ラブソングを*3
「番組の途中ですが、ここで報道陣の脳味噌の紹介です!……うわあ!ご覧ください!今脳味噌が紹介されたのは自局のカメラマンですが、頭の中がピンク色です!なんということでしょう!なんと悍ましい!」
そうして辺りには、カメラ頭やマイク頭、そしてアナウンサー共の死体が転がることになった。ニワトリは鉄パイプだけじゃなくて、竹箒でもこんな芸当ができるらしい。
「ああ、あいつも頭の中がピンク色!あちらは他局のアナウンサーですが、彼女の脳味噌もピンク色です!汚らわしい!」
生き残ったアナウンサーが喚いている。自分の仕事仲間が死んだというのに嬉しそうな顔をして喚き続けている。人間の脳味噌なんて全部大体同じ色だろうに、それをあげつらって醜悪な笑みを浮かべる程度にはスキャンダルが欲しいらしい。
「脳味噌がピンク色だなんて、他局の報道姿勢が問われます!これは本当に正しい姿勢なのでしょうか!私達はその追及を止めてはいけないのではないでしょうか!私はそう強く痛感しました!」
そして、『痛ましくも悍ましい』というような表情を作りながらも嬉しさを隠せていない悍ましいアナウンサーは、ニワトリの竹箒によって脳味噌をぶちまけることになった。実に清々しいね。
「こいつの脳もピンク色だったな」
「悍ましく汚らわしい、のだったっけ。まあ、実際そうだね。人間の脳味噌なんて、ぶちまけられたらただの汚物だ」
僕らはすっかり静かになった通りに増えたゴミを見渡して、ため息を吐く。
片付けがまた面倒になった。
僕らは箒と塵取りでさっきと違うゴミを掃き集めることになった。ただ、今回は途中でチリ紙回収車が来てくれたので、死体やぶちまけた臓物を片付ける手間はそれほどではなかった。
仕上げに、さっきの露天商に箒と塵取りを返しつつホースと蛇口を借りて、道を綺麗に洗い流したら終わりだ。
「随分と長くかかったな」
「でもおかげで桜の名所が1つ取り戻された。悪くないよ」
ニワトリは疲れた顔をしていたが、桜の木を見上げる目は随分と優しいものだった。
黙って桜を見上げるニワトリの頭上に、ふと、かさり、と何かが落ちてくる。赤や白や緑や青、少々レトロながらもカラフルな色をしたそれは、どうやら、紙風船のようだ。
「くれるのか」
ニワトリが問えば、桜の木は続いて、小さな紙包みを僕とニワトリの上から降らせてくれた。受け取って包みを開いてみれば、そこには金平糖がいくらか入っている。中々、品のいいお礼だね。ありがたく受け取ろう。
「ふふ、懐かしいな」
そしてニワトリは、金平糖をつまみながら紙風船を膨らませて、ぽん、と軽く宙へ投げ上げる。ふわふわ、というよりは、ふらふら、といった様子で紙風船は宙に踊り、そしてゆっくりニワトリの頭上に落ちてくる。それをまた軽く突き上げれば、紙風船は再び、ふらふらと宙に踊った。
「娘とここに来ていた時には、よく紙風船で遊んでいた。ここの桜の木は、子供が来ると紙風船をくれるものだから」
ニワトリは紙風船を受け止めると、それをそっと、畳み始めた。丁寧に畳まれた紙風船は、ニワトリのジャケットの内ポケットへ、大切にしまわれる。
「さて、そろそろ出るか。付き合わせて悪いな、ストレンジャー」
「いや。気にしないで。僕も好きでついてきているだけだ」
それから僕らはようやく、桜の木の下を出発することにした。さて、やっと今日の目的が果たせる。今日、僕らは蓮の花を駆除しに来たわけでも、報道陣の脳味噌を道路にぶちまけに来たわけでもない。ニワトリの娘の墓参りに来たのだから。
墓地は桜の木から歩いて3分程度の距離にあった。黒い鉄製の柵に囲まれた庭園風のそこは、ストレンジタウンにおいては異常に見える程に整然としていて、静かだった。
芝を踏んで墓地の中を進むと、墓石が立ち並ぶ場所を見つけた。そしてニワトリはその一角で立ち止まる。
白くて角の取れた、まるで卵のような墓石がそこにあった。墓石の表面はつるりとしていて、何も書かれていない。だが、この滑らかな質感、卵によく似た墓石は、十分にニワトリの娘を表現できているのではないかと思う。
ニワトリはそっと花束を供える。白を基調とした花束は、静かな墓地によく似合う。風に撫でられて小さく揺れる花は、只々静かで穏やかだ。
そんな中、ふと、ニワトリは懐から何かを取り出した。懐中時計のようなそれの蓋をパチンと開いて、それに視線を落とす。……何を見ているのか、僕からは見えなかったけれど、それが何か予想は付いた。
恐らく、写真だ。彼の娘の。
ニワトリはしばらく何も言わずにじっとしていた。ただ、ズボンのポケットに片手をつっこんだまま、もう片方の手に持ったそれをじっと見つめて、柔らかな風に撫でられているだけ。
僕はそんなニワトリを見てから、また墓石に視線を戻す。無名の墓石は、無名であるけれど、何も主張していないわけではないように思えた。
「よし、帰るか」
やがて、ニワトリは写真が入っているのであろうロケット・ペンダントの蓋をパチンと閉めて、そう言う。彼は、ここに来る前よりも幾分穏やかな顔をしていた。
「すっかり遅くなってしまったな。もう影が長い」
辺りはすっかり夕暮れの気配を漂わせている。まあ、蓮の花やアナウンサーを駆除するのに大分かかったからね。仕方がない。
「急がないとオキシドールを売っている店が閉店するな」
ニワトリが歩き出したのについて、僕も歩き出す。立ち去る時までずっと、いや、立ち去ってからもずっと、墓地は只々静かで穏やかだった。
それから僕らは墓地を出て少ししたところの商店に立ち寄った。その店にはオキシドールが売っていたし、二酸化マンガンも売っていた。まあ、つまり、酸素を作りたい時に便利な店だね。
帰りにまた桜の木の下を通ったら、なんと、桜の花が数輪、咲いていた。蓮の花とも人間の脳味噌とも違う、もっと淡い色……つまり桜色の、美しい花だ。
そしてその桜の木の根本辺りには、蓮の花が埋めていた羊の死体の残骸が掘り起こされて、そっと集めておいてある。桜の花を咲かせるのに、わざわざ死体を埋める必要は無いっていうことだろう。桜本人がやったのかもしれないね。
羊の死体や、掃除し損ねたアナウンサー達の臓物の欠片なんかは、野良猫や野良犬、野良チンアナゴらが食べているようだ。実にエコだね。
そうして僕らはなんとなく清々しい気分で、パブへと帰ることにした。
PUB POTATO HEADは今日も今日とてがらんとしている。
今日の客は僕とニワトリ、そしてぼたもち伯爵だけだ。すっかり顔見知りになった僕らは挨拶を交わして、それから本日のおすすめを注文する。
そうして僕らに提供された食事は、たっぷりのマッシュポテトとミートソースの詰まったシェパーズ・パイだった。マッシュポテトは滑らかで、でんぷん質の旨さと溶かし込んだバターの香りがとてもよく、ミートソースはトマトの酸味と肉の旨味が濃縮され、そこにハーブの類が強めに効いた、パンチのある味わいだった。その2つが手と手を取り合ったら、当然美味いに決まっている。僕は食事にとても満足した。
シェパーズ・パイの他に、卵黄のソースが掛けられた野菜のグリルと良く煮込まれたスープが付いて、ついでに食後にはコーヒーと、それからカルメ焼きが提供された。
そう。カルメ焼きだ。あの、カラメルの風味のついたサクサクゴリゴリとした素朴な砂糖菓子。僕はこれがコーヒーにとてもよく合うということを今日初めて知った。
「ああ、ありがとう、ポテトヘッド。今日のも美味いな」
「そりゃどうも。いつまでも変わらない味をお届けするぜ」
カルメ焼きは、マスターの手作りらしい。今も、おたまの中に溶けた砂糖がふつふつとしていて、もうじきカルメ焼きになるのだと意気込んでいるように見えた。
「カルメ焼きは俺の娘の好物だったもんでな。偶に作ってもらってる」
ニワトリが楽し気にそう言う前で、丁度、マスターがおたまの砂糖の中に、何か白っぽく練り上げられたものを加える。途端に、砂糖の液はもこもこと泡立って、そして、そのまま綺麗に固まっていった。
よいしょ、とマスターがおたまを調理台に軽く打ち付けると、おたまから綺麗に外れたカルメ焼きが、ころん、と皿の上に乗った。成程、これ、味わっても美味しいけれど、出来上がるところを見ているのも中々乙ってものだ。
「知ってるかい、ストレンジャー。カルメ焼きってのは、卵白に重曹を入れて練っておいた奴を溶かした砂糖の中に入れて、一気に泡立ったところで固めるんだが」
そしてマスターはまた次の砂糖をおたまの中に入れながら、言う。
「卵白一個分で、とんでもない数のカルメ焼きができる。そして俺は、食材を……特に、卵とジャガイモは粗末に扱いたくないんだ」
「つまりこいつは、カルメ焼きを作るとなると、とんでもない数のカルメ焼きを作ることになる、という訳だ」
ニワトリがくつくつ笑って、カウンターの内側を示す。覗き込んでみると、なんと、そこには出来上がったカルメ焼きで山ができていた。
「まあ、そういうわけでストレンジャー。君、少しこれ、持って帰ってくれ。君の職場の連中は、カルメ焼きは嫌いかい?」
「いや、嫌いってことは無いと思うよ。ありがとう。是非、分けてほしい」
カルメ焼きは、きっとサボテンが好む味じゃないかな、と思う。それから、案外軍曹蜘蛛も甘いものが好きらしいから、喜んでくれるんじゃないだろうか。タワシは……タワシの食の好みはよく分からないな。ガラス戸にも聞いてみよう。あと、サボテンと遊ぶのが好きらしい天使が来ていたら、彼女にも分けてみようかな。きっと彼女はカルメ焼きを気に入ると思うよ。
「マスター!カルメ焼きをたかりにきたよ!」
それから少しすると、整合性売りがかろろん、とドアベルを鳴らしながらやってきた。超能力でもあるのかな。よくカルメ焼きが配布されそうだって気づけたものだ。
「おお、いいぞ。持って行ってくれ。ほら」
「やったあ、ありがとうマスター!金欠だから本当に助かるよ!」
マスターがハトロン紙の紙袋に入れたカルメ焼きを渡すと、整合性売りはにこにこと嬉しそうに紙袋を受け取った。
「よく、マスターがカルメ焼きをくれそうだって分かったね」
「マスターはカルメ焼きを1つだけ作る、ってことはできないから!それを知っていれば、後は店の外にカラメルの香りがしている時を狙って突入してカルメ焼きにありつけるってことさ!」
整合性売りはにこにこしながらカウンター席に着くと、『ほうじ茶一杯!濃い目で!』と注文した。成程、さっき言っていた通り、金欠らしい。
「あ、そうだ。ところでお兄さん、オクシモロン要らない?3つ入りで500円!」
「じゃあ、折角だし頂こうかな」
金欠の整合性売りを助ける、というのも烏滸がましいかもしれないが、まあ、偶にはこういう買い物があってもいい。整合性売りは『まいどあり!』と嬉しそうにしながら、僕にオクシモロンの包みを3つ渡して、僕から五百円玉を1枚受け取っていった。
「じゃあマスター!これでとびきりいいディナーをお願いするよ!」
「はいはい。500円か、じゃあしょうがない、スープの残りにパンを浸けて提供してやろう。ついでにシェパーズパイのパイ生地が足りなくてただのグラタンになってるやつを用意してやる。どうだい?」
「最高!」
整合性売りは『今日はいい日だ!』とにこにこしながら、ほうじ茶とカルメ焼きを味わい始めた。食前のデザート、らしい。
そんな整合性売りを見ながら、僕らもなんとなく楽しい気分になれた。まあ、言葉通り『今日はいい日』だね。
食事を終えて家に帰って、僕は鍵と一緒にオクシモロンの包みを開けてみた。すると中には『白い黒』と『しょっぱい無味』と『四角い丸』が入っていた。一つ一つ鍵と一緒に楽しめたので、中々いい買い物だったね。
翌日、少し早く起きて僕はパブに向かう。すると、そこにはもう、ニワトリが居た。
「早いな、ストレンジャー」
「君もね、ニワトリ」
僕はニワトリの隣の席に着いて、マスターにいつもの如くコーヒーと朝食を頼む。ニワトリの前の皿を見る限り、今日の朝食はイングリッシュマフィンとサニーサイドアップ、それにボイルしたソーセージ、といったところらしい。
「それ、娘さんの写真かい?」
そして僕は、ニワトリにそう、尋ねてみる。彼の左の翼には、懐中時計めいた、例のロケット・ペンダントが握られていた。
「ああ、そうだ。見るか」
僕は礼を言ってから、彼の白い羽に握られたロケット・ペンダントを覗き込む。そこに白いひよこの写真があることを予想して。
……だが、そこには僕が全く予想していなかった写真があった。
「可愛いだろう」
ニワトリが愛おし気に眺めているその写真には、1人の少女の姿があった。
その少女は、ニワトリが前話していた通り、白い羽を持っていて、それがふわふわしていて、中々可愛い。
……最近サボテンとよく遊んでいるあの天使に、よく似ている。




