モルモットの神*2
そう。肉まんによる、肉まん神輿だ。肉まん神輿は蒸篭を模した形をしており、つまり、全ての救いがここに表現されている。
これを見た新兵蜘蛛は、『成程!神輿同士ならモルモット神輿に並ぶことができます!』『これに乗れば高さを得ることができ、モルモットの襲撃も抑え込むことができるでしょう!』と嬉しそうに話す。
確かに、神輿と神輿のぶつかり合いなら、神事によくある出来事だ。モルモット達も止めはしないだろう。
だが、肉まんの神輿に僕が乗るのは躊躇われる。天使を救うためとは言っても、肉まん達には関係のないことだし、さて、どう頼んだものか。
僕が迷っていたら、ふと、肉まんの内の1匹がやってきた。そして、僕を神輿へと誘う。おや、と思ってよくよく見てみれば、なんと、今神輿を担いでいるのは、あの時僕が返り血から庇った肉まん達だった。
「ああ、君達、あの時の……」
僕が気づくと、肉まん達は嬉しそうに跳ねる。そして、どうぞこちらへ、と言うように、僕を神輿の方へと押しやっていくのだ。
「僕が乗ってもいいのか?」
尋ねると、肉まん達は皆、肯定を示してくれた。僕は『にくまん』と聖句を唱えて、ありがたく、肉まん神輿に乗り込む。
僕が乗り込んですぐ、肉まん神輿は発進した。哀れな天使を救い出すために。
肉まん神輿は波に乗ったように勢いよくストレンジタウンの大通りを進んでいった。
神輿の上に乗った僕を、道行く人々が不思議そうに見ている。だが、僕はそれどころじゃない。
一緒に神輿に乗っている軍曹蜘蛛達やペーパーナイフ五寸釘達も、ただ、遠くに見えてきたモルモット神輿に意識を集中させている。モルモット神輿の上には天使が居るのだ。すれ違うチャンスは恐らく一度きり。決して失敗するわけにはいかない。
『中尉殿、ご武運を!』と励ましてくれる軍曹蜘蛛に礼を言いつつ、僕は肉まん神輿の上に立つ。神輿の上から眺める街並みは、随分と低く見えるものだ。そして、モルモット神輿の上の天使が、僕と同じ視線の高さに居る。
……一瞬の緊迫の後、モルモット神輿と肉まん神輿が通りで向かい合う。
神輿同士が向かい合ったなら、譲り合いなんていう精神は無い。ただ、モルモットと肉まんによる争いが始まるだけなのだ。
「さあ、こっちへ!」
そして、僕はモルモット神輿の上の天使へと手を伸ばす。天使は布団を纏ったまま、笑顔で僕の手を取り、そして、ぴょこん、とジャンプして肉まん神輿の上へとやってきた。
よし、これで天使を救出できた!
だが、その時。
モルモット達が、その場でぐるぐると回り始めた。自分の尻を追いかけるような仕草は愛らしくもあるが、それ以上にどこか、奇異なものである。
そして遂に、モルモット神輿はそこで止まってしまった。どうやら、神輿を運ぶモルモット達もぐるぐるやり始めてしまったらしい。
一体何だろう、と思いつつ、肉まん達と肉まん神輿はモルモット達の横を通り過ぎていく。道を譲ってくれるというのなら、ありがたく通ろうじゃないか。
だが、通り過ぎてしまった後でもやはり、あのモルモット達が気になる。何より、ペーパーナイフ五寸釘が『まずいぞ』と冷や汗をかいているものだから。
モルモットが急にぐるぐる回り出したことについてペーパーナイフ五寸釘に解説を求めた結果、『彼らは神輿の上に載せたものを今年の神として崇める。だからこそ、神輿の上に何も載っていない今、彼らモルモットは神に今年一年見放された、ということなのだ』と教えてくれた。
どうやら、天使をこちらに連れてきてしまったことで、モルモット達に大変なショックと混乱を与えてしまったらしい。僕はモルモット神学に詳しくなく、その教えについて知識があるわけでもないが、『今年一年神に見放された状態』というのがモルモット達にとってよからぬことであることくらいは分かる。
だが、まさか天使をモルモット神輿へ戻すわけにもいかない。さて、どうしたものか、と僕らは考えて……そしてそこで、ペーパーナイフ五寸釘が進み出た。
「俺が行こう」
光を鈍く反射して、いっそ神々しいような姿で、ペーパーナイフ五寸釘は、言ったのだ。
「モルモット達を救うためだ。俺が、モルモット達の神になろう」
「君はそれでいいのか」
ペーパーナイフ五寸釘に尋ねると、彼は一つ頷いた。
「ああ。このままモルモット達が惑い続けるのを見るのは忍びない。それに……元々、齧歯類神学を学んでいたんだ。興味のある学問の中へ身を投じることができるというのなら、それは喜ばしいことだ」
どこか達観したようなペーパーナイフ五寸釘の表情に、僕は何も言えなくなる。
「五寸釘としてカタワ者になった俺がペーパーナイフとして役場の職員になり、果てはモルモットの神になるというのは……やれやれ、運命の悪戯を感じるな」
彼の心が決まっているなら、僕がとやかく言うべきじゃない。軍曹蜘蛛達がペーパーナイフ五寸釘に敬礼するのに倣って、僕もそっと敬礼する。ペーパーナイフ五寸釘も敬礼し返して、そして、彼はモルモット神輿へと、大きく跳躍した。
ペーパーナイフ五寸釘がモルモット神輿の上に飛び乗った途端、モルモット達はぴたり、と落ち着いた。そして、困惑気味に神輿を見上げ、そこで新たなる神、ペーパーナイフ五寸釘ゴッドの姿を見るのだ。
モルモット達は、新たなる神に向かって、祈った。ふんわりした毛並みの丸い体を一様に神輿へ向けて、ただ祈る。
それを見ていた肉まん達も、祈った。全てはごく限られた小さな世界の平和のために。僕も『にくまん』と聖句を唱えると、天使も隣で『にくまん』と唱えていた。
そこで僕は、ふと思う。
もしやこの天使は、あの時路地裏で肉まんを救った、あの小柄な肉まん聖人なのではないか、と。
そうして肉まん神輿はそっと動き出し、モルモット神輿もそっと動き出す。モルモット達は新たなる神を戴いて、至極嬉しそうに行進していく。
だがそこに、一筋の流星の如く、落ちていく影がある。
上空を見上げたモルモット達はざわめき、咄嗟に神輿を動かして避けようとしたが、間に合わない。空から降ってきたそれは、ペーパーナイフ五寸釘ゴッドへと直撃した。
肉まん神輿の上から見ていた僕らも思わず息を呑む。モルモット達の新たなる神になるべく意を決したペーパーナイフ五寸釘の意思が踏み躙られるなんて、そんな悲劇が起こったなんて、到底信じられない気持ちで。
……だが、そんな心配はまるで必要が無かった。杞憂だった。何故なら、ペーパーナイフ五寸釘ゴッドは空から降ってきたそれ……美しい藁人形と固く抱き合っていたのだから。
「会いたかったわ、愛しい人!」
空から降ってきた藁人形は、ペーパーナイフ五寸釘ゴッドを抱きしめて歓喜の声を上げた。
「君は……な、何故ここに!?」
ペーパーナイフ五寸釘ゴッドは彼女を抱き返しながらも困惑している。それはそうだろう。あまりにも突然だ。
だが、きっとこれは突然ながら、必然だったのだ。藁人形は笑って、ペーパーナイフ五寸釘ゴッドに口づける。
「そんなの、あなたを追いかけてきたからに決まっているわ!」
「な、何故?何故、追いかけてきたんだ?」
「何故ですって?そんなの、あなたを愛しているからに決まっているじゃない!」
藁人形の言葉に、いよいよペーパーナイフ五寸釘ゴッドは涙を零し始めた。
「愛してくれているのか。俺を……こんな、ぺしゃんこになった俺を、君は、まだ……」
「当然よ。私が好きなのはあなたの信念。どんな釘より硬く鋭く真っ直ぐなその心を、愛しているのだから」
藁人形も遂に、涙を流す。モルモット神輿の上、より強く、2人は抱き合った。
「なら……その、こんな時に言うのは間が悪いし、そもそも、随分と今更だが……」
そしてモルモット達に運ばれながら、ペーパーナイフ五寸釘ゴッドは、言うのだ。
「結婚しよう」
そうして、モルモット達はペーパーナイフ五寸釘ゴッドと藁人形を祝福し、この2人が今年一年モルモットの神であることを喜び、いよいよ盛大に神輿を担いで進んでいく。こちらの肉まん神輿の上でも、『けっこーん……』と布団が祝福の言葉を述べていた。
軍曹蜘蛛はもらい泣きしていたし、天使はどこまでも嬉しそうにぱちぱちと拍手をしていた。そして肉まん達も、このめでたい出来事を祝うべく、軽やかに跳ねながら通りを進んでいく。
二台の神輿は離れていく。だが、決してどちらかが不幸になるわけではない。
それぞれに、それぞれの形の幸せを載せて、神輿は明るく、進んでいく……。
路地裏で、僕らは肉まん神輿から降りた。肉まん達は興奮冷めやらぬ様子でぴょこぴょこと跳ねていた。めでたいことがあったわけだし、そして何より、天使を救うことができたのが、肉まん達にとっても嬉しかったのだろう。
恐らく肉まん聖人なのであろう天使は、肉まん達に囲まれながら、少し照れたように笑っていた。肉まん達も、自分達を救ってくれる天使を助け出せたことを大いに喜んでいる。つくづく、平和だ。
僕らも肉まんに礼を言って、職場へ戻ることにした。さて、タコやイカに邪魔されて、最近めっきり仕事をしていない。そろそろ真面目に働かないとな。
職場に戻ったところ、サボテンはタワシによって、すっかり落ち着いていた。さっきまでの混乱ぶりはすっかり収まって、元気に『うるとらさぼてんあたっく!』をやっている。ありがとう、タワシ。君は頼れる先輩だ。
そうしてサボテンの無事も確認できた僕らは、まず、デスクを元の位置に戻すところから始めた。
要は、タコとイカのせいで隅に寄せておいたデスクを元に戻す作業だ。やれやれ、これでようやく、タコとイカの始末が終わる。
そうして僕はようやく、自分のデスクを2日ぶりに元の位置に戻すことができたわけなのだが……そこで、デスクの上にあるクリアファイルに気づいた。
僕がクリアファイルを見ていると、軍曹蜘蛛が『天板に一番近い引き出しを武器庫にさせていただいた時、中に入っていたので出しておきました!』と報告してくれた。ああ、そういえばそうだった。
このクリアファイル、最初に見つけた時は上司の邪魔が入って中を確認できなかったんだっけ。懐かしいな、と思いながら、僕はクリアファイルの中を見る。
そこには死亡届が数枚、入っていた。何も記入されていない様式だけのものもある。そう。ちゃんとした様式だ。ストレンジタウンにおいては珍しい品かもしれない。何せ、住民票が緑茶の成分表なことだってあるこの町なんだから。
死亡届については、恐らく、先任の誰かが受け取って、そのまま処理せずデスクの中にしまいこんでしまったんだろう。まあ、この町においては戸籍だって碌に機能していないらしいから、今更処理することもできないのだけれど。
だが、それはそれとして、一応、保管はしておこう。何せ、白紙のままの様式だって、中に入っているのだから。
「いつか使う時が来るかもな」
まあ、まだその時じゃない。僕はクリアファイルをキャビネットにしまって、早速、仕事を始めることにした。