置き去り
「おい、なんだあれ!?」
「上に何かいるぞ!」
道行く人たちから驚いたような声が飛ぶ。 つられて俺も上を見て驚いた。
「竜? それも二体……?」
俺の隣でイナンナが言う。頭上にいたのは二体の竜。しかも背には人が乗っている。 二体の竜は俺達の真上で下降を始め、俺達の目の前に着陸した。飛竜の背から人が降りてくる三人の内の一人が俺を見て声をあげた。
「ようやく見つけたわ、アスタ! よくも私の手を煩わせてくれたわね!」
そこにいたのは二度と会いたくはなかった、金髪の美女。……なんでこの人がここに?
俺はポカンと口を開けたまま、唖然としてしまった。
「まったく、いたら問題を起こすくせにいなくなっても私に迷惑をかけるなんて……つくづく碌でもない男ね」
いつもの通り上から目線で言ってくるこの女は、王女のマイン。俺を教会から追放した人だ。
もう俺は教会の人間じゃないから様はいらないか。
「……マイン、なぜこんなところに?」
「貴方がどこにいるのか護衛たちに調べさせてすぐに来たのです。のんびりしていて、貴方がどこかに移動してしまっては困りますから。そうなる前に貴方を見つけ出し、連れ戻すためにわざわざ王家の所有する飛竜に乗ってここまでやってきたのです」
マインは自慢げに話をした。どうやら俺の足取りを調べ、飛竜まで使って追ってきたようだ。
「そういうわけです。さっさと来なさい」
「お、おぃっ……」
マインの声と共に、護衛の二人がずかずか歩み寄ってきて俺の腕を掴んで引っ張った。
「本来なら貴方のような者を王家の飛竜に乗せるなんてあり得ないのですが、事態が事態だけに仕方ないです」
そのとき、俺の腕を引っ張った騎士の手をイナンナが掴んで止めた。そしてイナンナが俺の前に立つ。その行為にマインは眉根を寄せてイナンナを見つめた。
「……なんですか貴方は?」
「ごめんなさい、マイン。私は彼の友人です」
「敬語を使いなさい。友人風情が私に歯向かっていいと思ってるの?」
マインの睨みつける視線に、イナンナはまったく動じない。
「ごめんなさい。でも、マイン様のお話は急すぎだと思います。事情も説明せずにアスタを連れ去ろうというのは、友人として見過ごせません」
まったくもってその通り。事情も説明せずいきなり連行しようとするなんて、いくら王族でも横暴すぎる。
「友人ごときが……。まぁいいわ、どうせ説明しなければならないから」
マインは髪を後ろに払い咳払いをすると、両手を広げて高々と言い放った。
「──喜びなさい、アスタ。貴方を再び聖者候補に戻して差し上げます」
「……はっ?」
今こいつはなんて言った? 一方的に俺を教会から追放したのに、数日足らずで聖者候補に戻すって言ったか?
俺が呆然としていると、イナンナが代わり話し始める。
「アスタはすでに教会を追放され、聖者候補の身分も剥奪されていると聞いてましたけど?」
(あれ、俺こいつにその話をしたっけか?)
「だから、それを取り消すと言っているのです! 私としても、こんな男が再び教会に戻ってくるのは不本意ですが、仕方がないのです」
マインが汚いものでも見るような目で俺を見てくる。相変わらずこの人は誤解しているようだ。
まぁ、訂正したとしてもどうせ信じないだろうが。
「じゃ、どうしてアスタを連れ戻そうとするのです?」
イナンナの質問にマインは忌々しげな顔で答えた。
「……王都近郊にダンジョンが現れのです。その対処のために、その男の力が必要なのです」
「──そんな、バカな!」
俺は愕然として叫んだ。
ダンジョンというのは魔物の巣窟で、最奥に主がいる。その主を倒さない限り永久に魔物を生み続ける……だか、本来の出現理由は生贄を集めること。
大量の人間の魂をダンジョンの主に溜めていき、それが一定の量に達すると主は魔王に変化すると言われている。……ダンジョンは、魔王を復活させるための装置でもある。
「確かにまずいけど……ダンジョンって確か中に人が入らなければ大丈夫なんじゃなかったっけ? いくら大量の魔物が生み出されるからって、人間が近づかなければ危害はないんじゃない?」
「最初の七日間はなにもしなければ大丈夫なはずだ。だが、時間が経つにつれ中から魔物があふれてくる」
(そう、なにもしなければ………)
「今は他の聖者候補たちが総出で対応しているのですが、現状維持がやっとなのです。魔王の力を撥ねのけて封印し直すには、不本意ですがそこの男の力が必要なのです」
「……」
話しを聞いて俺はどうしても気になったことがあった。
「マイン。そもそもなぜダンジョンが出現したんだ? 祈りが続けられている限り封印は解かれないはずだぞ」
「言葉使いに気をつけなさい!」
「俺はもう聖者候補じゃないからな、好きに呼ばせてもらうぜ!」
激昂するマインに俺は冷静に答えた。
教会の祭壇では聖者候補が入れ替わりで絶えず祈りを捧げている。その状態が維持できていれば、ダンジョンが現れるはずがない。
マインはしばらくして口を開く。
「そ、それは……祈り中の聖者候補が逃げ出そうとしたからよ」
「それはおかしいだろ。祭壇のそばには修道士や司教がいるはずだぞ」
俺はマインの答えにすぐに反論した。過去にダンジョンが現れたときの教訓から、必ず祈りの際に複数人の修道士がつくことになっている。逃げ出そうとする聖者候補を防ぐために。
場合によって教会の管理者である司教もその場にいることもある。そんな中で、聖者達の祈りが途切れるとは考えにくい。
「……」
黙るマイン。何かが怪しい。冷静に考えると、祈りをやめるためには、見張りの修道士を排除しなくてはならない。だが、聖者候補にそんな力はない。そうだとすると、誰かが代わりに見張りの修道士を排除したことになる。
それができるのは、修道士や司教よりも位の高い人物。思い当たるのはもう一人しかいない。
「……まさか、マインが何かしたのか?」
俺が聞くと、マインはわかりやすく目を泳がせた。
「そ、そんな事ないわ」
「だが、他に考えられないだろ。教会の人間は祈りに関してだけは絶対に戒律を守るだろうしな。そうしないと厳罰されるからな」
例えば見張りの修道士が、聖女候補が逃げるのを止め損ねれば、地下の牢獄に死ぬまで幽閉される。そして、暗い牢獄の中で自らの行いを一生後悔し続け事になる。そんな思いをしてまで、破るなんて普通じゃない。
俺はマインをじっと見つめた。
「本当に、マインは何もしていないのか?」
「チッ……! だったらなんです! そうです、私がチャールズ様を不憫に思って祭壇から助け出したの! それがこんなことになるなんて、予想できないですもの!」
ほらな!
チャールズは俺と同じ歳の聖者候補の一人だ。
人を貶めるのが得意で、他の聖者候補の陰口を叩いたり、見習い修道士たちを虐めたりしていた。
証拠はないが、俺が教会を追放された件の首謀者は彼だと予想している。
「マインが原因なんだな……」
「だとしたらどうだと言うの!?私は当然のことをしただけです!私は悪くない!」
子供かっ!
俺は非を認めないマインに俺はかける言葉が見つからない。
「イナンナ、行くぞ!」
「待ちなさい! 逃げるのですか!」
引き留めようとするマインに、思わず溜め息を漏らす。
「逃げるも何も……俺を聖者候補から外したのはあんただ。今の俺には関係のない話だ」
どうして俺が手を貸して助けなければならない。
「ですから、聖者候補に戻しますと言っているの! 何が不満なの!」
声を荒らげるマインに思わず答えてしまった。
「全て、だ。俺は聖者候補に戻りたいと思わない」
「なっ……」
彼女からすれば破格の申し出であろう条件を、正面から断られたことが信じられない様子だ。
「私が下手に出ていれば……! 私の善意にその言いよう、もう我慢できません! お前たち、あの男を捕えなさい!」
「はっ!」
激昂したマインは、そばにいた護衛二人に指示を飛ばした。荘厳な鎧で身を固めた騎士が強張った顔で、二人ともこちらに向かってくる。
「アスタ、ここは私に任せて」
「イナンナ……?」
邪魔をしたイナンナにマインが苛立たしげに舌打ちする。
「友人ごときで私の邪魔をするなんて。貴方もこの場で処罰しますよ!」
その言葉に合わせて護衛二人が抜剣した。
イナンナは静かに立ったまま護衛たちを見る。
「この二人は騎士団の中でも最上位クラスですわ。将来的には騎士団長になれる器で、成長した飛竜を倒すこともでる程の実力者ですわ」
マインは自慢げに騎士たちの強さを羅列していく。だか、それを聞かされてもイナンナの表情は変わらない。
「確かにそれはすごいわね」
「──ッ、馬鹿にしているの! 貴方たち、やっておしまい!」
マインの声に護衛騎士の二人は一瞬でイナンナの前に現れ、躊躇なく剣を振るう。それも左右同時に。普通なら、なすすべなく斬り捨てられてしまうだろう。 だが、イナンナは普通ではなかった。俺は彼女の本当の力を測り間違えていた。
──「は」
「え?」
次の瞬間、ごっ!と鈍い音がして、すごい勢いで攻撃とは反対方向に飛ばされた護衛騎士二人がヘレナの真横を抜け、はるか彼方まで転がっていった。
「な、に……?」
マインは後ろを振り返ると、遠くで気絶する二人の護衛騎士の姿を見て唖然とした。俺も以外な攻撃に同じ反応をしていた。人間じゃない吹っ飛び方した。イナンナは剣すら抜いていない。
ただ殴っただけ……ただそれだけで、精鋭の騎士二人をあっさり倒してしまった。
「そ、そんな……あの二人がやられた?こんな簡単に? 私は幻覚でもみているの?」
混乱しているマインにイナンナは言った。
「マイン。これであなたを守ってくれる者はいないわね」
「ふ、ふざけないで! 貴方、王族にこんなことをして許されると──」
「ふざけてるのはどっち? よくも好き勝手に言ってくれちゃって。私の大切な友人に悪男だのおぞましいだのと」
「ひっ……!」
マインは怯えて腰を抜かしている。青ざめた顔でイナンナを見上げる。
「自分でアスタを追放しちゃってるのに、今更戻ってこいなんて身勝手よね。それも、聖者候補に戻してやる? 随分と上から目線ね」
「じゃ、どうすればいいの?」
後ろに下がりながら、逆上したマインが叫ぶ。
「このままでは王都近郊は魔物に食い荒らされ、何百人と人が死に、国は滅ぶわ! この私にそれをただ見ていろと言うの!?」
確かに放っておけばいずれそうなるだろう。
興奮したマインに、イナンナはにっこり笑って話す。
「頼み方、と言うのがあるわよね?」
「な、なんです?」
「今のアスタに聖者候補として働く必要はないと思うわ。あなたがそうしただけでしょ。それでもアスタに助けてほしいなら、正しくお願いすべきだわ。頭を下げて」
イナンナの言葉にマインは愕然とした。
「そ、そんなバカな真似! 王族の私がこの男に、あ、頭を下げるですって!?」
「できないの? じゃ、残念ね。話はこれで終わりね」
「ぐ、ぐ……!」
マインは苦虫でも噛み潰したかのように顔を歪め屈辱的な目で俺を見ている。よほど俺に頭を下げるのが嫌なのだろう。
けれど、脅すにも護衛はもういないし、教会の人たちだけではどうする事もできない。マインにはもう他に打つ手がないのだ。──マインは顔を真っ赤にして、歯軋りをしながら、俺に頭を下げた。
「お……お願いします。ダンジョンを封じるために、貴方の力を──」
「あら。頼みごとをする相手に貴方なわけ?」
イナンナが指摘すると、マインはとうとうやけになったように叫んだ。
「ぐっ! アスタ──いえ、アスタ様! 今までの非礼をお詫びします。だから、ダンジョンを封じるために、どうかあなたの力を貸してください! お願いします!」
あのマインが俺に対して頭を下げている。信じ難い光景だ。俺は夢でも見ているんじゃないか。
「……と、言うことらしいけど、どうするアスタ?」 「……」
イナンナの言葉に俺は少し考えた。断ろうと思えば断れる。ダンジョンの封印だって、他の聖女候補がやればいいだろうし。王都が滅んだとしても、今の俺には関係がない。
教会から俺を追い出したマインやチャールズのために働くなんてごめんだし。 だが──王都で普通に暮らしている人は?この村まで襲ってこない可能性がないことはない……
「……確認するが、本当に他の聖者候補たちだけじゃ、どうしようもできないのか?」
「そうです。聖者候補のほとんどが同時に祭壇で祈っても、現状維持が限界みたいです。母上がいればまた話は別なのかもしれませんが……」
「聖女様はどこにいるんだ?」
「国外に出ています」
「なるほどな。それでわざわざ俺を捜しにきたってことか」
「……その通りです」
俺が呆れて言うと、マインはきまりが悪そうに頷いた。
「アスタ、どういうこと?」
イナンナが頭を傾げている。このあたりの事情も簡単に説明しておこう。
「マインの母上──つまり王妃様というのは、現聖女様なんだよ。聖者候補の中から選び抜かれた人物だから、とても強い力を持っているのさ」
この国の特徴として、優秀な聖者候補や聖女候補を王様や王妃の夫や妻にするという風習がある。 神の加護を受ける力の強い男性や女性を血縁に組み込むことで、王家の権威を強化や維持しているのだ。
「聖女様がいれば、俺がいなくてもダンジョンを抑え込むことくらいできただろう」
「なるほどね」
魔王を封印している祭壇は、教会と王城の二か所に存在する。そのうち、聖女様は王城のほうをたった一人で管理している。
普通、年をとるにつれて力は弱くなっていき、最終的に力を失った聖女候補はその称号を返還し、教会を去ることになっている。そんな中で、数十年この国を守っている聖女様は、やはり特別な存在だといえるだろう。
少なくとも、今の教会に聖女様より強力な加護の力を持つ者はいないはずだ。まぁ、すぐに呼び出せないならどうしようもない。俺は溜めていた息を吐いた。
「……わかった。引き受けよう」
「本当ですか!?」
目を輝かせるマインに、すかさず釘を刺す。
「ただし条件がある。一つは俺たちの旅の援助。もう一つは二度と俺たちに関わらないこと。俺が力を貸すのは今回限りだ」
「……いいですわ」
マインは二つ目の条件を聞いて少し不愉快そうな顔をしたけど、仕方ないというように頷いた。
「いいの、アスタ?」
「……今回だけだ」
ここで見捨てて、王都が滅んだなんて聞かされたら、罪悪感に襲われそうだ。
「祈りを中断したときの様子も詳しく教えてくれ?」
「……わかったわ」
マインから事態の詳細もきっちり聞き出しておく。それによると、ダンジョンが出現したのは3日前のことらしい。それからすぐマインは俺の動向を調べ、急いで飛竜でやってきたようだ。
「そうか。それなら、まだなんとかなる可能性がある」
「本当に!?」
教会の記録によれば、ダンジョンから魔物が出る迄に七日ほどの猶予があるらしい。ただし、それは教育の一環で習っただけで、あくまで断言はできないと釘を刺しておく。
──「では急いで王都に戻りましょう! アスタ、護衛の二人を治しなさい!」
唐突に意味不明なことを言い出した。
「嫌に決まってるだろ。また剣を向けられたくないからな」
「そうじゃないわ。王都に戻るなら飛竜が一番速いのですが、飛竜はあの二人しか操れないのです」
「……マインは飛竜を操れないのか?」
「わ、わたしを馬鹿にしているのですか」
そういえば、ここに来たときもマインは護衛の一人と一緒に飛竜に乗っていたなあ……
「飛竜というのはプライドが高いの! 自分が認めた相手しか乗せようとしない! 国中捜してもこの飛竜に乗れる人間など十人といないのです!」
顔を真っ赤にして言い募るマイン。
マインが飛竜の一体に近づくと、飛竜が威嚇の唸り声を上げる。明らかに友好的な感じではない。
──だったが、イナンナが静かに近づく。
『グゥル……ルルル……』
飛竜はうなり声を出す。
「あはは、あなた随分威勢がいいわね」
「だけど村中で暴れるのはだめよ。少し大人しくしなさい」
『……グルゥ……』
………えっ。
イナンナが少し頭を撫でただけで飛竜が静かになった。
「ば、バカな! なぜ貴方は簡単に飛竜を手懐けられている!?」
唖然としたようにマインが言う。
俺が見た限り、飛竜はイナンナに懐いたというより、恐怖のあまり大人しくなっただけのように感じる。イナンナには勝てないと本能的に悟ったようだ。
(こいつ、何者だ?)
「よしよし、いい子だわ」
イナンナは静かになった飛竜に満足そうに頷くと、振り返った。
「じゃ、マイン。飛竜借りるわね。そうそう、飛竜の扱いはご心配なさらず」
「ま、待ちなさい! 貴方に貸すなんて言ってないでしょ!」
「だけど一刻も早く対処しないとなんでしょ?私とアスタでダンジョンに向かうから、マインはここで護衛たちが目を覚ますのを待ってなさい」
「ふざけないで!そんなのアスタの回復魔術で護衛を起こせばいいじゃない!」
「それじゃあアスタ、早く乗って」
「お、おぉ」
「私を無視しないで!」
俺が飛竜の背にまたがると、癇癪を起こすマインを無視してイナンナが飛竜の手綱を引く。 すると、飛竜は勢いよく飛び上がった。
「な、ほ、本当に私を置いていくの!? まっ、待って、ねぇっ!」
飛び立つ寸前、呆気にとられたマインの顔が見えた。
まさか自分が置き去りにされるなんて思わなかったのだろう。正直、ちょっとスッとした。
俺たちがドリアを出発してからしばらく経った。
飛竜の上は風圧がすさまじい。しっかり飛竜に捕まってないとすぐに吹き飛ばされてしまいそうだ。
しばらくして、王都の街のあちこちで煙が上がり──大量の魔物の姿が見えた。




