じゃがいも*2
僕はカウンター席に着いて、本日のおすすめらしいフィッシュアンドチップスを食べていた。
揚げ衣のサクサクとした食感と白身魚のほろりとした食感がなんとも楽しい。調味料として、タルタルソースと塩とレモンが添えてあるのだが、これがまた美味い。まろやかな味わいとさっぱりした味わいを両方楽しめるんだから文句の付け所が無い。特に、タルタルソースが殊更に美味い。味に深みがあって、コクと旨味をじんわりと感じる。何か、隠し味でも入れてあるのか、それとも材料にこだわりがあるのか。これを味わえただけでも、ここに来た価値はあった。
何はともあれ、確かにここの食べ物は美味しい。ニワトリの言葉にも納得だ。
ただ、強いて言うなら。唯一文句があると、するならば……。
「ん?どうした、ストレンジャー。口に合わなかったかい?」
店主の頭を見ながらチップスを食べることに若干の抵抗がある、ということだろうか。
「いや、とても美味しいよ」
相変わらず、店主の頭はジャガイモだった。ああ。紛うことなきジャガイモ。
このチップス、まさか店主の頭じゃないだろうな、なんて考えながら食べるチップスは、美味いはずなのに味がしない。
「そうか!気に入ってくれたなら是非、今後とも御贔屓に!」
ジャガイモの頭が笑う。目も口も無いのだが、確かに笑っている。ついに僕はジャガイモの表情が分かるようになってしまったのか、或いは、店主が表情豊かなジャガイモなだけなのか。
「ん?俺の顔に何かついてるか?」
首をかしげるジャガイモ頭に曖昧な笑みを返しつつ、僕は食事に戻ることにする。
だが。
「それとも、俺がジャガイモ頭なのが気になるかい?」
そう言われては、どんなに美味い食事だって放り出してしまいそうになる。
僕は驚いた。彼が自らその話に言及するとは思っていなかったし……更に言ってしまうなら、彼にジャガイモ頭の自覚があるかどうかすら怪しいと、僕はそう思っていた。
ましてや、そのジャガイモ頭が『奇異なものである』と自覚しているなんて、思ってもみなかった。だから僕は、驚いた。
「成程、成程……これが気になるとは、中々に正気だね、ストレンジャー。まあ、悪くない。良いことだ。この町じゃ生きづらいだろうが、正気なのはきっと正しいことだしな。読んで字の如く」
ジャガイモ頭の店主はそんなことを言うと、ふむ、と考えて……それから、話し始める。
「緊張しないためには、聴衆をジャガイモだと思え、ってよく言うだろ?」
「ええ、まあ」
唐突に始まった話に、僕は少々思うところがある。『人をジャガイモだと思えば緊張しないでしょう?』とは、いつだったか、小学生だか中学生だかの頃に言われたことがある言葉だ。授業で、教室の前に立って、クラスメイト達の前でスピーチをさせられたことがあって。その時に。
ただ、そう言われたって、緊張するものは緊張する。そもそも、人間を前にして、そいつをジャガイモだと思い込める奴って、どれくらいいるんだろうか。
「忘れもしない。俺はあの日、面接官をやっていた。ああ、偶々その時、人事部だったもんでね。これでも昔は、そこそこ大きい企業で働いてたんだ」
この狂気の町でこういう真っ当な話を聞いてしまうと、少し、頭の中で意識が絡まるような感覚がある。真っ当じゃないことに慣れて、真っ当なことを忘れていたことを思い出す感覚、というか。
「そして、面接をする奴する奴、全員がぶつぶつ唱えてやがった。『面接官はジャガイモ、面接官はジャガイモ』ってね」
「ああ、僕も見たことある光景だ」
僕がリトルハット行政区の職員になるために面接を受けた日、待機室で隣の席に座っていた奴がずっと呟いていたのを覚えてる。『面接官はジャガイモ』。今思えば、あの時のあいつは人間をジャガイモだと思い込める稀有な能力の持ち主だったのかもしれない。
「そして、集団面接に来た学生6人が、全員そう唱えて、全員が俺のことをジャガイモだと思い込んだ」
僕にはできないが、世の中には人間をジャガイモだと思い込める奴らが居るらしい。素直にすごいな、と思う。
「その結果、俺達面接官はジャガイモにされた」
更に、思い込みの力だけで人間をジャガイモにしてしまえる奴が居るらしい。これは素直に怖いな、と思う。僕はジャガイモになりたくない。
「挙句の果てに、気が狂った奴らは、殺人鬼と化してな……面接官の1人はその場でマッシュポテトにされた。もう1人はフライドポテトだ」
僕は自分の皿の上のチップス……フライドポテトをちら、と見て、この話の途中に自分の食事を思い出したことを後悔した。
「悍ましいものだったよ。さっきまで大人しいウサギみたいな顔してた学生が、ゲタゲタ笑いながらさっきまで面接官だったジャガイモを食ってるんだから」
物憂げにため息を吐いて、店主は手慰みにコーヒーカップを磨き始める。きゅ、きゅ、と白磁を布巾が擦る音が響いた。
「俺はなんとか学生を殺して会場を脱出したが、当然、会社をクビになった。そりゃあそうだ。正当防衛とはいえ人を殺した上、ジャガイモ頭な奴を雇いたい会社なんてある訳がない。まあ、しょうがないよな。ほら、企業イメージってやつが損なわれるだろう?」
「ポテトチップスを作ってる会社ならいけたかも」
「ああ、それは考えなかったな……ううん、いや、しかし、そんなところへ行ったら社員じゃなく原材料にされかねなかっただろうし……」
店主は次のコーヒーカップを手に取って、また、きゅ、きゅ、と磨き始める。その顔は真剣に食品会社への再就職を考えているようにも見えた。
「まあ……再就職をしようにも、町を歩くだけで後ろ指をさされることになった俺は、もう、なんというか、心が折れちまってね。俺はただ面接をしていただけで、何の落ち度もなかった。それでも理不尽な不運は突然やってくる」
ふ、と息を吐いて(ジャガイモの顔面には口も鼻も無いのだが、どこから息を吐いたのだろう)、店主はまた更に次のカップへ手を伸ばす。
「なら、理不尽な狂気が蔓延する町に行っちまっても大して変わらないだろう、と思ってね。ここへ移住してきたってわけさ。これが、PUB POTATO HEADの始まりってわけだ」
「大変だったんだね」
「ありがとう。君みたいな奴が偶に居るから、ここでの生活も悪くないって思える。こういうこじんまりした飲食店の経営は、ずっと夢だったしな」
ジャガイモ頭の店主はそう言って笑って……それから、舞台役者のように両腕を広げて、堂々と胸を張った。
「それに……よかったこととしては、ジャガイモ頭になったことで却って男前になった、ってことだな!どうだ?俺、中々の美形、中々の男前だろ?」
「ああ、うん。そうだね。その通りだ。格好いいよ」
男前……まあ、確かに、男前だ。何せ、彼はメークインというよりは男爵に近い顔立ちに見えるから。
僕の返事に、店主はけらけらと笑って『冗談だよ。まあ、元の顔よりジャガイモの方が幾分マシってのは確かだけどね』と言った。
……元の顔が、気になる。
店主との話の間にすっかり冷めたチップスを咀嚼して呑み込む。さっきの話の後だとなんとも食べ辛かったが、冷めても中々悪くない味なのが救いだ。何も考えないようにしながら、ひたすら咀嚼して、ひたすら呑み込む。
「ところで、ストレンジャー。君はどうして、この町に?」
そうして皿の上が綺麗になったところで、ふと、店主がそう聞いてきた。
「異動で。……ええと、区役所勤めなんだ」
僕がそう答えると、店主は合点がいったように頷いた。
「ああ。ということは、あの出張所には正気の職員がやっと配属されたって訳か!……まあ、この町には役所の世話になる奴なんてほとんど居ないだろうがね。えーと、じゃあ、それで、君は今、どんな仕事を?」
「今の職場での仕事はタワシの毛の本数を数えるとか、マッチ箱を開閉するとか、そういうことさ」
「おお……正気じゃないな」
「ああ。全くだよ」
正気じゃないことを正気じゃないと言えることの、なんと心地よいことか。僕は随分と久しぶりになっていた感覚に、思わずにっこり微笑む。
「そうか……ということは、ストレンジャー。君は望んでこの町に来たわけじゃ、ない。そういうことだな?」
だが、続いた店主の言葉には少々緊張させられる。この町では一瞬先が狂気なことだってあり得るのだから。
「俺は、仕方なしにとはいえ、自ら望んでこの町に来た。けれど当然、俺みたいな奴ばかりじゃない。君みたいに、望まずしてここへ来る奴もいるわけだ。狂気に浸る気も無いのに狂気の町に来ざるを得ないってのには、同情するよ、ストレンジャー」
「……ありがとう、マスター」
……だからこそ、こういう風に、一瞬先にあったものが狂気じゃなかった時、どうしていいのか分からなくなる。今まで僕はこういう時、どうしていたのだったか。ここ一日で……いや、それ以前から、随分とこういうものから遠ざかっていたものだから、すっかり忘れてしまった。
「だが、まあ、この町もそんなに悪くない。この町を好きになってくれ、とは言わないが、まあ、多少マシに思えると、いいね」
にやり、と温かな笑みを浮かべるジャガイモを見て、どうにも、妙な気分になる。
人間よりニワトリやジャガイモの方が、よっぽど正気で親切だと、どうもね。
それから、マスターに『明日から朝食をここで摂りたい』という旨を伝えて、快諾を貰ってから店を後にする。
パブの横にあるスチール製の階段を上っていって、朝と変わりのないドアの前へ。
このドアを見たのはこれでたった3回目なのに、『帰ってきた』という感覚がちゃんとあるんだから自分に驚きだ。
そうして鞄を漁って鍵を取り出して、鍵穴に突っ込もうとして……ふにゅ、と鍵が曲がる。
そうだ。この鍵は少々、甘えん坊なんだったか。いや、甘えん坊かは分からないが、まあ、何らかの意思があるように見えるのは確かだ。
朝やったように鍵の背中を指の腹で撫でてやると、鍵が幾分しゃんとしたので、鍵穴に突っ込む。鍵を回すと、むにゅ、と妙な音がして鍵が開く。
「変な音だな……」
呟くと、鍵が少々むくれたらしい。むう、と鳴いて、くにゅん、と曲がってしまう。もう鍵穴から出ないぞ、とでも言うかのように。
「ああ、悪かったよ。どうか機嫌を直してほしい」
仕方がない、謝ってやりつつ、鍵の頭を指の腹でそっと撫でてやると、鍵はふにゅふにゅ、と元の形に戻って、それから、自ら鍵穴を抜け出して僕の手の中へ入ってきた。
それから、すり、と控えめに僕の親指の付け根へすり寄ってくる。……成程、確かに甘えん坊だ。
鍵を指先でくすぐって構ってやると、鍵はなんとも嬉しそうに身を捩り、そして、む、と鳴きながら僕の手の中で数度、寝返りを打った。……成程。確かに可愛い奴だ。
結局、僕はその日、鍵と一緒に風呂に入って、鍵と一緒に眠ることにした。
湯舟に浮かべた洗面器の中、ぱしゃぱしゃと泳ぐ姿はなんとも可愛らしかったし、動作が逐一なんとなくユーモラスで、見ていて楽しい。
これはテトリス以外の楽しみができたな、と思いつつ、僕は枕元の鍵に「おやすみ」と挨拶して、部屋の明かりを落とした。
翌朝、僕は昨日同様、幾分早い時刻に目を覚ます。
けれど今日は部屋で時間を潰すことはしない。枕元の鍵に「おはよう」と挨拶をしてから身支度を整えて、さっさと部屋を出る。今日こそは、朝のコーヒーを楽しみたい。
かろん、とドアベルを鳴らして店に入ると、ジャガイモ頭のマスターがカウンターの中に立っていた。
「おお、いらっしゃい、ストレンジャー」
「おはよう、マスター。コーヒーをお願いできるだろうか」
「任せろ。とびっきりのを淹れてやる。他は?トーストか?パンケーキもあるぞ」
「じゃあ、トーストで」
注文を終えて、昨夜も座ったカウンター席に着く。
カウンターの向こうで銅の薬缶にこぽこぽと湯が沸いて、やがて、挽きたてのコーヒー豆に湯が注がれて、ふわり、と至上の香りが漂うようになると、自然と期待が高まってくる。
「はい、どうぞ」
そうしてコーヒーを並々と湛えたコーヒーカップと、トーストとスクランブルエッグの乗った皿が目の前に置かれた。
早速コーヒーに口を付けると、華やかな香りのなんと素晴らしいことか!苦味は強いがくどくなく、酸味はほんのアクセント程度。そして無糖であるはずなのに甘味を感じられるような、奥行きのある味わいだった。実に僕好みのコーヒーと言える。
コーヒーの美味さに驚嘆していると、かろん、とドアベルが鳴る。
振り返ってみると、そこにはスーツを着こなしたニワトリが立っていた。
そして、その翼には小さなバスケット。布が掛けられていて、中身は見えない。妙に素朴なバスケットが少々スーツに合わないのが、却って印象に残る。
「いらっしゃい。今日もいつものだな?」
「ああ。頼む。それから、昨夜の分だ」
「ありがとう。いつも助かるよ」
ニワトリのバスケットは、ポテトヘッドのマスターへと渡された。マスターはそれをうきうきと受け取るとカウンターの奥へ引っ込んで、それからニワトリの分のコーヒーを準備し始めた。
「隣、いいか」
「勿論」
ニワトリは僕の隣の席に座る。スツールに座る仕草も中々上品だ。
「ストレンジャー。ここは気に入ったか」
「ああ。すごく気に入ったよ。聞いた通り、食べ物は美味いし、コーヒーが最高だ」
話しかけられて答えると、ニワトリは満足げに頷いた。
「……それに、頭がおかしい奴、だったね」
「だろう?」
更に僕が笑って付け足せば、ニワトリもまたにやりと笑った。
「ところで……さっきのバスケットは?」
聞いても大丈夫だろうか、と少々不安になりつつも、このニワトリなら大丈夫だろう、と意を決して聞いてみる。さっき、ニワトリがマスターに手渡していたあのバスケットが、妙に気になった。
「ああ、あれは俺の卵だ」
そして、少々意外な言葉を聞いてしまった。
「卵……あなたが生んだものか?」
「ああ、そうだ」
当然、とばかりにニワトリが頷くのを、僕は何とも言えない気持ちで見る。そうか。彼は生んだ卵を飲食店に自ら卸すニワトリなのか。まあ、僕にも卵を分けてくれたわけだし、そんなものか。
「驚いたか?だが、君、昨日、食べただろ。ほら、タルタルソースに入ってた」
ニワトリの分のコーヒーを運んできたマスターに言われて思い返せば、確かに、やたらと美味いタルタルソースを口にした記憶がある。そうか。あれは隣の彼の卵だったのか。
「それに、今も」
……成程。このスクランブルエッグもそうなのか。
「さて、ニワトリ。今日のもいい味だ。保証するよ。特にスクランブルエッグはいいぞ。生みたて卵だからな。だろ?」
「ああ。昨夜か今朝方かに生んだやつだな」
更にこのニワトリ、自分で自分の卵を食べるらしい。まあ、その辺りに変な頓着が無い方が付き合いやすいか。
「うん。美味い」
「素材もいいが、調理の腕もいいからな」
満足げなニワトリとマスターを見て、僕もそっと、スクランブルエッグを口にする。
……うん。美味い。
そうして僕が、最高のコーヒーとトースト、そしてスクランブルエッグを食べ進める中。
かららん、と音を立ててドアが開く。そして、ざっ、ざっ、と複数名分の足音がして、そして、それらはカウンターへとまっすぐ向かった。
「いらっしゃい。何にする?」
マスターが声をかけると、入ってきた集団はぐるり、と店内を無遠慮に見回す。それから手帳に何かを書き込んでいるのだが、一向に注文しようとも、席に着こうともしない。
どうしたものか、と思ってマスターを見ると、マスターは肩を竦めるばかりだ。まあ、この町に店を出している以上、ああいう手合いは少なくないんだろう。
「おい、お客さん。注文は?」
結局、もう一度マスターがそう声をかける。すると、集団の中の1人が僕の隣のカウンター席に断りもなく座って、堂々と脚を組む。
座った奴は、スリーピースを気取って着こなすウィンナーソーセージだった。
「私は美食倶楽部ストレンジタウン支部の者だ。この店を評価しに来た」
「そうか。客じゃないなら帰ってくれ」
マスターが肩を竦めつつそう言うも、ウィンナーソーセージはまるで気にした様子もない。面の皮が厚いな。流石はソーセージだ。
「じゃあ、早速だがウィンナーコーヒーとモナコロールを頼むよ」
「どっちも扱ってないね」
マスターのにべもない返事に、そうだろうな、と思う。これだけ美味いコーヒーだ。ホイップクリームをわざわざ入れようとは思わない。入れたら入れたで美味いのかもしれないけれど。
それから、モナコロールって、なんだ。『知ってる?』という気持ちを込めてニワトリを見ると、『さあ』とばかりに肩を竦めて返された。
「信じられない!ウィンナーコーヒーもモナコロールも無いだなんて、君、本当に喫茶店を経営する気があるのか!?」
「ここはパブだが……ああ、聞いちゃいない」
一方、面の皮の厚いウィンナーソーセージは大げさに嘆いては何か、メモに書きつけていく。後ろで待機している他の連中もぺちゃくちゃと喋りながらメモを取り始めた。一体、何を書きつけているんだか。
「ああ……実に残念だが、この喫茶店は低評価と言わざるを得ないな」
カウンターの隣の席にこいつが座った不運を内心で呪いつつ、僕はコーヒーを味わう。ああ、美味い。最高だ。
「だが、最後のチャンスをやろう。何か、卵料理を出してくれたまえ」
「卵は無いよ。帰りな」
さっきニワトリが持ってきたんだから、卵はあるはずだ。だが、卵が無いことにするのには賛成だ。このニワトリの卵を、この無礼な奴らに味わわせてやることはない。
もう一匙、スクランブルエッグを掬って口に運べば、ふわり、と漂うバターの香りと刺激的なブラックペッパーの香りが混じり合い、卵のまろやかさとコクが口内に広がる。それに加えて、どこか爽やかな香りも感じられるのは、卵に元々備わったフレーバーなのだろうか。この香りがバジルか、ローズマリーか、その辺りに詳しくない僕には分からなかったが。
「では、隣の彼が食べているものは?」
「それが最後の卵だった」
ウィンナーソーセージが恨みがまし気な目で僕の皿を見てくるのに、『悪いね』と片手を挙げて応える。
だが、途端、ウィンナーソーセージは予想だにしない行動に出た。
「ならこれを頂こう」
ウィンナーソーセージは僕のコーヒーのソーサーに添えられていた銀のスプーンをさっ、と奪うと、それを僕の皿に突っ込んできた。
「おい、何するんだ」
咄嗟に何もできず、ただ唖然としながらウィンナーソーセージを見ていると、ウィンナーソーセージは下品な仕草でスプーンに掬われたスクランブルエッグの匂いを嗅ぎ、そして、それを口(どこが口か分からないのだが)へと運び……。
「うーん、不味い!」
大仰な仕草と共に、そう言い放った。
それと同時、放り捨てられた銀のスプーンが、からん、と音を立てて床に落ちる。
「実に不味い!何だ、この不味い食べ物は!そもそもこれは食べ物か?卵なら卵らしく、もっと辛みがなくては!卵が欠陥品なら、それを補うように調理すべきだ!マスター、君はこの卵にきちんとカプサイシンを加えたのかね?」
ウィンナーソーセージが言葉を発する度に気分が悪くなる。後ろで何かひそひそと囁き合いながらメモを取っている集団にも腹が立つ。
折角の朝が台無しだ。美味いコーヒーと料理、よき隣人。ここまでなら、最高の朝だったのに。
……台無しにされたなら、台無しにしてやっても、いいだろうか。
「おい、ニワトリ」
ふと、マスターの声に我に返れば、僕の隣でニワトリが立ちあがっていた。
僕より身長の高いニワトリが立ちあがるとそれなりの迫力があるのだが、ウィンナーソーセージはまるで気づいた様子もなく、料理についての的外れな講評を続けている。
「なんだ、ポテトヘッド。止める気か?」
隣のニワトリの気配に、僕はきっと、恐怖すべきだった。
ニワトリは出会った夜のような……暴力と狂気の気配を纏っていたのだから。
だが、僕はそれを、怖いと思わなかった。
……そして。
「いいや?是非、やってくれ」
マスターはカウンターの下から鉄パイプを取り出していた。
「……だが、店の外でやってくれ」
鉄パイプをニワトリに渡しながらそう言って、マスターは、ぐっ、と親指を立てた。
成程ね。僕もそういう気分だ。