魔王現る
ダンジョンの壁からは魔力の光があり、松明もなしにあたりを見回せるほどの明るい。
俺たちは注意深く観察しながら慎重に進んでいく。いきなり後ろから狙われたら、たまったもんじゃない。
俺たちがそれなりに進んで行くと。
「魔物のお出ましね」
イナンナがダンジョンの奥を指すと、うっすらと影が見える。あれは、レッドオオコウモリだな。
「まずは馴染みのある奴がきたわねー」
イナンナは左手を前に出すと、手から火の矢を飛ばした。
「《ファイア・アロー》」
『ギィィィャッ』
その火の矢が体に刺さると、レッドオオコウモリは悲鳴を上げて動かなくなった。
「今のは?」
「ファイヤ・アロー! 攻撃魔法よ!」
「魔法使えたのか?」
「まぁね」
イナンナはドヤ顔をすると、レッドオオコウモリの近くに寄り赤紫の羽を切る。
俺もゆっくりとレッドオオコウモリに近づく。すると、手甲が反応し始めた。俺は武器屋の親父に言われた通り、レッドオオコウモリの皮を手甲に吸わせみた。
ガントレットシールドの条件が満たされました。
手甲の上に紫色のフォントで文字が浮かび上がった。俺はアイコンの中にあった、ウェポンブックを開いてみた。その中で点灯している手甲を確認する。
ウィンドシールド
魔法解放! 防御力2上昇しました!
レッドウィンドシールド
能力未解放……魔力ボーナス、防御力5
なんだこれ?
俺はヘルプで内容を確認してみた。
『魔法解放』
魔法解放とは素材を手甲に吸わせる事で使用できる魔法が解放される事を指します。
『魔力ボーナス』
魔力ボーナスとはその魔法を使用している間に使うことの出来る付与能力です。
例えば、防御力3と付いている場合は使用する魔法に防御力3の追加付与が付いています。
なるほど、つまり魔力解放を行うことによって付与された能力を所持者が使えるようになるという事か。
「大丈夫?」
「……ああ、それと」
「ん?」
「お前、ジャケットに血がついてるぞ」
「えっ、ギャぁぁぁぁぁ」
「……フッ」
俺は涙目でジャケットの血を拭くイナンナを見ながら、小さく笑った。
そして、ふと気付いた。
――自然に笑えたのは、いつ以来だろう。
「ああもう、後で洗わなくちゃ……。ん? どうしたの?」
「何でもない」
教会から追放され、人を信用出来なくなり全く笑わなくなっていたことに、今の今まで気づけなかった。それだけ俺の中で、余裕がなかったということか。
そしてこのお調子者に会って余裕が出来たのか。
国の脅威を取り除くまでは、しばらくコイツと組むのも、悪くないかもな。
俺たちはさらに先に進むと、新たなる魔物がいた。
図体が大きいので、探すのは難しくない。
「……ゴーレムじゃないの、厄介ね」
「ゴーレムって、そんなに強いのか?」
「ヤツの厄介なのはその硬さね。あんたも気合い入れなさい」
その言葉を受けて構えたところで、イナンナは左手を前に出した。
「《ファイア・アロー》」
手から出た火の槍が、ゴーレムへと直進していく。 これは倒したなと俺は楽観視していたが、驚いたことにこのゴーレムは魔法を直撃しても効いている様子はなく、イナンナに向かって剣で攻撃してきた。
「イナンナ!」
「《ウィンドシールド》!」
発動した瞬間、透き通った虹色の壁がイナンナとゴーレムの間に出現した。 ゴーレムは障壁に阻まれ、動きを止めた。
「助かったわ。ありがと」
「あぁ」
どんなに相手が強くとも動きは単調だ。ゴーレムの縦と横動きの剣をかわしながら、 剣で牽制しつつファイア・アローを叩き込む。
「ーーつ……ほんとこいつら、デカい図体の上に固いわね」
「次来たぞ!」
「え、マジ!? うわっ!」
ゴーレムは位置を確認しながら、次の攻撃を警戒している。
「チッ……結構頭回るのね」
イナンナが火の槍をまき散らしながら、防御重視の戦い方をする。
「《ファイヤ・ランサー》ッ!」
こちらの戦い方を相談する前に、イナンナが大きな魔法を使った。先ほどまのファイアアローよりも鋭い魔法が、ゴーレムの身体の中心に入り串刺しにすると、ゴーレムは悲鳴をあげながら崩れていった。
俺とイナンナは倒れたゴーレムに近づき解体する。俺は手甲にゴーレムの石を吸わせた。
ロックシールドの条件が解放されました。
ブルーロックシールドの条件が解放されました。
レッドロックシールドの条件が解放されました。
ロックシールド
魔力解放……装備ボーナス、岩石加工1
ブルーロックシールド
魔力未解放……装備ボーナス、岩石鑑定1
レッドロックシールド
魔力未解放……装備ボーナス、調合
ステータスボーナスでは無く、どれも技能系のボーナスのようだ。それに加工に調合か……薬を卸す時に役立ちそうなスキルだな。
イナンナは先ほど解体したレッドオオコウモリを、火の魔法を駆使して肉を焼き始めた。
「やっぱ肉よねー」
イナンナは胡座をかいてダンジョンの床に座りながら、焼いたばかりの肉にかぶりつく。美人がやるには品のない姿だが、こいつの場合はそれが妙に似合っている。
俺は先程解放した魔力、岩石加工を使って岩から塩を作った。俺はイナンナが焼いた肉に塩をかけて食べる。
うっ、美味い。
レベルアップ!
Lv2になりました。
食べるだけでもレベルが上がるのか。
……それから俺は、第一層の魔物を淡々と、討伐していった。イナンナもイナンナで相当量の魔力を保有しているのか、枯渇する様子はない。
「このまま第一層の魔物は一旦全滅させる。魔力は十分か?」
「余裕よ。あんたより先にへばったりはしないわ」
「上等だ!」
俺とイナンナは、第一層の全てを把握したというぐらいで、目の前にある下への階段を俺とイナンナは降りた。
ようやく第二層だ。
まあ第五層までは上層部、なんとかなるだろう――。
「なんだ、ここは?」
第二層の地面は、紫色一色だった。
目の前には広い空間があり、部屋は綺麗に整えられている。
「うそ、なんで……」
「イナンナ? どうした?」
イナンナの方を見ると、正面をじっと見ながら冷や汗を流している。俺も正面を見るが、ダンジョンの奥は暗くて何も見えない。
何か、見えるのか?
「おい、イナンナ!」
反応がなかったから、俺は強めに呼びかける。しかしイナンナは、視線を変えない。
「……ダンジョンって言うは、上層、中層、下層に分かれているものなの」
イナンナは怯えたような声で正面を見据えながら説明を始める。
「中層は、地面が青。下層は、赤。そして……紫は」
「紫は?」
「……最下層、別名『魔界』」
イナンナはこちらを見て答えた。
「魔界? 俺たちダンジョンに居たよな? いきなり魔界に行くものなのか?」
「普通はそんなこと有り得ない。ここはおかしいわ」
強めに言う俺の口調にイナンナはか細い声で答えた。
俺はゆっくり奥に進んでいくと、何かにつまずいて転びそうになる。つまずいたのは小石でも岩の出っ張りでもない、それは人だった。より正確に言うなら──焼け焦げた人間の一部だった。
「これは、マンタ王国の紋章!! マンタの騎士達か」
ダンジョンの撲滅にマンタから派遣されたのだろう。しかし、見るも無残な姿になっている。
「おい、イナンナ」
俺はイナンナに話しかけるもイナンナは硬直していた。そして次に言葉を聞いた時には、イナンナと俺は、剣を構えた。
――カツ、カツ。
足音が、聞こえてきた。
俺がそちらを向くと……全身黒い、シルエットのような人間がいる。目のところだけ赤く、見るからに不気味だ。 あれは魔物なのか?
「イナンナ、あいつは一体!」
俺の声に答えたのは、まさかの黒い影だった。