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悪の組織*6

「ここは何階まであるんだ」

「4階で終わりらしいぞ。案内板に書いてあった」

 さて、宮澤と名乗った男は、名乗った次の瞬間にフォーリンのマシンガンでハチの巣になって死んだ。爽快でいいね。

「そうか。なら、次は都澤か?」

「いやいや、三八木澤かもしれないぜ。どう思う?ストレンジャー」

「じゃあ、僕はむしろ文字数が減ると予想して、三輪に賭けようかな。フォーリン、君は?」

「なら私は宮澤セブンに賭けるわ。そして屋上で『帰ってきた宮澤』と戦うことになるんじゃないかしら」

 成程ね。更にその次は宮澤Aかな。古典ゆかしいかんじがして悪くないと思うよ。


 さて、僕らが好き勝手に予想しながら階段を上がると、そこには眼鏡を掛け、毛玉の浮いたセーターを着て、無精髭を生やした超重量級の男が立っていた。

 片手には血に塗れた魔法少女のステッキと、最早何の文字も読み取れない程に錆びた中華包丁とを握っている。

「俺はシン・宮澤。お前達の様子は全て、監視カメラで見させてもらった」

 ああ、そう来たか。最近多いよな、この手のタイトル。

「まあ、中々悪くない。監視カメラの映像に少し手を加えればアクション映画として売り出せそうだと思ったんだ。どうだ、うちで映画を出す気は無いか?そこのガチョウ君は主演男優としていけそうだし、そちらの美女は、そうだな。悲劇のヒロインってことでどうだろう?きっと受ける!」

 男の言葉を聞いているニワトリは怒りのあまり極めて冷静に見えるが、間違いなく、彼の内を怒りが満たしている。

 当然、僕らもそうだ。彼はガチョウじゃないし、フォーリンは悲劇のヒロインじゃない。ついでに僕とマスターも居る。会って数秒でここまで人を不愉快にできるのってすごいな。

「まるでセンスが無いな」

 結局、ニワトリはそうとだけ言って、鉄パイプをぐるりと振ってみせた。

「俺ならもう少しセンスのいい脚本が書ける。少なくとも、お前よりはマシな感性をしている」

「ん?撮影してやるのはこっちだぞ?どうしてお前達の意見なんて聞く必要がある?」

 男は極めて不愉快そうに、そして如何にも高飛車にそう言って僕らを見下すように目を細めたが……次の瞬間、ニワトリの鉄パイプが、振りぬかれている。

 男の口から折れた歯が血飛沫と共に吹き飛んでいく。そして男は倒れて、その腹部に次の一撃が叩き込まれる。分厚い脂肪越しにも重く感じられるであろう一撃の後には、更にもう一撃。そして、更にもう一撃。

 倒れた男は状況を理解できていないらしかった。ただ、『意味が分からない』とでも言いたげな顔をしているだけだ。

 だからこそ、殺す必要がある。

「な……何をそんなに怒っているんだ?」

「俺なら、むかつく野郎がぶち殺される映画を撮る」

 ニワトリは間抜けな男にもよく見えるように、鉄パイプを軽く振ってみせた。『今からこれがお前を殺すぞ』と、知らしめるように。

「悪くないだろう?」

 そしてニワトリは、また鉄パイプを振り下ろした。




 僕らは手を出さなかった。これはニワトリがやるべきだと思ったし、ニワトリの邪魔はしたくない。

 ただ、ニワトリの鉄パイプは何度も男を打ち据えた。致命傷になるような位置を綺麗に外して殴るその技術は驚嘆に値する。

 男は分厚い脂肪に守られているが、痛みを感じないわけではないらしい。或いは、最初に殴られた時の痛みをようやく時間差を経て感じられるようになったのか、気持ちの悪い声で泣き喚くようになった。実に聞き苦しいし見苦しいが、だからこそ、殺す意味がある。

「7年前、お前が殺した俺の娘のことを覚えているか?」

「し、しらない!俺が何本、映画を出してきてると思ってるんだ!そんなの一々覚えてない!」

 泣き喚く割に全く悪びれる様子の無い男をもう一発殴って、ニワトリは次に、革靴の足で男の手を踏み躙った。また男が泣き喚くが、その頭の横の床に鉄パイプを突き下ろして罅を入れつつ、ニワトリは次の質問を投げかける。

「ふわふわの羽の娘だ。色が白くて、少し小柄な方だった。覚えていないか?」

「ヒット作でもなければ覚えてるわけがないだろう!」

 だが、男はニワトリの質問にまた横柄な答え方をする。そして……遂に男は、許されざる言葉までもを、吐き出した。

「そうだ、俺が覚えていないなら、それは駄作だったんだ。その娘とやらが!駄作だったんだろう!」


 ぱぁん、と一発、銃声が響く。

 それは、フォーリンの手の中の拳銃から発せられた音だ。

 それから一瞬遅れて、男の足から血が噴き出る。更に数秒後、ようやく男は痛みを知覚して絶叫した。

「お前が……お前が、駄作にしたのよ!あの子を、駄作にしたのは!お前だ!」

 更にフォーリンの手の中で拳銃が鳴り、男のもう片方の足も銃弾を受けて血を噴き出した。

「さあ、次はどこにする!?指先を関節一つ分ずつ吹っ飛ばしてやってもいいわ!或いは関節かしら?踵、踝、膝……順番に全部の関節に銃弾をプレゼントしてやってもいい!或いは……!」

 フォーリンが拳銃に次のマガジンを装填したのを見て、僕は慌てて、彼女を止めた。彼女の前に立って、銃を持つ手を握って止める。それでもフォーリンはまだ、到底落ち着いたとは言えない状態だったけれど、マスターもやってきて同じようにフォーリンを止めれば、フォーリンはやがて、銃を下ろした。

「……ありがとう、フォーリン。おかげで咄嗟にこいつを殺さずに済んだ」

 そしてニワトリは、静かに礼を言って笑う。

「お前が撃っていなかったら、衝動のままに殺していたところだ」

 フォーリンはじっとニワトリを見つめて、それから、そっと微笑んだ。……もう彼女は大丈夫だろう。


 フォーリンの銃弾を2発受けた男は、血だまりを広げながら逃げようとしていた。窓へ向かおうとしているらしいが、ぶよぶよと醜く太った体がぶるぶると蠢いて、只々見苦しい。

「俺は娘を愛していた。そしてお前はそれを踏み躙った」

 そこへ、ニワトリが近づいていく。男の眼前に鉄パイプを突き下ろして、床材に罅を入れた。

「な……俺はどうでもいいものを殺しただけだ!それの、何が悪い!」

 男はこの期に及んでまだ、悪びれる様子が無い。まあ、これでいいよ。今更許しを乞われたって困る。こういう奴には最後まで、どうしようもない悪でいてほしいね。その方が殺した時、すっきりするから。

「そうだな。お前はどうでもいいものを殺しただけだ。そして俺も、どうでもいいものを殺すだけだ。何も悪くないな?」

 ニワトリは死神のような笑みを浮かべて、男を見下ろす。

「俺はどうでもよくない!俺はどうでもよくなんてない!」

 男は喚く。喚くが……。

「俺にとってはどうでもいい」

 ニワトリの鉄パイプは、もう、止められない。




 そうして、後にはミンチと血だまりと、返り血に塗れたニワトリが残った。素晴らしいね。鉄パイプ一本で、人間はミンチにできるんだ。

 ニワトリは流石に疲れたのか、長く息を吐いて、鉄パイプを片手に、その場に座り込んだ。

「お疲れ様」

「ああ」

 何万回と鉄パイプを振り下ろし続けたその羽を握ったり開いたりして、ニワトリは少しぼんやりしているように見えた。

「……感想を聞いても、いいかな」

 僕もニワトリの隣に腰を下ろして、そう、尋ねる。彼の心を少しでも、知りたかった。それは完全に僕の自己満足であって、誰の為にもならない行為だったけれど。

「そうだな、感想があるとすれば……『復讐は何も生まない』だな。全く、その通りだ」

 ニワトリは苦笑いを浮かべながら、そう言う。

 そうだね。このストレンジタウンでは、狂気と暴力が救いとなる。けれど、狂気も暴力も、そして神様だって、失ったものを取り戻させてはくれない。

 けれど。


「けれどむかつく奴は死んだ方がいい。違うかな」

 それでもやっぱり、僕らにとって、狂気と暴力は救いであるはずだ。


「……いや、その通りだ、ストレンジャー」

 ニワトリは笑って、深く息を吐く。そして月を見上げるように天井を見上げて、呟くように言うのだ。

「さっきの感想に、付け加えさせてくれ。……『楽しかった』と」




 それから僕らは、『Bud company』のビルを燃やした。ビルの中にあった忌まわしいビデオテープも燃えた。そこに込められていたであろう被害者達の無念も、多少は煙になって空へと消えていっただろうか。

「……よし、帰ろうか。今日はパブを貸し切りにしてもいいぜ。ビール飲み放題を付けてもいい」

 燃えるビルに背を向けて、マスターが笑う。

「なら、コーラ飲み放題とフライドチキン食べ放題も付けてね、マスター」

 フォーリンが笑って後に続いていく。

「僕はコーヒーにしておこうかな」

 僕も彼らに続いて……それから、ニワトリを振り返る。

 返り血に塗れたスーツ姿のニワトリは、堂々と立って、燃えるビルを見つめていた。

「……ニワトリ。君は、何にする?」

 そして僕が話しかけると、ニワトリは僕らを振り向いた。

「そうだな。俺は……」

 ニワトリは少し考える素振りを見せると、ふ、と笑って、ビルに背を向けて歩き出す。

「……卵を。ケツがもぞもぞしてきたからな。帰ったら生むから、それで適当に何か作ってくれ」

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― 新着の感想 ―
[良い点] ・フォーリンを止めるため目の前に踊り出して拳銃を掴むストレンジャー [一言] 狂気ってなんでしょうね……
[一言] ニワトリ、ちゃんと卵はケツから産んでたのか… そしてもぞもぞするのか……
[気になる点] どうして悪の映画人たちは毛玉付きのセーターが好きなのかしら… [一言] 今日の卵はさすがに血走ってそうでなんか怖い((( ;゜Д゜)))
2023/01/30 09:02 退会済み
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