてこの町へ?外に住んでいるんだろう?」
結局、当たり障りのないことを聞くことになる。聞いてから、やっぱり当たり障りがあったんじゃないか、と思うがもう遅い。幸いなことに、フォーリンはまるで気にせず、笑顔で答えてくれたけれど。
「ええ、仕事でね。そう。歌を歌う方じゃなくて、殺しの」
「ああ、成程、殺しの」
そう。気まずくなるのは僕だけだ。フォーリンはにこにこと笑顔だし、その向こうでニワトリは肩を震わせている。どうやら僕が困っているのを見て楽しんでいるらしい。なんてやつだ!
「今回は反消火器勢力からの依頼であいつらを殺しに来たの」
「成程」
反消火器勢力。そんなものがあるのか。是非あの上司にけしかけたい勢力だ。
「あなたが仕事場に入っていった後で、依頼達成の証拠として奴らの首をいくらか切り取ったわ。後で郵送するつもり」
「それは大変だね」
僕は、持ち込まれた生首に郵便局のバニーガールが悲鳴を上げる様子を思い浮かべた。本当に大変だ。そう、本当に大変だ。僕はこれにどうリアクションを返せばいいんだ?
僕はしばらく悩んで、ひとまず当たり障りのない愛想笑いを浮かべておくことにして、そのままフォーリンと見つめ合う。
……そして一拍後、フォーリンははじけたように笑いだした。
「冗談よ!」
そうか。冗談だったか。それはよかった。それで、ええと……どこからどこまでが?