悪の組織*4
「ということで、実に安直な名前のビルがあったよ」
そうして僕はパブに戻って、そこでニワトリとマスターに報告することになった。
ニワトリはマスターから既に『相手はキリンの首だったよ。あれなら尾行しやすいだろうなあ』と報告を受けて大笑いした後だったらしいが、『悪の組織』なる団体のことを話したら、また大笑いしてくれた。僕としては『蕪式会社すずしろ』も気になるところだけれどね。
「まあ、そういうことならその『悪の組織』とやら、潰させてもらおう」
「正義のスーパーヒーローを倒したと思ったら、次は悪の組織を倒すのか。正義も悪もあったもんじゃあないね!」
「当然だ。正義も悪も無い。こんな町にはな」
ニワトリとマスターは笑い合って、それから僕らは考えることになる。
「さて、やはり直接殴り込みに行くべきだろうな」
どうやって『悪の組織』を潰してやろうか、という算段について。
「ビルごと爆破するわけにはいかないな」
「ああ、そうだ。蕪式会社すずしろを爆破するわけにはいかない」
「あそこの蕪、美味いからな……」
マスターがしみじみと頷いている。蕪式会社すずしろはどうやら、蕪を扱っているらしい。このストレンジタウンにおいて食料品を流通させている者は希少だし、潰すわけにはいかないね。毎日秋ナスが降ってくるようなことでもあれば話は別だけれど、そんなめでたいことは中々無い。
「なら逃げられないように出口を塞ぎつつ、唐突に殴り込みに行くのが一番か。……フォーリンが欲しいところだが」
ニワトリはそう言いつつ眉間に皺を寄せている。まあ、そうだね。彼女が居れば、相当な戦力になるんじゃないかな。何せ、銃火器だ。銃火器は強い。子供でも分かることだ。
「それなら一応、俺が出られるぜ。3人ほど」
「クロスボウにはそんなに数が無いだろう」
「ダーツならまあ、あるぜ」
マスターも3人ほど出陣するらしいが、マスターの武器であるクロスボウは一丁しかない。まあ、規制されて久しい武器だし、仕方ないだろう。だが、ダーツで武装した残り2人のマスターがどれくらいの戦力になるのかは疑問だ。
「ストレンジャーは前線に出したくはないな。恐らく、情報の整理の時に手伝ってもらうことになると思うが……」
「そうだね。僕は是非、そういう使い方をしてほしい」
そして少々情けないようだが、僕は戦力にはならないだろう。あまりにも、実戦経験に乏しいから。マインドという点ではいい線行くと思うけどね。でもそれだけだ。思ってるだけじゃ、何にもなりはしない。
「まあ、『悪の組織』がどことやりとりしていたのか、とかは多少、調べられると思うよ。フォーリン程じゃないにせよ、情報の整理は得意だ」
けれど僕は役所の職員として働いてきた経験がある。事務仕事はそれなりに得意なつもりだし、整理整頓もこのストレンジタウンに来てから随分得意になった。
「ああ、助かる。そういった技能はこのストレンジタウンでは珍しいからな」
まあ、ごくありふれた僕の能力も、このストレンジタウンにおいては珍しくて貴重な能力だ、ということなので。ならばそっちの方で手伝わせてもらおう。僕にも役に立てることがあるっていうのは、喜ばしいことだ。
それから幾らか話して零時過ぎ、僕らはその日の昼間、『悪の組織』へと突入することを決めた。
決まってすぐさま、僕は家に帰って眠る。鍵は一生懸命頑張って起きていてくれたのだが、やはり眠いらしい。連日ごめんよ、と謝って撫でつつ、鍵に開錠してもらって、僕はすっかり慣れ親しんだ部屋に入る。いつも通り入浴して、ベッドに入れば、鍵がおやすみのキスをしてくれた。可愛い甘えん坊さんを撫でてやっている内に鍵は眠ってしまったし、僕もいつのまにか、眠ってしまっていた。
そうして翌日、遅く起きた僕はのんびりと身支度を整えて、昼前にPUB POTATO HEADのドアベルを鳴らした。
カウンターには、ニワトリ、マスター、そしてマスターが座っていた。カウンターの内側には当然のようにマスターが居る。マスター達とニワトリが『やあ』とばかり、片手を挙げて挨拶してくれたので、僕もそれに倣って挨拶する。おはよう。
それから僕らはもう少々話を詰めて、揃って出かけることになった。
空は快晴。何も快くない天気だが、その分、血の雨でも降らせていい天気に変えてもらいたいところだね。
僕らは昨夜訪れたビルの前にやってきた。そして、マスター3人とニワトリが、ぞろぞろとビルの中へ入っていく。僕はここで待機して、逃げる奴が居たら上手く足止めするなり、避難が必要な人が居たら誘導したり、といった仕事をする予定だ。
さて、そうして僕がビルの4階あたりを眺めていると、ぱりん、といい音がして窓ガラスが割れた。その音の少し後に、人が一人、落ちてくる。
ぶつからないようにちょっと避けておいたら、落ちてきた人は地面にぶつかって死んだ。いや、元々死んでいたかも。
よく見てみたら、落ちてきたのは人ではなくて人の形をしたタロイモだった。それも、業務用の奴だ。どうやらこいつは『悪の組織』の一員だったらしい。首に引っかかっている社員証には『AKUNO SOSIKI』と筆記体めいたエレガントなフォントで書いてある。なんとなく胡散臭いデザインだ。
それからも4階では喧騒が響いていて、それに驚いたらしい蕪がわたわたと出てきたりもしていたのだが、それに僕は『今、僕の友人が悪の組織を潰しているだけで御社に危害を加えるつもりはない』と説明して落ち着かせた。
それから蕪達も一緒になって4階あたりを眺めていると、時々、ガラスが割れて、時々、ものが落ちてきた。ひとまず、ビデオテープが落ちてきたのを見たら回収しておいたし、最初に落ちてきたタロイモからは社員証や手帳など、何かの情報を得られるかもしれないあれこれを回収しておく。途中から蕪達も手伝ってくれたし、いつの間にか忍者装束の誰かも手伝ってくれていた。
忍者装束の彼は『サイバーエージェント浪人』と書かれた名刺をくれた。名刺は鋼鉄製で、菱形を4つ、十字に組み合わせたような形をしていた。まあ、要は、手裏剣。彼はサイバーエージェントなのか、浪人なのか、それとも忍者なのか。どれが世を忍ぶ仮の姿なのかまるで分からない。ということは忍者かな。
ご丁寧にどうも、と思っていたら、サイバーエージェント浪人忍者は早速、タロイモをクナイで切り刻み始めた。ねっとりとした芋は一口大に刻まれて、そして、蕪達がわらわらと持ってきてくれた大鍋に放り込まれていく。
その内、窓から放り出された豚バラ肉お徳用パックやごぼう、蕪達が持ってきてくれた人参やネギ、そして『ご一緒させていただいてもよろしいかしら?』とやってきた大根なんかも加わって、次々に鍋の中身は賑やかになっていく。
具材がごま油で炒め上げられたら、そこに水が注がれ、更に、よく熟成された味噌が放り込まれていく。
蕪とサイバーエージェント浪人忍者が交代しながら鍋をかき混ぜていると、その内、その鍋の周りではハンムラビ法典と書かれたハードカバーの本を持った集団が輪になって、『目には目を!歯には歯を!』と唱え始めた。更に、うっかり鍋を覗き込みすぎて鍋に落ちそうになっていた一人を慌てて助けたり、お腹を空かせていた彼らに味見を頼んだりして、楽しく過ごす。
そうして次第に出来上がっていく豚汁の美味そうな香りに腹を空かせつつ、僕は細々と働いて過ごすことになった。
そうして、豚汁の配布が始まった。良い香りに誘われてやってきたストレンジタウンの皆は、行儀よく一列に並んで配膳を待つ。僕は行列の整理に従事した。時々、列を抜かしてやってこようとする無作法者が居たら、サイバーエージェント浪人忍者に音もなく始末された。流石だ。
「あら、こんにちは、異邦人さん!」
「おや、こんにちは、小さなレディ」
そんな中、列にお行儀よく並んでいる小さなレディを見つけた。どうやら彼女、またこの町に遊びに来ていたらしい。まあ、今日のこの辺りは豚汁の列のおかげで中々治安がいいから、小さなレディの冒険には丁度いいと思うよ。
「どうしてこんなところに居るの?もしかして、ここでおじゃがのマスターが何かしているのかしら?」
「まあ、そうだね。豚汁は全くの副産物であって、実はほとんど無関係なんだけれど……」
さて、小さなレディにどこまで話してよいものやら、と考えていたら、丁度良く、マスターが4階の窓から覗いて、僕を呼ぶ。僕は小さなレディに断りを入れて、さっとビルの4階へ向かうことにした。
ビルの4階へは、ビルの中の階段を使う。コンクリートでできた階段をひたすら登っていくと、4階のフロアに繋がる鉄製のドアが大きく凹んでひしゃげていた。大方、ニワトリが蹴って開けたのだろうな、と思われる。
「おお、ストレンジャー!助けてくれ!これ、俺達にはちょいとハードすぎる仕事だ!」
そして、部屋の中には死体と血溜まりがあって、そして、書類やビデオテープ、その他諸々が散乱していた。産卵してもいた。書類の卵は早速、マスター達が集めてポリ袋に入れていた。醤油漬けにして食べると美味いらしい。そういうことなら是非、やってくれ。
「ストレンジャー。恐らく、ここのどこかに、例のスナッフフィルムを作った会社の資料があるはずだ。悪いが、探すのを手伝ってくれ」
そしてニワトリは部屋の中、休憩の為に座っていた。彼が座るオフィスチェアは元々ここにあったものなのだろうが、背もたれに血が付いて中々物々しい。まあ、この町ではよくある光景だ。
「分かった。探してみよう。僕は先にコンピュータの方を見るけれど、いいかな」
「ああ、頼む。俺もマスターも、然程デジタル機器に強くないんでな」
僕は早速、電源が入りっぱなしのコンピュータを調べることにする。幸い、コンピュータ自体は損傷もなく、そして、僕程度の人間でも中身を漁れるくらいにはセキュリティというものがなっていなかった。
全く専門的な知識を使わないまま、『少しハッカーみたいじゃないか?』なんて浮かれつつ、僕はコンピュータの中身、様々な取引台帳のファイルを探し当てて、それをチェックしていく。
だが、それらに記された取引記録は、スナッフフィルムじゃなくて単なるブルーフィルムについてのものだったり、はたまたホームビデオだったり、海賊版の映画のコピーのコピーだったり、と、まあつまり、お目当てのものじゃない。中には『アダルティな鯨の骨格標本ヒストリー』なんてタイトルの商品の記録もあったが、それのジャンルは『アクション』だった。少し気になるね。
チェックが半分ほど済んだところで、ひしゃげたドアがぽんぽん、とノックされた。
覗いてみると、そこにはなんと、蕪達が1人1つ、豚汁のお椀を持って待っていてくれた。どうやら、僕らを案じて差し入れに来てくれたらしい。
僕らはそのお椀と、天井裏から現れたサイバーエージェント浪人忍者がくれた割り箸とを手に、早速、ずっとお預けになっていた豚汁を頂く。
豚汁は豚肉と野菜の旨味が融け合い、シンプルながらに美味かった。特に、少し冷える日にはこういう煮込みが非常に美味い。湯気を立てるそれを僕らは夢中になって飲み干した。
「あのタロイモ、中々美味いじゃないか。よく煮えて、よく味が染みてる」
「最初に投げ落とした甲斐があったな」
マスターとニワトリも、この豚汁には満足だったようだ。僕もこの差し入れに活力を得て、またもう少しコンピュータの中を漁ることにした。
そうして僕はようやく、それらしいものを絞った。
それは、『最新データVer3.141592【最新版】【決定版】【編集不可】【本当の最新版】』なる名前のファイルで、そこにはスナッフフィルムの取引記録が羅列してあったのだ。
「ニワトリ。スナッフフィルムの取引記録だけれど、この中にあるかな」
ニワトリにディスプレイ前の椅子を譲ると、ニワトリはそこに座って、画面をスクロールしていく。
そしてその一角で、ふ、と目を細めて頷いた。
「ああ。見つかった」
これだ、とニワトリが羽の先で指した行には、『美少女殺してみた~白い羽が血に染まる愉悦~』なるタイトルがある。作成元は『バッドカンパニー』となっている。
「『バッドカンパニー』……これも悪の企業、か?流行ってるのかな」
「いや、スペルが違う。これは『Bad company』じゃあなく、確か『Bud company』だった」
「やれやれ、スペルっていうのは不便だな。俺はミントリキュールが『Jet』じゃなくて『Get』なのが未だに納得いかないよ」
こちらにやってきたマスターも『やれやれ』といった様子で首を振る。もう面倒だからこれも悪の企業ってことでいいな。どうせ碌なことをしていない、滅ぶべき団体であることに変わりはないのだし。
「じゃあ、次は『バッドカンパニー』の情報を調べればいいかな?住所とか連絡先とか、どこかには入っているかもしれないし、検索を掛けてみよう」
「ああ、頼む」
それから僕はまた椅子に座って、あらゆるフォルダを片っ端から調べていく。
だが、どうも目当ての情報が見つからない。取引をしていたはずなんだから、何かの情報はありそうなものなんだが。
結局、コンピュータの中には何も見つからなかった。まあ、こればっかりは仕方がない。
「一応、持って行くか。フォーリンが戻ってきたら何か分かるかもしれない」
ニワトリは早速、コンピュータの配線をちまちまと抜いて、本体を担ぎ上げた。残りの書類やDVD、フロッピーディスクなんかはマスター達と僕とで手分けして運ぶ。
それでも手が足りずに困っていたら、僕らの様子をそっと見ていたハンムラビ法典研究会の皆さんが、『目には目を!歯には歯を!恩には恩を!』と唱えながら、一緒に運んでくれた。どうもありがとう。
「さて、戻ってからもう少し調べてみるか」
「そうだなあ、ディスクの類は読み込んでみれば何かあるかもしれないし……流石にフロッピーは厳しいが」
「でもあそこのPCにもフロッピー読み取り口は無かったように思う」
僕らが話しながらパブへ戻ると、パブは既に営業を始めていた。カウンターの向こうのマスターが『おお、お帰り、俺達!』と声を掛けてくれる。
僕らはパブのバックヤードを借りて、そこにPCや書類の類を置いておくことにする。ここまで色々と運ぶのを手伝ってくれたハンムラビ法典研究会の皆さんには、マスターがハニーマフィンを1つずつ振舞っていた。皆、大層喜んで『目には目を!歯には歯を!労働には甘いもの!ありがとう!』と唱えながらぞろぞろと帰っていく。
「……まあ、後はフォーリンが戻ってくるのを待つことになるか」
そして僕らはカウンター席に着いて、さてどうするか、なんて話を始めたのだけれど。
「こんばんは、マスター。突然帰ってきて申し訳ないのだけれど、ピアノ、空いてるかしら?」
そこへ丁度良く帰ってくるのが、フォーリンなんだ。