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収穫祭*1

 この状況、どうしていいものやら、さっぱり分からない。

 目の前にはプランターに刺さったマスターが居て、そして、そのマスターを示しながら二日酔いでぐったりしたマスターが『よろしく頼むよ』と言っている。

 マスターがジャガイモだっていうことは理解していたはずなのだけれど、それはそれとして、目の前の光景に動揺を禁じ得ない。そりゃあね。こういう風に急にジャガイモらしくされたらね。

「またか。全く、仕方ないな」

 だが、ニワトリは僕より多少、この状況に慣れているらしい。いつの間にかスコップとナイフを手に、プランターに刺さったマスターの処理を始めた。

「ストレンジャー。出勤前に悪いが、すぐ終わる。少し手伝ってくれ」

「ああ、まあ……ええと、なにをすればいい?」

「ひとまずこれを切り離す。その後は切り分ける」

 ニワトリは、プランターに刺さったマスターの頭の付け根……要は、首の部分に、早速ナイフを差し込んでいる。朝から中々すごい光景だ。

「ジャガイモの植え付けはしたことがあるか?」

「小学生の頃にやったような記憶があるよ」

 学校の庭の片隅で、ジャガイモを植えていた。もうほとんど記憶なんて残っちゃいないが、まあ、経験が全く無いわけじゃないと思う。

「そうか。まあ、それと同じだ。ジャガイモの芽が適当にバラけるようにジャガイモをバラして、埋める。それでいい」

「分かった。じゃあ、切り分けは頼んでいいかな。土に埋める作業は僕がやろう」

「よし。それでいこう」

 ニワトリは早速、ナイフをマスターの頭部に入れていき、やがて、マスターの頭部は一欠片に付きジャガイモの芽を1つ有するようにバラバラにされた。

 僕はそれらの欠片を受け取っては切り口に灰をつけて、それをプランターに植え付けていく。まあ、こうして埋める段階になってしまえば、これはマスターの頭部じゃなくてジャガイモだ。多少、サイズがおかしいが、それだけだ。マスターの体をバラバラにする作業よりは随分とやりやすい。

「ところでこれ、肥料とか要るのかな」

「後でポテトヘッドに聞いてみるか」

 マスターの肥料って、どんなものだろうか。麦茶やコーヒーを水代わりに与えておけば、すくすく育つだろうか。


 そうしてマスターの植え付け作業が終わった。バラバラにした頭部の他、手も足も胴体も、適当に細かく切ってそれら全てを埋めることになった。

 当然、プランターだけでは到底足りないので、裏手の土地を少し耕して、そこに埋めることにした。裏手の土地は硬く踏み固められているように見えて、案外そうでもなかった。耕すのは然程難しくなかったし、まあ、こういうことがあるたびにこういう用途で用いている土地なんだろうと思われる。

「よし、後は水を撒いておけばいいだろう」

 そうして一通りの畑仕事が終わった僕らは、プランターと畑にそれぞれたっぷりと水を撒いた。こうして作業が終わってみると、妙に清々しい気分だけれど、やったことは人体をバラバラにして埋めたっていうだけだ。まあ、それでもストレンジタウンにおいては清々しい作業かもしれない。

「出勤前に悪かったな。間に合いそうか」

「ああ。大丈夫。ちょっとギリギリだけれど」

 そうして気づけば、出勤の時間が差し迫っていた。まあ、少し速足で向かえば十分に間に合うだろう。

 僕は手に着いた土を洗い流すと、カウンター席に戻って残っていたコーヒーを飲んで、それから鞄を掴んでパブを出る。……だが、その前に、マスターに呼ばれたのでまた裏口に回る。

「ああ、ストレンジャー……悪いね、もし、肥料になりそうなものがあったら、見つけてきてほしい」

 マスターは二日酔いの、今にも死にそうなぐったりした様子でそう、頼んできた。成程、やっぱり肥料は必要なんだね。

「分かった。どんなものが肥料になるんだろう」

「割と何でもいいんだ。まあ、土に埋めるのが特に惜しくないようなものなら、何でもいい。生き物の死骸とか、コーヒー豆の古いのとか、本当になんでもいいんだ」

 成程ね。なら、適当に何か見繕ってこよう。幸い、色々なものが見つかる職場に勤めているし、使わなくなったものとか処分するものとかがあったら、マスターの肥料候補として持ち帰ってこようかな。


 マスターと肥料の約束をして、僕は急いで出勤した。速足で歩いてなんとか始業1分前に職場へ到着した。ガラス戸がさっと開いてくれたので『いつもありがとう!』と礼を言って、僕は早速、出張所の中に入る。さて、今日こそはストレンジタウンの地図を作ろうかな、なんて思いながら、室内に入って……。

 そこで、僕は巨大な緑色のタコと蜘蛛達が戦っている様子を目撃した。




 緑色のタコは、何せ、巨大だ。倉庫に続く扉を塞ぐように、壁に張り付いている。僕らのデスクがある方とは反対側に居るのが不幸中の幸いだろうか。

 緑色のタコの狙いはまるで分からないが、『私に相応しいお仕事がほしいでーす!』と喋っているところを見ると、求職中なのかもしれない。だがこの出張所の人員は間に合っているし、こんな巨大なタコを雇う余裕はない。金銭的にというか、スペース的に。

「おはよう、軍曹。これは一体何だろう」

 早速、現場の指揮を執っている軍曹に聞いてみたところ、軍曹蜘蛛は『敵襲であります!ですが、然程強くもない相手です!ご心配なく!』と頼もしい返事をしてくれた。そうか、敵襲か。参ったね。

 軍曹の言葉に偽りはなく、蜘蛛達は素晴らしい連携で緑色のタコを追い詰めていく。タコの足は既に数本千切れており、残りは8本になっている。タコの胴体には今も銃弾が叩き込まれ続けており、如何に巨大なタコと言えども、そろそろ体力の限界だろうと思われた。

 タコは『私の条件に合う新しいお仕事募集中でーす!』と叫びながら反撃に出ているが、軍曹蜘蛛達は構わず発砲し続ける。するとその内、タコの目玉に銃弾が当たった。タコは聞き苦しい声で絶叫すると、脚をくねらせてのたうち回った。それに伴って倉庫側の壁に罅が入る。やめてほしい。

「ウルトラサボテンアタック」

 そこへサボテンが飛び込んできて、『年収は1000万で我慢しまーす!』などと言っていたタコに鋭い針をずぶりと突き刺した。それがとどめになったらしく、緑色のタコはそれきり動かなくなった。タコは最後に『なんで……お仕事、無いの……?』と呟いたが、答える者は誰も居なかった。


 さて、緑色のタコは蜘蛛達とサボテンの活躍によって無事に殺されたのだけれど、ここからが大変だ。何せ、巨大なタコの死体をこのままにしておくわけにはいかないから。

「緑色だと食べる気もあまり起きないね」

 ぼやきつつ、僕はタコを解体しては運び出して捨てる作業に従事する羽目になった。外に出てから死んでくれればよかったものを、室内で死にやがったから。このタコ。

「さて、今日は大掃除かな」

 タコが吐き出した墨が室内を汚している。本当に迷惑なタコだったが、仕方がない。諸悪の根源たるタコは死んだ。残された僕らは掃除をするしかない。




 まずはデスクを避難させる。デスク類はあまりタコ墨の被害を受けていなかったので、そちらの掃除はタワシに任せることにした。タワシは『もしかして私って雑巾ですか?』と聞いてきたので、『君ではなくこちらが雑巾だよ』と雑巾を渡しておいた。タワシは雑巾に『私はタワシ!』と元気に挨拶して、その内雑巾と意気投合しつつデスクに飛んだタコ墨を拭き始めた。

 その間に、僕と蜘蛛達で室内のタコの死体を片付ける。巨大なタコは片付けるのが大変だ。脚を一本ずつ解体してはゴミ袋に入れて窓から外に出していくが、中々作業が終わらない。このタコ、一体どうやって室内に侵入してきたのだか。

 だが、それでもなんとか、午後3時にはタコの死体を全てゴミ袋に詰めて外に出すことができたし、定時までにはなんとか、室内の床や壁を清掃することができた。途中で緑茶の彼が『住民票持ってきました!』とモップを持ってやってきてくれて掃除に加わってくれたおかげで、大分助かった。

 まあ、こうして僕の一日は職場の掃除で終わってしまい、一旦退かしたデスクやキャビネットはまた明日戻そう、ということにして皆、それぞれに解散していった。

 そうして職場を出て数歩歩いたところで、僕はマスターとの約束を思い出す。そうだ、肥料になるものを持って行かなきゃいけないんだった。

 まあ、そういうことなら丁度いい。タコの脚の一部が詰め込まれたゴミ袋を1つ持って、僕はパブへと向かうことにした。




 パブに戻ると、幾分気だるげなものの朝よりはずっとマシになったらしいマスターがぼんやりとカウンターの中でカップを磨いていた。

「マスター、約束の、肥料になりそうなものを持ってきたよ」

「ん?ああ、ありがとうストレンジャー。助かるよ。いやはや、参った参った。酔った勢いで株分けなんてするもんじゃないね、全く……」

 マスターはぶつぶつと言いながらカウンターを出て、裏口に回っていく。僕もそれを追いかけていけば、朝の通り、ジャガイモの破片を埋めたプランターや畑がそこにあった。

「これなんだけれど、肥料になるかな」

「これは……おー、タコか?それともイカ……?まあ、悪くないね。腐らせて肥料にしちまえばタコもイカも一緒だ」

 マスターは上機嫌な様子で口笛を吹くと、早速、僕が持ってきたゴミ袋の中身をコンポストの中に詰めていく。タコの死体を詰め込んだコンポストは、早速ぽよよんぽよよんと不思議な音を立てながら稼働し始める。これで一時間後には肥料が出来上がっているのだというから驚きだ。

「よし、助かった。これを撒けば明日の朝には収穫できるだろう」

 マスターが晴れ晴れとした顔をしているのを見ながら、僕は『自分の株分けについて収穫と表現していいのか』と少し不思議な気持ちになりもしたのだが、まあ、他ならないマスターがそう言うならそういうことでいいやとも思う。

「楽しみだね、収穫」

「ああ。まあ、酔っぱらった勢いだったとはいえ、やっぱり株分けしてよかったかもな。収穫っていうのは何時だって心が躍るものだ」

 ほくほくと嬉しそうなマスターを見て、僕は今日、重いゴミ袋を運んできた甲斐があったな、と思う。誰かの役に立てるっていうことは、嬉しいことだ。それが自分にとって好ましい相手ならね。


 それから僕はパブで食事を摂る。パブには僕の他に、ぼたもち伯爵と、先日の大名行列からはぐれてしまったらしいモルモットが食事をしていた。はぐれモルモットはぼたもち伯爵に慰められつつ、ホットドッグを食べ進めていた。いつか群れに帰れるといいね。

 モルモットにぼたもち伯爵が何かアドバイスしているらしいのを聞きながら、僕もホットドッグを注文して、それを食べる。こういう手軽な食事も悪くないね。




 翌朝、僕は少し早くパブへ向かった。マスターがマスターを収穫する場面を、是非一度見ておきたいと思って。

 そうしてパブの裏手へ回れば、そこでは案の定、マスターとニワトリが、プランターと畑を前に、清々しい顔をしていた。

「おお!ストレンジャー、見てくれ!豊作だ!」

 プランターにも畑にも、見渡す限り、土に頭だけを突っ込んで尻を突き出した姿勢のマスターが沢山生えていた。

 ……薄々予想はしていたけれど、とんでもない光景だ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] タワシちゃんは本当にかわいい。 [一言] マスターは一回の株分けでこれだけ増えるのなら、今までに株分けされたマスター達は一体どうなってしまったのか……(トマトソースの挽き肉ポテトチーズ焼き…
[一言] この作品を見てると、ポテト料理と卵料理が実に美味しそうで食べたくなります。 バーに入ることがあればそんな料理が食べたいなぁ……と思いながら、なかなかバーに行く機会も無く日々を過ごしていたの…
[一言] >プランターにも畑にも、見渡す限り、土に頭だけを突っ込んで尻を突き出した姿勢のマスターが沢山生えていた。 吹いたハーブティー返してください。
2023/02/02 09:03 退会済み
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