モルモットの神*1
モルモットの神輿行列は、凄まじい数のモルモットと共にあった。モルモットの数は、千は下らないだろう。
そしてサボテンが白銀の天使と一緒にモルモット達の神輿に載せられ、わっしょい、わっしょい、と運ばれていく。サボテンも天使も困惑している様子で、おろおろと、周囲を見回している。だが、飛び降りるには危険な高さだし、そもそも、モルモットが周りに沢山いるのだ。下手に神輿から降りたらモルモット達に被害が出てしまうだろう。
サボテンが伸びたり縮んだり、困惑を表現しているのを見て、僕も動く。うちの職員がああして運ばれてしまっているのだから、助けてやらなければ。
だが、モルモット達は到底、止まりそうにない。僕はモルモット達の神輿行列を眺めて、さて、どうしたものか、と考える。
すると、視界の端に見覚えのあるモルモットが跳ねながら歩いているのが見えた。似たような毛色と模様のモルモットが沢山いる中でそのモルモットを見つけられたのは奇跡に等しいが、とにかく、僕はそのモルモットを見つけることができた。そう。昨日までPUB POTATO HEADで食事を摂っていたモルモットだ。
どうやらこのモルモットは、神輿行列がやってきたのに合わせて仲間の群れに戻ることができたらしい。それはよかった。だが、今はそれどころじゃない。
「そこの君。PUB POTATO HEADに居たよね?少し、話を聞かせてほしいんだけれど」
早速、見覚えのあるモルモットを呼び止める。すると、モルモットはきょとん、しながら神輿行列を離れて、僕の足元までやってきてくれた。
「この神輿には、どうしてあの天使とうちのサボテンが載っているんだろうか」
そう聞いてみると、モルモットはきょとん、とした顔で首を傾げた。ああ、まあ、モルモットが話してくれる訳はないか。仕方がない。
僕ははぐれモルモットにお礼を言って、もう少し、神輿行列についていくことにする。この行列、もし町の外に出るようなことがあったら大変だし、そうじゃなくてもリトルレディのお住まいみたいな穴にでも突入されたら大変だ。
幸い、モルモットの行進なので、然程速くはない。僕が足早に動けば十分に追いつける速度なので、それは助かるね。
そうしてモルモットの神輿行列についていくと、ふと、モルモット達が止まった。
おや、と思っていると、モルモット達はそこで、何やら祈りの句でも唱えているらしかった。
これはチャンスだ。僕はすぐさまモルモットの列をそっと掻き分けるようにして神輿に近づく。すると、神輿の上に載せられている天使もサボテンも、僕に気づいた。サボテンは伸び縮みしながら『さぼてんすーぱーでらっくすー!』と助けを求めてくる。
「ほら、掴まって!……ああ、くそ、届かないか」
僕は神輿の上に手を伸ばしたが、高さが足りない。なんとか踏み台か何かを探すしかないか、と周囲を見回しかけたその時。
神輿の上から天使がサボテンの鉢を持って、手を伸ばしてきた。ギリギリまで身を乗り出して、サボテンの鉢を差し出してくる。なので僕は慌てて、サボテンの鉢を受けとめられる位置まで手を伸ばした。
そこで天使はサボテンの鉢を離す。サボテンの鉢は30センチほどの高さを落ちて、僕の手の中へと無事、収まった。サボテンは落下が怖かったのか、伸び縮みしながら『しなしなさぼてん!』と声を上げている。
僕はモルモットの列から抜け出してサボテンの鉢をさっと脇に置くと、すぐ神輿の傍へ戻って、次は天使を救出すべく手を伸ばす。彼女は小柄だし、飛び降りてきてくれれば十分に受け止められるだろう。
……だが、僕が手を伸ばそうとしたその時、モルモット達はまた、動き出してしまった。
ふさふさふさ、と毛と毛が擦れ合う柔らかい音が幾重にも重なって、進んでいく。僕はなんとか天使を追いかけようとするが、動き出したモルモット達はどんどんと固まって、僕の足元がモルモットだらけになってしまう。これじゃあ動けない。天使も僕へ手を伸ばしていたが、困った表情を浮かべたまま運ばれていってしまった。
「さて、困ったな」
僕はすっかりモルモット達が通り過ぎて行った後、道の脇に置いておいたサボテンの鉢を抱き上げながら、ため息を吐く。
区民を守るのも区役所の職員の仕事だ。まあ、そういうわけで、モルモットに誘拐されてしまった天使を助けに行かなければならない。
ひとまず、一旦出社した。モルモット神輿に載せられていたサボテンはすっかり混乱してしまっていたから、職場に戻してやらなきゃいけない。僕は出社して、タワシにサボテンを預けた。『モルモット神輿に載せられてしまってすっかり混乱しているから落ち着かせてやってほしい』とタワシに頼んだところ、タワシは『私はタワシ!あなたはサボテン!』と元気にサボテンを宥め始めた。
そして僕は軍曹蜘蛛に相談する。どうにかモルモット神輿行列を止めることはできないだろうか、と。だが、軍曹蜘蛛もモルモットの神輿行列の止め方なんて知らないらしい。
もしかして、さっき、一度止まったあの時が最後のチャンスだったのだろうか。だが、もしまたあのように止めることができれば、そこで天使を救出することもできるかもしれない。
その為にはまず、踏み台が必要だ。さっきは高さが足りなかった。脚立があれば足りるだろうか。
僕が倉庫から脚立を取り出していると、ペーパーナイフ五寸釘が僕を呼び止める。そして、『モルモット達は祈りのためにその場に止まる。祈りを必要とするものがあれば、そこでモルモット達を止めることができるのではないか?』と教えてくれた。
これには少々驚かされた。まさか、彼がモルモット神輿に詳しいとは。もう少し詳しく聞いてみたら、どうもペーパーナイフ五寸釘はかつて大学で齧歯類神学を学んでいて、その中でモルモット神学に触れる機会があったのだとか。意外なところに意外な教養を持つ人が居るものだね。
僕はペーパーナイフ五寸釘を連れて、脚立を肩に担いで、軍曹蜘蛛達と一緒にモルモット神輿を追いかけるべく、町へ飛び出した。
町の中は少し浮かれた雰囲気だ。まあ、モルモット達が神輿を担いで練り歩いているのだから、この雰囲気も已む無しだろう。
より浮かれた方へと進んでいけば、すぐにモルモットの神輿行列を見つけることができた。相変わらず、天使は神輿の上で途方に暮れているし、モルモット達はそんな天使を気にすることなくわっしょいわっしょいと神輿を運んでいる。
神輿行列は途切れることが無い。『膝あああああ!』と奇声を発しながらモルモットに包丁を振り下ろした暴漢も居たが、『うるせえ!肘はミルワームでも食ってろ!』と同じく奇声を発する暴漢にタックルで倒され、モルモットを害することなく死んだ。
他にも、地面で鉄火丼式地雷が爆発してマグロの切り身がモルモットを巻き上げて噴き上がったり、空飛ぶバナナの皮がモルモットを一匹攫って飛んで行ったりといった事故は当然発生していたが、概ね、モルモット達の神輿行列は皆に見守られ、守られながら進んでいく。神輿の近くはしっかりとモルモット達に固められ、到底、神輿まで近づけはしないだろう。
だが、こちらにはモルモット神学に詳しいペーパーナイフ五寸釘が居る。僕らは早速、モルモット達を足止めするべく、準備を始めることにした。
まず、僕らはペーパーナイフ五寸釘監修の下、祭壇を作る。祭壇はキャベツで作る。モルモット達の目に留まりやすい材質だからだ。キャベツの葉を一枚ずつ剥がしては積み重ねていけば、塔のようなものが出来上がる。これが今回の祭壇だ。
そして、そこに『祈りを必要とするもの』を用意する。……いや、もう、用意されているのだけれど。
そう。僕らは街灯の根元に祭壇を作った。そして街灯は今、なんだかセンチメンタルな気分らしくて、『祈り?ああ、かつて俺と共に居たあの電球のために、どうか、祈りを……そしてこれからもこの町を明るく照らし続ける役目を背負った俺の暗い心にも、どうか祈りを……』とぼやいている。成程、祈りを必要とする者だね。
そして、いよいよそんな街灯の前にモルモットの集団が差し掛かる。彼らはキャベツの祭壇に目を留め、そして、そこでぼやき続ける街灯を見つけた。モルモット達はそこで少々、相談し合ったらしいが、結局はそこに立ち止まることとなる。
モルモット達は僕らの目論見通り、その場に止まって目を閉じ、何やら祈り始めた。祈られている街灯は『祈りに効果はないか……ふっ、所詮祈りは祈り……』などと言っていたが、モルモット達はそれでも健気に祈りを捧げている。
さて、この間に僕らは天使を救出しなければならない。軍曹蜘蛛達がモルモットを少々退かしてくれて、そこに僕は脚立を置く。これで神輿の上の天使にまで届くだろう。
僕は早速脚立を登り、そして、神輿の上の天使を見つける。天使は僕が登ってきたのを見て、ぱっ、と表情を明るくした。
「やあ。助けに来たよ」
そして僕が手を伸ばすと、天使は心底安堵したように僕の方へとやってくる。僕はそんな天使を抱えるべく、身を乗り出して……。
……だが、そこで邪魔が入った。
なんと、空から布団が降ってきたのだ。布団は天使に被さると、『ふとーん……』と満足気に鳴いた。僕は布団に包まれてしまった天使へと再度手を伸ばすが、すると布団は、きゅ、と天使を抱きしめて『ふまーん……』と不満げな顔をする。どうやら布団は天使を離したくないらしい。
更に、そこへモルモット達がやってきた。なんと、祈りを中断してでも脚立に登りたかったらしい。否、もしかすると、僕が天使を連れ去ろうとしているのを察してやってきたのかもしれないけれど。
まあ、とにかくあれよあれよという間に、僕はモルモットによじ登られることになってしまった。脚立から僕の脚、脚から腰、腹、背中、肩、と、どんどんモルモットが登ってくる。
モルモットを振り払う訳にもいかない。僕はどうにか穏便にモルモットを離せないかと悩んだのだが……結局答えは出ないまま、モルモット達の祈りは終わり、神輿が出発してしまった。
「あ、ちょっと待ってくれ」
僕が声を掛けても、モルモット達は聞く耳なんて持っていない。神輿は僕から離れていき、そして僕は身動きが取れないまま、モルモット達の通り道にされてしまった。数々のモルモット達が僕によじ登っては下りて、そのまま去っていく。わざわざ僕に登ってからじゃなくてもいいだろうと思うんだが、モルモット達は何としても僕によじ登ってから進みたいらしい。
そうして僕が全身をふわふわと柔らかな毛でくすぐられ続けている間にも、天使を乗せた神輿は去っていってしまった。布団は紙吹雪を撒きながら『ふせーん……』と鳴いていた。よくよく見てみたら、撒かれているものは紙吹雪ではなく付箋だった。
さて、どうしたものか。まさか、天使を助け出そうとしたら抵抗に遭うとは。これには軍曹蜘蛛も、『民間モルモットを武力制圧するわけにも参りません。いかがいたしましょう中尉……』と困惑するばかりだ。
ペーパーナイフ五寸釘は、『モルモット達はあのようにして神輿の上に担ぎ上げた者をその年の神として崇めるのだ。つまりあの天使は今年のモルモット達の神に選ばれたということだろう。モルモット達が神を奪われまいとするのは当然のことだ』と説明してくれた。
だが、そうは言っても、このままというわけにはいかない。そして同時に、これ以上対策のしようもない。
モルモット神輿から天使を下ろすには、周囲にモルモットが居ない状況が数秒以上必要だ。モルモット達は天使を奪われたくないらしいから、抵抗してくる。そうして邪魔が入ってしまうと、その間にモルモット神輿は発進してしまうのだ。
これについて新兵蜘蛛から『モルモットに邪魔されないような足場を作って、一気に接近するしかないのではないのでしょうか!』と意見が出るが、これも難しい。だって、そんな都合のいい足場、在るだろうか?道の脇の建物の屋根からモルモット神輿の上に降下して、天使を保護して、その後クレーンか何かで釣り上げてもらって脱出するとか?いや、流石にそれは難しすぎる。いつモルモット神輿が終わるのかも分からないが、そんなものを用意している時間も無いだろう。
これは、いよいよ手詰まりか。
僕は諦めかけ、しかし、不安そうにしていた天使の顔と、天使によく懐いているうちのサボテンの顔を思い出して気持ちを奮い立たせる。いや、サボテンに顔は無いが。
そして、僕が立ち上がったその時。
ほわほわと湯気がやってくる。
ふわり、と美味そうな香りが漂ってくる。
それに振り向けば……そこには、肉まん達が担ぐ神輿があった。




