教会本部②
空は晴れ、世界の危機は終わりを迎えたのだ。
「石板に残された記録は今のもので最後です」
どうやらこれ以上の情報はないようだ。
気になるところはあるが………
「……まさか魔王の姿があんなに大きいなんて」
「そうだな。頭が二つあることは知っていたが……」
「アスタは魔王の外見を知ってたの?」
「まあ、……外見と言うか一部分だけどな」
俺は頷いて続けた。
「王都には、祈祷のための祭壇が二つある。一つは教会の地下、もう片方は王城の地下。教会のほうには魔王の本体が、王城の地下には切り離された魔王の頭が封じられている」
「王城の地下の祭壇って、確か現聖女様が管理してるんだっけ?」
「あぁ」
魔王の頭が二つあるのは知っていたが、魔王の体があんな巨体だったなんて知らなかった。それともう一つ………
「あとは、あの剣だな」
「そうね。魔王を倒すにはあの剣が必要なんだと思うわ」
魔王を倒すには『封印』『討伐』『武器』の三つの条件が必要だったからこそ、神ラファエルは初代聖者様にお告げをして残り二人を集めさせたのだ。
今の状況はさっきの映像と似ている。唯一足りないのが、魔王を斬れる剣だ。
教皇が言う。
「お二人とも気付いたようですが、魔王討伐にあたって必要なのは剣――『魔聖造鍛冶師』が打った魔聖剣です。それがなくては魔王と戦うことなどとてもできないでしょう」
「教皇。普通の剣では駄目なのか?」
「それは難しいというのが我々の考えです、魔王の体に触れると無機物でさえ劣化します。普通の剣では切断するまでもちません」
「………なるほどな」
そういえば、魔王は土地だけでなく建物まで腐らせていた。魔王を斬るのに特別な剣が必要というのは納得のいく話だ。
イナンナも教皇に尋ねた。
「教皇様。その魔聖剣というのはどこにあるの?」
「残念ながら、魔聖剣は魔王討伐の際に砕けてしまいました。よって、新しいものを造らねばなりません」
「えっ、造れるの?」
教皇は「おそらくは」と頷いた。
「魔聖剣を打てるのは『魔聖造鍛冶師』だけです。ですが、長らくその所在は掴めていませんでした。最近になってようやくその居場所がわかったのです」
「どこにいるんだ?」
「ドワーフ 都市『アルタニア』。そこで鍛冶屋を構えているそうです」
ドワーフ の都アルタニア。
行ったことのない街の名前だ。イナンナに視線を送ると、イナンナも行ったことはないようで首を横に振っている。
だが……これは大収穫だ。必要なものも、それが手に入る場所までわかった。
「しかし一つだけ問題があります」
教皇の言葉に俺は振り向いた。
「なにが問題なんだ?」
「簡単に言うと、私の部下に魔聖剣の作成を依頼させることができないのです」
「……どういう意味だ?」
「教会の中には様々な意見があるのです。魔王を討伐するべきと考える者もいれば、いたずらに刺激するべきではない、このままの状態を維持するべきだと考える者もいます。後者にとっては私が魔聖剣を作ろうとすることなど許せないでしょう」
「なんだと……!」
現状のままでいいだと? 聖者候補が心を削って祈祷を捧げ続けないといけない状況なのに?
俺には理解できない。
確かに魔王討伐にリスクがないとは言い切れないが、この教会の内情を知っていたらそんな意見にはならないはずだ。
俺の内心を読み取ったように教皇は告げる。
「あくまでそういう意見もある、という話です。しかし私が魔聖剣を作るよう指示を出せば、教会が真っ二つに割れかねません。そうなれば私は教皇でいられなくなる可能性があります。――そこで、二人に提案したいことがあります」
教皇様はこう言葉を続けた。
「アスタ殿、そしてイナンナ殿。あなたたちがアルタニアに行き、『魔聖造鍛冶師』と交渉して魔聖剣を入手するのです」
……俺たちがアルタニアに?
イナンナは教皇の意図がわかったように頷いた。
「アスタはすでに教会から追放されているから、教皇とは無関係である私たちなら、教会の他派閥を刺激せずに魔聖剣を手に入れられるわけね」
教皇は軽く頷く。
「話が早くて助かります、イナンナ殿。……もちろんこれは提案に過ぎません。実際にどうするかは、あなたがたが決めてください」
教皇様の言い方だと俺たちが行く以外に方法がない、というわけではなさそうだが。
「アスタ、どうする?」
イナンナが聞いてくる。
魔王討伐は俺が言い出したことだし、方針を決めるのは俺次第と言うことか。
仕方ない……
「わかった。行くとしよう」
教皇はくすりと笑った。
「ありがとうございます。では、二人にお任せしましょう」
イナンナにも異論はなさそうで、そういうことになった。
「さて、ではお二人にはこれからメタルニアに向かっていただくわけですが、もちろん教会も全面的に支援します」
話がまとまり部屋を出ようとしたところで、教皇がそんなことを言った。それからさらさらと書類にペンを走らせ、印章を押し完成したものを差し出してくる。
「これは……?」
「私の代理人であることを示す書状です。ラファエル教の人間なら、これを見せれば便宜を図ってくれるでしょう。制限はありますが、私と同等の権限を持てる道具だと考えていただければ」
「えっ」
これはいい物を渡された。
ラファエル教というのは世界中に多くの信者を持つ一大宗教だ。
その関係者の大半を協力者にできるというなら、これはとんでもない代物である。
「それと、これもお持ちください」
そう言って教皇が追加で渡してきたのは、黒みを帯びた金属の欠片。
「これは?」
「魔聖剣の欠片です。まあ、『魔聖造鍛冶師』の方がどんな性格なのかもわかりませんからね。信用してもらうための材料は多いほうがいいでしょう」
これが伝説の剣か。
必要になるかはわからないが、貸し手くれるならありがたく借りておこう。
しかし、そんな重要なものなくなったら大変なんじゃ………
「ちなみにそれ、大変貴重ですのでなくさないでいただけると嬉しいです」
「どのくらい貴重なの?」
「紛失したら、私は死刑の裁判にかけられるでしょう」
そんな重要なものをぽんと渡さないでくれ。
「……」
「アスタ、どうかした?」
「なんというか……随分協力的だと思って」
そう言って、アスタは教皇に視線を向けた。
「教皇。俺たちは王都にいる時、王城に呼び出されて元聖女達と話をした」
「ええ。その話も聞いています」
「現聖女様は、俺が『魔王を倒す』と言った時、激昂して、俺達を殺そうとした。魔王の脅威をよく知っているから、下手に刺激しないほうがいいと思ったんだと思うが。だが教皇、あなたは似た立場にありながら俺たちに協力的すぎないか。なにか理由があるのか?」
教会の人間に絶大な効果を発揮する書状に、魔聖剣の欠片。そんな、重要なものをこんなに簡単に渡すなんて不自然だ。
あのクソ聖女達がそうだったように、教皇だって俺たちの妨害を考えてもおかしくないはずだ。
「そうですね……」
教皇様は半ば白状するように告げた。
「お二人は『もっとも優秀な聖者候補、聖女候補が王や王妃になる』という仕組みをどう思いますか?」
「「……?」」
急に尋ねられて困惑しつつ、俺たちは答える。
「どうと言われても……俺はそういうものだと思ってたからな」
「……私は不思議に思うわ。王城に祭壇があるといっても、そちらも聖女候補を派遣して管理すればいいと思うわ。わざわざ王妃として城に常駐させる必要はないんじゃない」
「あー……」
イナンナの言葉を聞いて、確かに、と思い直す。
祭壇の管理は別にたった一人の聖女に任せる必要はない。
現に今も、あのクソ聖女が不在の時は聖女候補が出向いて祈祷をしているわけだし。
「イナンナ殿の言う通り、これは必要不可欠な制度ではありません。聖者、聖女候補の中から王や王妃を選ぶようになったのはごく最近のことです。理由は単純で、そうしないと候補たちの精神がもたないからです」
祈りは過酷なものだ。
一般人なら一生触れずに済むようなおぞましい呪いを浴び続ける。中には発狂したり、逃げ出そうとしたり、自ら命を絶つ者も出てくる。
イナンナが険しい表情で問う。
「……王族という地位を『餌』にしているということ?」
「はっきり言えばそうなります。王族になれば王城で贅沢な暮らしができる。その希望だけが、候補たちの心の拠り所なのです」
聖者や聖女候補という貴重な人材を最大限酷使するための餌。王族になれるというたった一つの椅子は、そのために用意されている。
「聖者候補や聖女候補たちが享楽にふけるのも仕方のないことでしょう。そうやって気を紛らわせなければ、正気を保つことすら困難なのです」
確かに。尋常じゃないくらいの精神ダメージを受けるからな。仕方ないと言えば、仕方ないのかもしれないが………
「歪んでいると思いませんか。彼等の人生を縛って、絞りつくして、しかもそれが最善などと……こんな場所は、あるべきではないのです」
教皇の言葉は嘘ではないと感じた。教皇の本心から、聖者候補たちの現状を憂いている。
「あんたからその言葉が聞けて良かった」
俺は教皇の言葉は本音だと判断した。
……これ以上話すことはもうないかな。
俺は教皇に挨拶し、話を切り上げることにする。部屋を出ようとすると、教皇が忘れていたようにあるものを渡してきた。
「これは?」
「連絡用のゴーレムです。なにかあればこれを使ってください」
金色の丸い球のようにも見えるが、しばらくすると羽を広げて俺の周りを飛び始めた。俺はゴーレムを受け取り、今度こそ部屋をあとにした。




