悪の組織*5
フォーリンが帰ってきた、という噂は、すぐさま町へ広まっていった。
フォーリンが一曲目を歌い終える頃には、ぞろぞろとパブへ人が集まってきていた。
なんと、小さなレディまでもが『今日、素敵な催しがあるって聞いたの!』とやってきたので、僕はカウンター席を彼女に譲ることにした。レディを床に座らせるわけにはいかないからね。
そうして僕はまた、整合性売りと一緒に木箱と麻袋の特等席をこしらえて、そこに着席することにする。ニワトリはマスターにエプロンを投げ渡されると、渋々、手伝いに入っていた。……他のマスター達も裏手で色々と手伝っているんだろうな、と思うよ。多分ね。
フォーリンの歌は相変わらず素晴らしかった。出鱈目で整っていなくて、けれど芯が一本通っている。ぶっ壊れた調子であるそれが酷く美しく聞こえるものだから、ああ成程、確かに僕は気が狂いかけているのかもな、なんて思う。
僕はホットワインを1杯とローストビーフ、それからジャガイモのグラタンとハニーマフィン、という晩餐を頂きながら、狂いかけの歌を聞く。整合性売りも実に楽し気に、ホットワインのマグを片手にのんびりと曲に合わせて揺れていた。尤も、フォーリンの歌は変拍子が続くので、曲に合わせて揺れるのは中々至難の業なのだけれどね。
フォーリンが一通り歌い終わると、パブは次第に閑散としていく。マスターは会計を一通り終えて、ほくほくした調子だ。突発的なフォーリンの来訪だったから前回ほどの人の入り方ではなかったけれど、それでも十分すぎるくらいに人が入っていた訳で、まあ、儲けもそれなりのものだっただろう。
整合性売りも楽し気に帰っていって、そして、パブには僕とフォーリンとマスターだけが残った。ニワトリは小さなレディを送りに行ったよ。
「あら、ストレンジャー。今日はまだ帰らないでいてくれるのね?」
「ああ。僕も一枚噛ませてもらったから」
フォーリンの魅惑的なウインクに少々肩を竦めてみせつつ、僕はカウンターで、マスターが淹れてくれたコーヒーを味わう。ついでに、ハニーマフィンももう1つ。これ、あまりにも美味しいものだから。
「そう。あのニワトリが話したっていうことは、やっぱりあなた、信用できるわね」
「光栄だよ」
フォーリンはフォーリンで、前回同様にコーラを飲んでいる。けれど、フライドチキンじゃなくて、ポテトグラタンを食べていた。
そこへ、かろん、とドアベルを鳴らしてニワトリが帰ってきた。『お帰り』と声を掛けると、ニワトリは少し笑って、『あのレディもフォーリンの歌を気に入ったらしいな。帰り道で歌って聞かせてくれた』と教えてくれた。いいね、僕も今度、聞かせてもらおう。
「さて、ニワトリ。じゃあ早速だけれど情報共有といきましょうか」
「ああ。ポテトヘッド、何か適当に酒とつまみを頼む」
「ああ、私も少し食べ足りないわ。マスター、やっぱりフライドチキン、くれる?」
「そう言うだろうと思って、もう揚げてるよ」
マスターはウインクしながら、コーラをグラスに注いでいく。
そうしてフォーリンの前にコーラ、ニワトリの前にビールが置かれて、更に、2人の間にフライドチキンとフライドポテトの盛り合わせが置かれる。成程ね、どっちの飲み物にも合う食べ物だ。
「じゃあ、早速だが俺達の方の情報だ。……『悪の組織』なる販売会社を襲って、『バッドカンパニー』との取引記録を見つけた。だがそこまでだな。『悪の組織』は他にもスナッフフィルムの類をいくらか取り扱っていたみたいだが、『バッドカンパニー』の具体的な場所も連絡先も、分からずじまいだ」
ニワトリはそう言うと、ビールを一気に半分ほど飲み干した。
「で、お前の方は?」
「私の方は相変わらず正攻法よ。昔あなたがやりとりした記録を元に、アドレスを辿って、同時に他の被害者を探して、ようやくこんなところ」
フォーリンはドレスの胸元から折り畳まれた紙を取り出すと、皆に見えやすいようにカウンターの上に置いてくれた。そこにはずらりとリストが並んでいる。電話番号だったり、メールアドレスだったりの情報と、それが使われた日付。一番新しいものが、つい、先月。
「少なくとも先月には使われていた電話番号が1つ、分かったわ。まあ、これがあったところで、奴らの本体を叩けるかどうかは分からないけれど」
住所ならともかく、電話番号だ。奴らを殺す、というには少々足りないかもしれない。
「電話番号から所在を突き止める方法は?」
「私は警察じゃないのよ、ニワトリ。強いて言うなら、そうねえ。私がスナッフフィルムに出演したい、とでも言えば釣れるかしら?でも、奴らを嗅ぎまわっていることはもう知れているでしょうしね」
フォーリンは『お手上げ』というように両手を挙げてみせると、コーラを上品に一口飲んだ。
「なら、僕らが持ち帰ってきたものをもう少し調べてみようか。何か分かるものがあるかもしれない。少なくとも、今すぐ電話番号1つを頼りに動いて、相手を逃がしてしまうリスクを冒すよりはいいんじゃないかな」
僕はハニーマフィンの最後の一口を食べてコーヒーを飲み終えると、そう提案する。できることは全てやってから、次の手を考えよう。
そうして僕らは、持ち帰ってきた資料を調べることにした。
僕がコンピュータ。ニワトリとフォーリンはバインダーに挟まれた書類。マスター達は段ボールに入れられた雑貨。コンピュータについては既に一度調べた後だから、望み薄だけれど、他からは何か、出てくるかもしれない。
そして僕も、もう少しコンピュータの中身をきちんと調べ直すことにする。少しでも手掛かりがあるなら、それを拾い集めなければ。
「おーい、ストレンジャー。これも調べてくれるか?」
それから一時間くらいして、マスターが声を上げた。
マスターが差し出してきたのは……なんと、フロッピーディスクだった。まさか、と思ってPC本体を確認してみるが、フロッピーディスクの読み込み口なんてどこにもない。当然か。
「いや、マスター。これは流石に古すぎて読み取る機能が無いみたいだ。多分、使われてなかったと思う」
「何っ!大事そうにしまってあったからてっきり、コレに色々入ってるのかと思ったんだが……」
マスターがしょんぼりする横で、僕はフロッピーディスクに手を伸ばす。何にせよ、珍しいものであることに変わりはない。僕はフロッピーディスクを手に取って……カラカラ、と中で音がするのを聞いた。
「お、おいおい、ストレンジャー。どうするんだ?」
「いや、まさか、とは思うんだけどね」
僕はフロッピーディスクの隙間に爪の先をつっこんで、そこからフロッピーディスクを2つに割る。
するとその中にはなんと、SDカードが入っていた。
「ビンゴだ」
そしてそのSDカードの中に目当ての住所録が入っていたのを見て、僕らは揃ってにやりと笑った。
そこにあったのは、電話番号と住所の羅列。相手先の名前はセキュリティのためか書いていなかったが……電話番号の内の1つが、フォーリンが持ち帰ってきた情報と合致する。
どうやら、ここに敵の本体があるらしい。
そして翌日。
僕らはストレンジタウンの一角へとやってきた。
奴らの住所は、このストレンジタウンの中にあった。当然と言えば当然だ。暴力と狂気の町では、一々殺人なんて取り締まられない。この世界で一番安全にスナッフフィルムを作成できる場所はこのストレンジタウンだろうから。
「随分と厳重なことだ」
そして住所が示す一角、そこにあった建物は、如何にも頑丈そうな鉄の門と鉄の塀とに守られていた。ニワトリはその門を睨み、鉄パイプを握りしめる。
この奥に、憎い連中が居る。ニワトリを裏切り、彼の娘を殺し、挙句、踏み躙った。許されない連中を殺すため、ニワトリはここに居る。
「まあ、これだけ厳重なら期待は持てそうだがね」
マスターは今日は1人だけだ。クロスボウを手に、門の向こうを透かすように見ている。彼としても、友人であるニワトリの苦悩はずっと見てきたはずだ。万感の思いが籠っているらしい。
「じゃ、いくわよ。覚悟はいい?」
そしてフォーリンは魅力的な笑みを浮かべ、その瞳に爛々と狂気を満たし、ロケットランチャーを構えた。
彼女の狂気も、準備万端なようだ。
そして鉄門は、爆風と共に吹き飛んだ。
「よし!突撃よ!」
赤いドレスの裾を翻し、笑いながら突っ込んでいくフォーリンに続いて、僕らも建物の敷地内へと突入していくことになった。
門の向こうは庭だった。だが、そこにフォーリンが弾丸をぶちまけていくものだから、そこにあったものが次々に破壊されていく。
コーンポタージュを噴き上げる噴水は壊れ、くるぶしの石像は砕け散り、タップダンスを踊っていた庭木は逃げ出した。そしてその中を、僕らは突き進んでいく。
そうして建物の扉を再びフォーリンのロケットランチャーが吹き飛ばすと、そこには受付カウンターがあり、その右手には椅子とテーブル、そして自動販売機があった。
「ほう……門を抜けてくるとは、大した奴らだ」
そして、受付カウンターの左手、階段の前には、眼鏡をかけた小太りの男が居る。
「そこを退きなさい。あなたも門と同じになりたい?」
フォーリンがマシンガンを構えると、男もまた、身構える。男の手には、誰かから奪ったのだろう、魔法少女のステッキがあった。
「俺は見澤!ここは通さない!」
そうして見澤と名乗った男は、僕らに襲い掛かってきたのだった。
「他愛ない」
そして男は、あっという間にボコボコになった。ニワトリの鉄パイプの殴打に耐えられるほどの強度が無かったらしい。今や眼鏡は消え失せ、その顔にあるものは死相のみとなっている。
「死ぬ前に一つ、答えてから死ね」
そんな男を前に、ニワトリは鉄パイプを振り上げながら問う。
「お前が、俺の娘をスナッフフィルムに出演させたのか」
「お、俺は悪くない。俺は、クソみたいな演者を使わされても、いい映画を作ろうと……」
ニワトリはすぐさま鉄パイプを振り下ろした。
死体を踏み越えて階段を上っていくと、二階に出た。階層表示にも『ここは二階です。イギリス式じゃないのでここは二階です。一階ではありません』と書いてあるので二階だろう。
そして、二階のオフィス空間めいた場所の真ん中には、毛玉の浮いたセーターを着た小太りの男が立っていた。
「お前も死にたいか」
ニワトリが鉄パイプを構えると、男もまた、身構える。男の手には、『マーメイド』と書かれた中華包丁があった。
「俺は矢澤!ここは通さない!」
そうして矢澤と名乗った男は、僕らに襲い掛かってきたのだった。
「まあ、人間って脆いね。その点ジャガイモって最高だろう?頭をカチ割られても埋めておけば増えるし……」
そして男は、あっという間に四肢へクロスボウの矢を受けた。マスターのクロスボウに対応できるほどの素早さが無かったらしい。今や毛玉の浮いたセーターは毛玉を残すのみとなっている。
「さて、お前もスナッフフィルムを作ってる悪趣味な野郎か?」
マスターがクロスボウに矢を番えながら問うと、毛玉に埋もれた男は気が狂ったように笑う。
「いい作品を作ろうとすることに問題があるっていうのか!?」
そして、男の笑い声は唐突に消えた。横から振りぬかれたニワトリの鉄パイプが男の頭部を破壊したからだ。
「それでいい作品ができるなら、問題は無いだろうな。だが、お前が作ったのは作品とも呼べない駄作だ」
ニワトリはただ、肉の塊を見下ろして鉄パイプを握りしめ直した。強く、強く。
血溜まりを踏み越えて階段を上っていくと、三階に出た。まあ、妥当に三階だと思うよ。
そして、三階の会議室らしい場所には、眼鏡を掛け、毛玉の浮いたセーターを着た明らかな肥満体型の男が立っていた。
そして、右手に魔法少女のステッキを、左手に『マーメイド』の『マー』部分に×印をつけた中華包丁を握って、男は叫ぶ。
「俺は宮澤!ここは通さない!」
そうか。さっきの2体、合体したのか。厄介なタイプのモンスターだな。