死体ロンダリング*1
それから5分後。
PUB POTATO HEADの前は、血と肉汁で溢れ返っていた。
ニワトリの鉄パイプ捌きは見事なもので、まるでアクション映画でも見ているかのようだった。
夜、死にかけの街灯の下で見たあの時も妙に現実味がなかったが、朝陽の下で見ても、やっぱり現実味がない。それくらい、ニワトリは見事にやってのけた。
「ニワトリを前にして卵の論評とは命知らずだな」
そして、殴られた頭部から肉汁を垂れ流すウィンナーソーセージに、ニワトリが一歩、また一歩、と近づいていく。腰が抜けてしまっているのか、ウィンナーソーセージは地面に尻を付けたままずりずりと後ずさることしかできていない。
「お、お前の卵だとは知らなかったんだ!仕方がないだろう!」
「俺の卵でなくても、だ。全てのニワトリは卵を愛している。そんなことも知らないのか。脳みそまでウィンナーソーセージでできているらしいな」
一歩、また、ニワトリが近づく。その革靴が、ぴちゃり、と血溜まりを踏んだ。この血はウィンナーソーセージの取り巻きだった奴から流れたものだ。ちなみに、そいつはまだ生きてるがもうじき死ぬだろう。
「そもそも!そもそも、評価するのは私の自由だ!」
「ああ、その通りだな。そして、それに俺が何を思うかは俺の自由だ」
ニワトリの翼に握られた鉄パイプが、ぎらり、と太陽の光を反射する。
「そして自由には責任が伴う。違うか?」
ウィンナーソーセージが何か言う前に、鉄パイプが勢いよく、振り下ろされた。
そうしてウィンナーソーセージは死んだ。ぶしゅり、と肉汁を撒き散らして、それきり二度と動かなくなる。
「いやあ、いいね。外なら掃除が簡単なんだ。ホースで水を撒けばいいから」
ポテトヘッドのマスターはそう言いつつ、店の横手の蛇口を捻る。きゅ、と音がした一秒後、じゃー、と水がホースの先から放たれ始め、血と肉片と肉汁を排水溝へと流していく。
「全員死んだか?」
「いや、まだこいつは生きてるけれど」
確認するニワトリに、まだ生きている1人を指し示す。
「そうか。だがもう使い物にならないな。失敗した」
ニワトリはそう言うと店の脇に積まれた木箱に腰を下ろして、タイを緩めた。
「こういう時、1人だけ残しておくと便利なんだ。死体をそいつに片付けさせればいいからな」
「成程ね」
「やれやれ、ここの掃除を全てポテトヘッドにやらせると、流石に明日のコーヒーを拝めなさそうだからな」
もう一つため息を吐くと、ニワトリはジャケットを脱いで木箱の上に置いて、首を回しつつ立ち上がる。
「手伝うよ」
「いいのか、ストレンジャー」
「ああ。どうせ出社まではもうしばらくある」
僕もニワトリに倣ってジャケットを脱いで、シャツの袖を捲って死体を片付けることにした。
死体を片付けるのは中々骨が折れる。水気を切った死体を麻袋の中に突っ込んで封をするだけと言えばそうなんだが、死体は死体だ。重い。そしてそもそも、僕は死体の処理なんて初めてだ。どう運べば効率的か、どうやって水気を切るのか、そういったことも一々聞きながらやらなきゃいけない。
「路地裏だったら放置していたんだがな」
ニワトリは死体をひょいひょいと運んでいくが、僕は流石に、そうはいかない。マスターと2人でなんとか死体を運んでは袋詰めしていく。
「俺の店の前に死体をほっとく奴にコーヒーは出さないぞ!」
「ああ、そうだろうと思って片付けてるんだ」
ニワトリは苦笑しつつ、こっそり僕に「あいつを怒らせるとコーヒーの代わりに炭酸の抜けたコーラを出される」と教えてくれた。成程ね。それは嫌だな。ぬるいコーラ、僕はそこまで嫌いではないけれどコーヒー代わりに飲みたいものではない。
死体を粗方片づけたら、残った肉片を箒とちりとりで集める。これは道の脇に集めておくんだそうだ。そうすると野良猫や野良犬、野良チンアナゴなんかが食べにくるという。
箒とちりとりで掃除をするのなんて、高校生の頃以来だな、なんて思い出しながらふと見れば、足元に手帳が落ちている。
血と肉汁に汚れているが、そこにある文字はまだ読み取れた。
『最低な卵!こんなものはゴミ!よって最低評価!』
語彙の足りない文字列に、僕はなんとなく苛立ちを覚えて、手帳を踏み躙る。ギョエエ、と手帳が悲鳴を上げたが気にせず靴の踵を捻じ込めば、やがて、手帳も息絶えた。
「どうした、ストレンジャー」
「いや、なんでもない」
幾分すっきりした気分で、息絶えた手帳を肉片と一緒にちりとりの中へと掃き込んだ。
それから僕は出社する。シャツが少々血と肉汁で汚れたが、ニワトリが『こういう時はオキシドールをかけておくと取れる』と教えてくれたので、帰りに薬局に寄ってオキシドールを買ってこようと思う。
「おはようございます」
「遅かったじゃないか、新入り」
始業5分前に職場に到着すると、上司が椅子に座って消火器を燻らせていた。
「ほら、さっさと働け。いつもの通りだ。分かるな?」
「今日はマッチ箱の開閉ですか?」
「マッチ箱?何を言っているんだ?ほら、いつも通り、折り紙だ!折り紙だよ!」
今日もまるで分からない上司の言葉を聞きつつ、キャビネットの引き出しをいくつか開けてみると、そこに『よいこのおりがみ(対象年齢18歳以上)』なるもののパッケージが見えた。開封してみると、植物の茎の断面図がプリントされた折り紙が出てきた。成程、見ようによってはグロテスクなのかもしれない。
「鶴の折り方くらいは知ってるんだろうな?」
「ええ、まあ」
どんなだったかな、と思い出しながら、植物断面図の折り紙で僕は鶴を折る。
「これ、何羽折るんでしたっけ」
「覚えていないのか!こういう時は千羽だ!決まっているだろう!」
千羽か。まあ、暇潰しには丁度いいかもしれない。この職場では他にやることも無いのだから。
「おい、新入り」
僕が51羽目の鶴を折り終えた時、珍しくも上司が声を掛けてきた。
「これを郵便局に出してこい」
そして差し出されたのは、一通の封筒。宛先は『すべり込みセーフ大学テーマパーク学科』だった。聞いたことのない大学だ。何を学べる場所なんだろう。
「郵便局はどこですか?」
「そんなことも知らんのか!太陽の方向に進めば分かる!」
つまり、東か西か南だな。4択を3択にまで絞れた。ついてるね、全く。
「他に外に用事はありますか?」
「ああ、じゃあ帰りに消火器を買ってこい。上等な奴を買うんだぞ」
使い走りを頼まれたんだから、折角だ、外に出よう。消火器の良し悪しは分からないから、まあ、最悪、見つかりませんでした、とでも言えばいいだろう。
外に出ると、太陽の光が鬱陶しかった。曇ってくれればいいものが、今日も快晴。一体何が快いのかまるで理解しかねる快晴だ。
まずは郵便局の位置を知りたい。そこらに居た、幾分真っ当そうに見える男に声を掛けて郵便局の位置を尋ねると、『あっち方向456m先』と返事を貰えた。礼を言って、出張所から南に向かって歩く。
道を進んでいくと、道端に消火器の露天商が居た。『合法な違法消火器あります』と看板が出ている。帰りがけに買おう。消火器を抱えて郵便局まで歩くなんてどうかしてる。
露天商の前を通り過ぎると、野良犬が乾電池を食べていたり、ヤマタノオロチがドッヂボールをしていたり、と幾分和やかな風景が続く。ちりんちりん、とベルの音に振り向けば、自転車に乗ったジェット機(多分まだ子供だろう。自力で飛べないから自転車に乗っているんだろうから。)が僕を追い抜いていった。
ストレンジタウンの入口は町の北部に位置しているが、その近辺よりもこの辺りの方が幾分治安がいいように思う。少なくとも、ざっと見たところ殺人の現場は見当たらない。
それでも何も安心できないので、僕はさっさと歩いて郵便局へと辿り着く。ネオン看板で飾られた郵便局は、昼の光の下で見ると中々滑稽だ。しかし営業時間は午後5時までらしい。なら、折角の夜にはこのネオン看板は沈黙しているのだろう。
僕は郵便局の窓口でバニーガール相手に郵便物の配達を頼んで、それから、「こちら、区役所出張所様宛ての郵便物でぇす」という甘ったるい声と共に受け取った封筒を手に、元来た道を歩いて戻る。
歩いて戻る傍ら、ああ、そうだ、帰りに薬局に寄りたいけれど薬局の場所を知らないな、と思い出す。出張所から郵便局までの道すがらには薬局らしいものは見なかったな、とも。
折角だし、行きとは違う道を選んで帰る。その道中に薬局が見つかったら最高だが。
少し細い道に入ると、途端に景色が薄暗くなる。建物と建物の隙間からしか太陽の光が覗き込んでこないので、さっきの道よりも幾分快適だ。
だが、この辺りにも薬局は見当たらない。少々あちこちに視線を動かしながら歩いていくと、『神隠し1回3000円』なる看板や『給食当番量り売り』なる看板は見つかるのだが、オキシドールを売っていそうな店は無い。
そして、「そういえば例の臓器はいつ取るんだ」「もう今日連絡を出すそうだ。だから明日かそこらに殺して手に入れればいい」なんて会話を聞いてしまったり、「無礼講にエチケットなんてあるもんか!」なんて怒鳴り声を聞いてしまったり、狂ったような笑い声や笛ラムネの鳴り響く音が聞こえてきたり……まあ、碌でもないものが聞こえてくる始末だ。
道を変えたのは間違いだったかな、なんて思いながら、出張所までなんとか戻る。
だが、出張所の裏まで辿り着いたその時。
……唐突にヤギが現れた。
本当に唐突に。壁からぬるりと生えてきたのだから、流石に驚かされる。本当にこの町は何が起きてもおかしくない。
そして、「もー」と鳴きながら、そのヤギは僕の手の中の封筒を、もそ、と食べ始めたのだ。
慌てて封筒を引き戻したが、封筒はその中身ごと、下四分の一が食われていた。まあ、ヤギに食べられてこの程度で済んだんだからまだマシな方か。お上品な食べ方のヤギで助かった。
ヤギには鞄に入りっぱなしだったスポーツジムのチラシ(多分ポケットティッシュの中に入ってた奴だろう)を代わりに提供しておいて、僕は封筒の被害状況を確認することにする。
封筒の中身は何かの通知書らしい。右四分の一が食われているが、まあ、ある程度の内容は読み取れる。
通知は先方からの支払いを知らせるもので、その詳細が書いてある。
支払われた額は、550万円。内訳は、大腸100万円に小腸100万円、それに、右の肺150万円に心臓200万円だ。
支払いは先月末に行われたらしく、その旨が記載されている。支払い先は、区役所出張所。支払い元は、すべり込みセーフ大学。
成程。うちの役所は臓器売買に関与しているのか。まずいね。ああ、実にまずい。
そして……時に、関係ないだろうが、僕の異動は先月頭にここの職員が死んだことが発端で決まっている。