収穫祭*2
「よしよし……プランターの方は悪くない出来だな」
マスターはそう言いながら、プランターに突き刺さったマスターの腰のあたりを掴んで、そのままそっと引き抜いた。すると、プランターの中から人間の頭の大きさのジャガイモ、またはジャガイモでできた人間の頭がずるり、と出てきて、目を覚ます。
「おや?朝か。……ん?もしかして俺は株分けされた俺か?」
「ああ、そういうことだ。おはよう、俺」
マスターはマスターに挨拶し、握手を交わす。同じジャガイモ頭が2つ、親し気にしている様子を見るとなんとも不思議なものがある。
「さて、残りの俺も収穫しようか」
「そうだな。まあ、もう数人の俺を収穫すれば、後は楽に収穫できるだろうね。ああ、ニワトリ、ストレンジャー。君達も手伝ってくれ!」
僕は促されるまま、プランターから生えていたマスターをそっと土から引きずり出して、起こす。マスターは『ん?ストレンジャー、どうしたんだ?おや?ここは……?』なんてやりながら自分が株分けで増えたことを認識し、ついでに状況も把握したらしい。早速、他のマスターを収穫しに掛かり始めた。
そうしている内に、収穫されていないマスターよりも収穫され、収穫するために動くマスターの方が多くなった。こうなったらもう、収穫はあっという間だ。プランターからも畑からも、綺麗さっぱり全てのマスターが収穫された。
「今回の株分けは大分上手くいったみたいだな」
「肥料が良かったのかもな。ありがとう、ストレンジャー!」
「さて、こんなに俺ばっかりになるとこれはこれで困るなあ」
「まあ、今日一日くらいは俺だらけでいようじゃないか、俺達!」
そうしてパブの裏手は大層賑やかになった。それはそうだ。ここには3ダースか4ダースほどのマスターが居る。僕はどう対応していいものやら困ったし、ニワトリは苦笑しながら『毎度のことながら騒がしいな』とぼやいていた。
「まあ、俺達をどうするかはその内決めるとして、まずは朝のコーヒーを淹れよう。飲んでいくだろう?」
マスターが3人ほど店内へ向かっていって、ニワトリもそれに続いたので僕も後をついていく。もうどうにでもなれ、という気分で。
そうしていつも通り、僕らは朝食を摂ることになった。小さなレディも来店して、『まあ!マスターが3人もいるわ!』と驚いていた。マスター3人は揃ってポーズをとりながら、『どうも!3人居るよ!』と愛想よく答えていたので、小さなレディもにっこりだ。実にエンターテイメント性が高いね。
いつも通りにコーヒーを淹れてもらって、小さなレディには砂糖とミルクたっぷりのやつが、僕とニワトリには無糖ブラックのままのやつが出される。ありがたく、素晴らしい香りを楽しみ、繊細な苦みと豊かなコク、そして微かな酸味とそれらの向こうに広がる甘味を享受する。この一杯があるから、毎朝が憂鬱じゃない。ありがたいことだ。
「さて、朝食はどうする?全員パンケーキでいいかい?」
「折角だ、やってみたいことがあってね」
「何せ、カウンターの中に俺が3人揃うことなんてまず無いから!」
3人のマスターが口々にそう言うので、僕もニワトリも小さなレディも頷くしかない。すると、そわそわと浮かれた様子のマスターは喜びつつそれぞれにフライパンを手にして、3口あるコンロにそれぞれのフライパンを載せ、それぞれにパンケーキの生地を流し入れていく。
3人のマスターはそうしてパンケーキを焼いていくと、息の揃った調子で、それぞれにパンケーキを宙返りさせ、ひっくり返してフライパンの中へ戻した。それが3回連続したものだから、ぽふ、ぽふ、ぽふ、と可愛らしい音が3回鳴って、その後には僕らの拍手が大きく鳴ることになった。中々面白いね。
3人のマスターは全員マスターだから、全員パンケーキ作りの技術も同じだ。パンケーキはまったく同じように宙返りしながら皿に着地し、まったく同じようにバターとシロップが掛けられ、そしてまったく同じように僕らに提供された。
「すごいわ。自分が3人も居るって、どういう気分なのかしら……」
「便利!それに尽きるね!」
小さなレディに明るく答えてマスターは笑う。フライパンを洗う動作も3人分一緒なものだから、見ていて非常に不思議な気分だ。
「世の中には『自分がもう一人いたら絶対に喧嘩になる』なんて言う奴もいるが、俺は全くその逆だね!」
「居たら居たで楽しくやれる!まあ、そういう点で、俺にはジャガイモとしての素質があったってことだろうな!」
成程ね。僕だったらどうかな、なんて考えてみると、まあ、僕もそれなりに上手くやれるような気もする。でも、マスター程には上手くいかないだろうし、そもそもマスター程には自分が沢山いる状況を楽しめない気がするね。
早速ナイフを入れてみたパンケーキは、極上の味わいだった。ふんわりとしていながらも滑らかで、どこかコクのあるまろやかな味わいだった。恐らく、生地に使っている卵がニワトリの卵だからだろうな、と思う。
それから、添えられたバターはホイップバターだったのだけれど、それもまた、中々よかった。ふんわりしたバターがディッシャーで小さな球状に掬い取られて、それが熱いパンケーキの上でとろけていく様子は、一つの芸術のように美しい。琥珀色のシロップと合わさって、ますますとろとろと、甘美な見た目をしていた。
「ああ、素敵なお味!これがあるから今日の朝はいい朝だわ」
「そうだね。僕もそう思うよ」
小さなレディは、上品にパンケーキを切り分けて食べては幸せそうな顔をしている。いいね。彼女もまた、『いい朝』に貢献してくれている存在だ。見ていると幸せな気分になれる。
そうして僕は小さなレディやニワトリより早めに朝食を食べ終えて、出勤することにした。昨日のタコの後片付けがまだある。
3人のマスターが陽気に見送ってくれるのに応えつつ、早速パブを出て、僕は職場へと向かった。
職場の前では白銀の天使がサボテンと一緒に日光浴していた。サボテンは白銀の天使とすっかり仲良くなったらしく、『うるとらさぼてんあたっく!』を天使に向かってやっては、撫でられて嬉しそうにしている。
僕はそんな天使とサボテンに挨拶をして、ガラス戸に挨拶をして……そして室内に入ったところで、室内に居たピンク色のイカが目に入った。
……今日の仕事も掃除になりそうだ。
イカはイカ墨を撒き散らしながら『俺はハゲじゃない!スポーツ刈りだ!』と喚き散らしている。だが、イカの頭部には毛が一本も見当たらない。無い毛を刈ったとして、それはスポーツ刈りになるのだろうか。
そうしている間にも、軍曹蜘蛛達が手早くイカの目や吸盤に銃弾を撃ち込んでいき、やがてイカの体内に手榴弾が送り込まれ、それによってイカは内側から爆発して死んだ。『ハゲじゃない!スポーツ刈りだ!ハゲじゃない!』と辞世の句を詠みながらの爆発だった。
昨日のタコよりもスムーズに処理が終わったところを見るに、軍曹蜘蛛達の戦い方が上手くなっているのだろう。素晴らしいことだね。
「デスクが避難されたままでよかったよ」
さて、不法侵入イカが死んだところで、また片付けだ。デスク類は全て隅に避けてあったから、被害はそう多くないだろう。問題は、昨日清掃したばかりの床と壁がまたイカ墨に汚れていることだ。
僕は軍曹蜘蛛と一緒にため息を吐きつつ、イカの死体の処理を始めることにした。
軍曹蜘蛛達が戦うのに慣れたのと同時に、僕もまた、掃除に慣れたらしい。イカの死体を解体するのにまるで手間取らなかったし、イカ墨の飛んだ床や壁を掃除するのもそれなりに手早くやれた。
おかげで、タコより大きなイカだったものの、なんとか定時内で作業を終了することができた。職場の皆を残業させることなく帰すことができたので、『中尉』としてもほっとしている。
2日連続でタコイカと戦い、その跡を掃除する羽目になったことで、僕は幾分、疲れた。まあ、ストレンジタウンでは日常的なことなのだけれど、それにしてもね。
だからこそ、帰った先でパブの扉に『ポテト収穫祭』なる素朴な張り紙が貼ってあるのを見てなんだか落ち着くような気分になれたし、パブの中に入った瞬間からふわりと漂ういい香りに期待が高まった。
かろん、とドアベルを鳴らして店内に入れば、そこはいつもより賑わっていた。ボルトとナットがテーブル席で楽し気に食事をしていたし、ぼたもち伯爵が昨日のモルモットと一緒にビールを楽しんでいる。その向こうでは風呂吹き大根がココアと一緒に食事を食べていたし、その隣には牛がきちんと椅子に座って牧草を食べていた。この店、牧草も出しているのか。
「おお、ストレンジャー、お帰り!さあ、席へどうぞ!今日は収穫祭だからね、たっぷり食べて行ってくれ!」
賑わう店内でもマスターは1人だったが、すっかり張り切ってカウンターの内側で働いている。僕はカウンター席に座って、その隣に居た小さなレディの姿に驚く。
「ああ、異邦人さん、こんにちは。今日はお祭りだっていうから、夜にも居ていいことにしたの」
「成程ね。そういうことなら、レディ。是非楽しんでいってね」
小さなレディは極力そわそわしないように自らを律しているらしい。それでも表情はにこにこしてしまっているし、料理への期待からか、多少そわそわしてしまっているのだけれど、そこがまた何とも可愛らしい。
「さて、ストレンジャー。君も今日のおすすめでいいかな?」
「ああ。よろしく頼むよ」
早速、マスターが僕の分の食事を用意してくれているらしいので、期待して待つ。ここの料理は何時だって美味いし、今日は『収穫祭』らしいから、一風変わったものが出てくるかもしれない。余計に楽しみだ。
「そして、小さなレディ。君の分だ。お待たせ!」
そして小さなレディの前に、小ぶりな皿に盛られた沢山の種類の……ジャガイモ料理が、並ぶ。
小さなココットの中で焼かれたポテトグラタン。カリッと揚げられたフライドポテト。繊細な細切りジャガイモが纏められて香ばしく焼かれたジャガイモのガレットに、ジャガイモを生地に使っていると見えるパンケーキ。添えられたスープは、ビシソワーズだ。
そう。ジャガイモだ。今日の料理は、ジャガイモ料理らしい。
ここまで来たら、流石に僕でも察しが付く。
「ねえ、マスター。もしかして、このジャガイモって」
「ん?当然、俺だよ!」
ああ。成程ね。それで、『収穫祭』か。うん。
そうして僕の前にも料理が出された。ジャガイモ料理は非常に美味そうだった。だが、これが今朝まで動いて喋っていたマスターだと思うと、なんとなく、気まずい。
「ほら、俺が4ダースも居たら大変だからね。6人7人くらい俺が居る分には悪くないんだが、流石にそれ以上になると厄介が勝る!というわけで、食べちまおうってことにしててね」
まあそうだろうな、と思う反面、それでいいのか、とも思う。特に、こう、『食べちまおうってこと』にされた3ダース以上のマスターのことを思うと。
「それ、食べられることになったマスターはそれでいいのかい?」
「ん?そりゃあね。俺が死んでも俺は残るしな。生きるも死ぬも全員俺だから、気にすることはないだろう?」
ああ、マスターとしては、その辺り、まるで構わないらしい。そうか、マスターがいいなら、いいんだけれどね。
「ああ、もしかして、ストレンジャー。君、俺を食うことに抵抗があるか?」
「まあ、多少」
正直にそう答えると、マスターは『成程なあ』なんて言って頷いて、それから、ふと、首を傾げた。
「あれ?でも君、ニワトリの卵を食べるのには抵抗が無いんじゃなかったか?」
まあ、うん。そうだね。
「ああ、言われてみればそうだった」
そうか。株分けされて増えたマスターは、ニワトリの卵と同じようなものか。
そして、全てはマスターだから、どのマスターが死んでどのマスターが生き残ってもそこに差は無い、と。
よし。僕は考えるのを止めて、ただ、目の前の美味そうなジャガイモ料理を食べることに決めた。
ジャガイモはカリッとしていて、ホクホクとしていて、或いはとろりとして、更にはもっちりとして、大変に美味かった。そして僕の目の前ではマスターが上機嫌だから、やはり、僕は何も考えないことにした。
そうして収穫祭は大好評の内に終了し、翌日からはまた、カウンターの中にはマスター1人が居るだけの、いつも通りのパブに戻った。
僕は朝食を摂り、パブを出たところで小さなレディとすれ違ったので挨拶を交わし、納豆がしゃなりしゃなりと歩いているのを追い抜いて、整合性売りが『今日は黒歴史のたたき売りだよ!』と呼び込みをしているところに挨拶をして、四十肩のボディビルダーが肩を落として歩いているのを励ましながら、出勤する。
そうしていると、もそもそもそもそ、と後ろから柔らかな音が聞こえてきた。
何だろう、と思って振り向くと、そこには神輿を担いだモルモットの神輿行列がやってきていた。昨日の大名行列に引き続き、最近のモルモットは活発だな。
……だが、僕は少々、困る。
別に、モルモットが神輿を担いで練り歩いていても全く困らないし、むしろ、ふわふわとした小さな生き物がもそもそ動き回るのを見るのは何となく心が安らぐような心地ですらある。
だが、それでも、困るのだ。
そう。問題は、神輿の上にある。
……何故か、うちのサボテンが白銀の天使と一緒に、モルモット達に神輿で運ばれているのだ。
ああ、うちの職員が、運ばれていく!