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謎の女

 俺は家を離れ、修道院を目指す。――修道院に着いた頃には、景色はすっかり暗くなっていた。

 俺は数度ノックをし、返事を待たずに遠慮なくドアを開ける。


「ちょっと! 開けるのは返事をするまでって、決まっただろう!」

「いつ、そんな事決まったんだ」

「……アスタかい!?」

「ただいま、コト婆さん」  


 修道院で子供の世話をしているコト婆。久しぶりに俺の顔を見て驚いている。まだまだ元気な老婆だ。


「帰って来るのなら、連絡ぐらい入れたらどうだい。食べるものも用意してないよ」

「食べて帰ってきたからいらん、とりあえず中に入るぞ」

「……なんだか雰囲気、変わったかい?」」   

「……そうかもな」  


 質問をはぐらかしたが、雰囲気が変わったことぐらいコト婆なら分かるっとことか。


「それより、この静けさはなんだ? 夕方ですら、子供が一人も遊んでなかったぞ」

「ああ、それはね。夜になると、黒影が出て子供を連れ去るんだよ。……困ったねえ」


 この村に事件とは驚いたな……。

 話によると、夕方になると黒い影が現れて子供を連れさるらしい。

 あの、ラベンダの母親がみた影と関係があるのだろうか……。


「それにしても、どうして急に戻ってきたんだい?」

「……まあ、婆さんならいいか。少々長い話になるぞ――」  


 俺は、これまでの出来事を話した。もちろん、それに至るまでの流れも全て、だ。  

 コト婆さんは、俺が話す間はずっと黙って聞いてくれた。


「――そして、今日帰ってきた」


 一通り聞いたコト婆さんは、「は ~っ……」と大きな溜息をついた。そして、俺の肩に手をかけた。


「あんたが変わるのも無理ないね。でも、これだけは言わせておくれ。……よく自暴自棄にならずに帰ってきてくれた。それだけであたしゃ嬉しいよ」  


 そう言って、嬉しそうに……だが、少し大変そうに俺の肩を叩いてきた。


「……まぁ、あまり気にするんじゃないよ、あんたは【聖者】で、本来ならあたしみたいなシスターは、地面に膝を突いて有り難がる凄い人なんだからね」  

「おいおい、やめてくれよ、あのガミガミ婆さんが俺に従属するみたいな真似、背筋が凍るぞ」

 

 ……まぁ、励ましてくれてるのだろう。そのおかげで、大分気が楽になった。


「――こいつッ!  ふざけんじゃないわよッ!」  


 突然、修道院の外から女の叫び声が聞こえてきた。直後、壁に何かがぶつかる大きな音とともに、窓のガラスに映る、空を飛ぶ影が見えた。……間違いない、魔物の襲来だ。


「下がってろ!」


 俺は婆さんの方を向き、叫んで扉の近くに陣取る。


「大丈夫かい…!」  

「………」  


 婆さんが子供達を抱きしめながら怯えて言う。

 正直、俺は戦闘をした事ないから、戦えるかどうかわからない。

 ――扉が、再度の衝突を音と振動で伝える。今はあれこれ考えている場合じゃない。俺は覚悟を決め、扉を開けて剣を構えた。


「あ……あんたは?」


 驚いたことに、外にいたのは垢抜け若い女と、赤いコウモリ形の魔物が戦っていた。こんな女がいたら、この村ですぐに噂になりそうだが。誰だか分からないが、こうして戦ってくれるのなら有り難い。


「おい、あんた! 修道院の中へ、入れ!」


 俺は剣を持つ女性へ大声で伝え、魔物らしきコウモリを視界に収める。


「元々、戦いなどない村だ、戦える者は限られている。俺は長期戦を覚悟したが、目の前のコウモリには細かい切り傷があり、かなり弱っている様に見える。この女がやったのなら、なかなか実力だな」


『ギィァエェ!』  


 耳障りな叫び声を発してくる。どうやら超音波みたいだ。俺たちを混乱させて攻撃を仕掛ける気だ。

 女はその声を黙らせるように、コウモリの羽を付け根から斬り落とす。瞬間、コウモリは女に最後っぺのつもりか、爪を立てる。


「あっ、あぶない!」


 俺は咄嗟の拍子に魔法を発動させた。

 発動した瞬間、透き通った虹色の壁がコウモリの攻撃を防ぎ、コウモリが地面に落ちたところで、身体の中心に剣を刺して扉を閉める。あれだけ攻撃していれば、後は勝手に死ぬだろう。

 一息ついたところで、修道院に一緒に匿った女を見る。セミロングの銀髪、赤い瞳が印象的な美女。これほど綺麗な女がいたら、知らないはずがない。女は俺の方を見て、呆然とした顔をしている。


「恐らく立ち上がってこないだろう。もう大丈夫だ」  


 俺は女性にそう話しかけたが、女は表情一つ変えずに俺の方をずっと見ている。


「……どうした?  大丈夫か?」


 女性が、無言のまま俺に近づいてくる。 近くで見ると、吸い込まれそうになるほど美しい。

 一体この出会いが、俺に何をもたらすのか。


「……あなた、神様を信じてる?」

「……はっ?」



――あなたは神様信じますか?


 以前マンタの街で、そんな台詞とともに声をかけてくる、全身白い集団が話題になった。


『……それに迂闊に返事すると、女神様は貴方の事を考えてくださっている』


とか言って、宗教に入れさせられる。

――そんな思い出を記憶の奥底から引っ張り出し、目の前の美女を見る。


「――俺は女神とやらが嫌いだ」


 俺はハッキリと言う。女が意外な答えだったのか目を見開き、何か次の言葉を発する前に、俺はさっさと修道院の奥へと進む。

 すれ違い様に何か言いたそうなキヨ婆さんの顔が見えたが、後のことは婆さんがやってくれるだろう。ただし、婆さんが受け入れるかどうかは分からない。

  ……それにしても、今日も疲れた。思えば心労が祟った状態で一日中歩き通しの上に、慣れない子供の相手をしたり、魔法を久々に使った。

 奥で早めに寝付いている子供たちを起こさないように空き部屋に入ると、疲れが一気に来たのか、俺はそのまま眠りについた。

      

◆ 見慣れた教会の風景。チャールズが贅沢三昧をしてい、周りに沢山の女がいる。その中の一人の女と目が合い、そのまま女は俺に近づいてきて、話しかけようと――。   ◆


 途中で薄く目を開けると、外の光が窓の隙間から入り俺の目を刺激する。

 あれは……夢、か。

 未練でもあるのか、あいつの夢を見るとはな……。ま、チャールズが贅沢三昧しようが、女をいくら増やそうが、俺には関係のないことだ。

  俺は、食堂へと足を運ぶ。肉の焼ける香ばしい香りと、子供の騒がしい声が聞こえてきて、食堂に足を踏み入れると――。


「おはよう。アスタ……でいいのよね」


 ――昨日の女が、子供達と一緒に座っていた。


「……随分と馴染んでるな」

「別にアタシがここで何してようと構わないでしょ? 」


 女はフォークを揺らしながら言う。しかしこれは、どういう事なんだ。コト婆は、状況を分かっているんだろうか。もう、一度女にハッキリと言っておいた方がいいかもしれない。


「お前あれだろ、『白の教団』って言う連中の仲間だろ」


 俺の詰問に女は呆れたように溜息をついた。


「……何言ってんの?  あんなはこのアタシが『白教』のメンバーに見えるわけ?」


 そう言って身体を見せつけるようなポーズを取った。上が黒を基調とした服に、豊かな胸の谷間に、黒いニーハイソックスと黒のショートパンツで、全身が黒で覆われている。……ああ、そうか。――この女は、白の教団の特徴である真っ白な服を着ていない。むしろ漆黒の女って感じだ。


「すまん、全く見えん」

「謝れるならいいわ。許すわ」


 この女も、マンタの街で起きた出来事は知っているみたいだな。ということは、少なくともマンタの街にはいた人間か。しかし、あの怪しい質問をした理由が気になるな。


「なんで俺にあんな質問をした?」

「ちょっと聞いてみただけよ、ただの気まぐれよ」


 俺の詰問に、さらっとはぐらかしてきた。

 普通そんなこと、ただの気まぐれで聞いてみたくなるか? 

 変だし怪しいぞ……と思っている俺に、「あんたも早く座りなよ」と言って立ち上がる。

 何をするのかと思いきや、台所に立って平然と肉を焼き始めた。


「お前が料理をするのか?」

「イナンナ」

「何?」

「アタシの名前。お前じゃないわ」


 一瞬何を言い返されたのか分からなかったが、そういえば名前を聞いてなかったな。


……イナンナか。

「分かった、イナンナ」

「ん」


 満足げに頷くと、イナンナは赤い肉に岩塩を振り始める。


「よくこんな肉あったな」

「外にあったじゃない。昨日のうちに剥ぎ取って加工までしておいたのよ」

「レッドオオコウモリか」

「そ。アタシからキヨさんにお願いして、こうして世話になった分手伝ってるってわけ」  


 イナンナは焼き上がった肉を皿に移して食卓に置く。皿は二つあり、もう一つを俺の正面の席に置いて、座ったイナンナ黙々と食べ始めた。

 ……お前も今から食べるのかよ。


「ところで、今日は何するの?」

「俺か? そうだな……この村に魔物が出た原因を調べに森に行くかな」


 この町に怪我人まで出ている以上、無視するわけにもいかないし、なんか胸騒ぎがする。


「じゃ、アタシもついていくわね」


 イナンナは俺の言葉に対し、何の気負いもなさそうにそう返してきた。

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