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Unnamed*3

 僕は久しぶりに有休を取得した。午前休とかじゃなくて、しっかり一日休。それも、3日分もまとめて。

「成程な。つまり、5連休か」

「ああ。豪勢にいこうと思ってね」

 そして僕は、ニワトリと一緒に車に乗っている。運転席が僕、助手席がニワトリだ。AT限定免許しか持っていない僕だけれど、運転は別に嫌いじゃない。一方のニワトリは『俺の免許はマニュアル限定って訳じゃないが、マニュアル車しか運転できない』とのことだったので、レンタカーがオートマだった以上、僕が運転することになる。

「ねえ、ストレンジャー?もっと飛ばさないの?」

「まあ、法定速度を遵守していこうかと思ってね」

 後部座席にはフォーリンが座っている。……彼女はオートマだろうがマニュアルだろうが、何なら大型だろうがキャタピラだろうが乗れるらしいのだけれど、ニワトリ曰く『あいつの運転する車に乗っていると寿命が縮む』とのことだったので、まあ、僕が運転し続けることになるだろう。概ね、予想は付くよ。彼女、運転が荒いんだろうね。

「区役所は近いのか」

「ああ。あと5分もかからないと思うよ」

 そう。

 今、僕らは車に乗って、リトルハット行政区内を走っているところだ。




 色々と、考えた。勿論、人を殺すことの是非はもうどうでもよくて、その手段について。殺すべき奴らをストレンジタウンへ招く、っていうのは、まあ、難しいね、と。

 ストレンジタウンは狂気の町だ。そんなことは誰でも知っている。だからこそ僕みたいなことにならない限り異動になんてならないし、そうじゃなくたって、わざわざ訪れようとする奴は居ない。

 だが、ストレンジタウンの外で人を殺すというのは中々難しい。何故なら、ストレンジタウンの外は法律と警察に守られているからだ。その証拠に、今はあのフォーリンでさえ、銃火器を1つも持っていない……ように見える。実は1つ持っているらしいんだけれどね。まあ、それは知らないふり、だ。

 まあ、そういうわけで、奴らをおびき出すための工作が必要だ。ストレンジタウンに来ない奴らをストレンジタウンに来させるにはどうすればいいか。

 ……それは、彼らにのっぴきならない理由を与えるしかない。


 そしてそれが、僕にはできる。

 僕は、『安浦京』だから。




 リトルハット行政区役所へ入った僕は、区民課へ向かう。

「すみません」

「はーい。どのようなご用件で……」

 そして窓口で声を掛ければ、『安浦京』が出てきた。

 彼女はすっかり顔面蒼白になって僕を見る。まるで幽霊でも見つけたような顔だ。だが残念。僕は生きてる。彼女の期待を裏切って申し訳ないけれどね。

「死んだと思ったかな」

「え、ううん、そんな、全然……ええと、元気?」

「おかげ様でね。とても元気にやってるよ」

 僕が笑って話す間、彼女の表情は凍り付きっぱなしだった。僕はそれにまた笑みを漏らしつつ、彼女に仕事を与えることにする。

「じゃあ、これ、頼めるかな。転出届、やっと出しに来たんだ」

 僕は、『安浦京』がリトルハット行政区内からブルーバード特別区へ引っ越しした、という書類を提出することにした。


 僕の目の前の『安浦京』は、凍り付いたように書類を見下ろした。

 わなわなと、彼女は震える。まあ、それはそうだろうね。

 転出届が受理されれば、彼女はリトルハット行政区内に居住していないことになる。住宅手当は出なくなるだろうし、そもそも、このリトルハット行政区役所で住民票を発行できなくなるね。まあ、身分を偽っているんだから、それくらいは当然、覚悟しておくべきだったと思うけれど。

「受理できません!あなたは『安浦京』じゃない!本人確認できない書類は受理しませんから!」

「そう言われてもな。僕は安浦京だ。何を言ってるんだ?」

 突然喚く『安浦京』を前に、僕はにっこりと余裕を持った笑みを浮かべることができる。カウンターの奥では、ざわざわと、『あの安浦京が何事だ?』というように、職員達がざわめいていた。

「それに、これを受理してもらえないと困るよ。つい昨日、転籍届はブルーバード特別区で受理されたから、本籍地はブルーバード特別区になってる。それに、ブルーバード特別区にはもう、転入届だって受理されてるんだ」

 僕の言葉を、彼女はどんな気持ちで聞いただろう。『安浦京の本籍地』が変わってしまったことについて、その意味にはすぐ思い当たるはずだ。


 ……要は、彼女、婚姻届に必要な戸籍謄本を入手するために、ストレンジタウンへ行かなきゃいけなくなった、ってことさ。

 だって、我らがブルーバード特別区は戸籍謄本取り寄せサービスなんてやってないからね。




 恐らく、彼女は僕が転籍したり転出入の手続きをしたりするとは思っていなかったと思う。いや、『できるとは思っていなかった』のかな。

 多分、もう僕のあらゆる本人確認書類は使えないように手続きがされている。それくらいは彼女も上司と一緒に対策していただろうね。けれど、僕が既に取得していた戸籍謄本までは、どうしようもない。だから、僕は偶々持っていた戸籍謄本を使って、僕の職場内でひっそりと転籍届を受理させることに成功したという訳だ。

 ……あれ。ということは僕の運転免許証も使えないのだろうから、僕は今日、無免許運転したっていうことになるのかな。帰りはフォーリンに運転を任せた方がいいだろうか。いや、別にいいか、無免許運転でも。

「だから、ここで転出届だけ受理されないと、困るな」

 僕が笑ってそう言えば、彼女はますます青ざめて、カウンターの上の転出届をじっと見つめている。


 そんな彼女を見て、僕は、『まあ、愚かだな』と思う。

 彼女は結婚して苗字を変えて、それから適当に家庭裁判所に申請して名前も変える予定だったんだろう。そうして『安浦京』の名前は戸籍変更の藻屑となって消え去る予定だったはずだ。

 ……まあ、急がなかった理由も、分かるよ。僕はどうせ死んだものと思われていたんだろうし、戸籍謄本は本籍地であるリトルハット行政区でしか発行できないんだから、僕が何かしようとしていたら気づけたんだろうし。そして何より、僕が休暇を取ってリトルハット行政区へ帰ってくるなんて、思わなかっただろうから。




「そういうわけで、『安浦京』の本籍地はブルーバード特別区になってる。転入届もブルーバード特別区で受理されてる。そして君が知る通り、リトルハット行政区の管轄内という名目であっても、戸籍も住民票も全部、ブルーバード特別区内で別途管理されているから、リトルハット行政区役所からブルーバード特別区の戸籍を操作することはできない」

 僕の言葉は果たして伝わっているかな。彼女、何も耳に入っていないような顔になってしまったけれど。

「ふ、不正じゃないの?それ。そんなの……不正だよ」

 そうしてようやく絞り出した声が、これだ。参ったね。不正はそっちだっていうのに。

「ブルーバード特別区が独自に戸籍を管理する、なんてルールを定めたのは僕じゃない。残念だけれど、ブルーバード特別区がリトルハット行政区の管轄になった時に、当時のリトルハット行政区長が定めたルールだよ」

 僕は笑って、彼女にいくつか教えてやる。きっと必要な情報だろうからね。

「まあ、妙なルールが多いね。ブルーバード特別区には色々と妙なルールがあるんだよ。諸々の書類は提出から14日間に本人が窓口にくれば取り消しができる、とか。ブルーバード特別区内で行方不明になった人は7年待たずに死亡届を提出できる、とか」

 僕はストレンジタウンの奇異(ストレンジ)なルールを並べた後、改めてもう一回、カウンターの上の転出届を彼女へ差し向ける。

「じゃあ、まあ、そういうことだから、転出届、受理してくれるね?」

 僕はそう告げてから、笑って立ち去ることにした。僕が背を向けたカウンターではヒステリックに紙を破り捨てる音が響いていたけれど、まあ、気にしない。まるで気にならない程度には、僕は今、機嫌がいいからね。




 さて。僕が区役所から出てくると、丁度、ニワトリとフォーリンもそれぞれの用事を終えて戻ってきたところだったらしい。僕らは車に乗り込んで、また、ストレンジタウンへ向けて出発した。

「そっちは上手くいったか」

「ああ。完璧だよ。あのクソ女を挑発してこられたし、あいつのヒステリックな顔も見られた。転籍したこととか、ブルーバード特別区の行政ルールとか、必要なことは全部伝えてこられたと思うよ」

 僕は笑って、ニワトリとフォーリンに報告する。

「あいつらはそう遠くなくブルーバード特別区に来て、転籍届の取り消しを依頼するか、戸籍謄本を取得して婚姻届を提出しようとするか……まあ、そういう行動に出ると思うから」

「そうか。それは何よりだ」

 ニワトリはにやりと笑って応えてくれた。

 僕も笑って、それに返した。

「実に楽しみだよ。あいつらがストレンジタウンに来るのが」

 いっそ鼻歌でも歌いたいような気分で、僕は車を走らせる。法定速度を遵守した、実に正しい運転で。過度なスピードが無くても、十分に気分は爽快だったから。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ご本人登場!
[良い点] こういう、相手の思わぬところから足元を掬う感じめちゃくちゃ好きです!!
[一言] 悪いことをしたやつらには、狂気をもって相応の目にあってもらわねばなりませんね
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