教会本部
馬車に揺られて俺たちが教会の前へ到着すると、修道士の一人が出迎える。
「アスタ様! 遠いところをありがとうございます!」
「さぁ、どうぞこちらへ」
俺たちは広い通路を歩いていくと、やがて大広間へと到着した。
「うわぁ、おっきなへやー」
そこは半球状の大きなドーム型の部屋だった。天井には4色のクリスタルが白色光を放っている。壁には穴が掘られ、その中には彫像が置かれていた。
彫像はすべて悪魔と天使を形どったもの。
ティルは広い部屋に興奮してるのか走り回っている。
「こら、いい加減にしろ」
「はぁーい」
ティルは不貞腐れた顔をしながら俺たちの後ろを歩く。
大広間を抜けると更に奥に、大きな扉があった。
「こちらです」
修道士は扉の前で立ち止まり、扉を開ける。
そこにいたのは白髪に長いひげ、丸眼鏡が特徴的な老年の男性が立っていた。
「急な呼び出しに応じてくれてありがとうございます、『邪神の女神』イナンナ殿に『元聖者候補』のアスタ殿。私がラファエル教皇のヨハネ・ブルックです。」
「………えっと、そちらは?」
この人が教皇か……実際に会うのは初めてだ。
印象としては、優しげで穏やかそうだが。
挨拶が終わると教皇はティルをジッと眺めている。
「コイツはティルだ。道中で仲間になったんだ」
「なるほど、そうでしたか」
俺が周囲を見渡すと、俺たちをここまで案内してくれた修道士の男性はすでにいなくなっていた。今この部屋にいるのは俺たちと教皇だけみたいだ。王城に連れてこられた時のように、数十人の騎士が待機している感じはない。
俺たちの挨拶を聞くと、教皇は静かに立ち上がり話し始めた。
「話は聞いています。たった二人でダンジョンに飛び込み、ダンジョンで魔王の下部を打ち倒してくれたそうですね。我々の不手際の後始末をさせてしまって申し訳ありません」
そう言って、俺たちに深々と頭を下げた。
大組織ラファエル教のトップ――世界有数の権力を持つ人物が。
「『祭壇に余人を近付かせてはならず』。ダンジョン出現の責任は、掟を徹底させられなかった私にあります。あなた方が望むならどんな罰でも受けましょう」
そう告げる教皇様は、あまりにも潔かった。あの国王やクソ聖女様の態度とは大違いだ。
「あんたに何かされた訳ではないからな、気にするな。それより魔王の事について何か情報があるのか?」
終わった話はどうでもいい。俺たちがここに来たのは魔王の情報を得るためなのだ。
「俺たちは魔王を倒すつもりだ。今はまだ、有効な方法はわからんが……魔王に関することならどんな小さな情報でも欲しい」
魔王はもはや災害の一種と変わらない。
大組織であるラファエル教が世界中から聖女候補や聖者候補を集め、多額の資金や人員を用意してもなお、封印し続けるのがやっとの化物だ。
もちろん、討伐方法なんて当然聞いたことがない。魔王を倒す手掛かりになるようなら、どんな小さなことでも聞きたい。
「ああ、魔王を倒す方法ならありますよ」
「なにっ?」
教皇があっさりと言うので、俺はさすがに愕然とした。
「……アスタ。魔王を倒す方法なんて誰も知らないし、なかったんじゃないの?」
「そのはずだが……」
イナンナと俺が小声で言い合っていると、教皇が微笑んでこう言った。
「今日はそれを話すためにお二人に来ていただいたのです。魔王討伐はラファエル教全体の悲願でもありますから」
嘘を言っている感じはない。
魔王が討伐されれば、ラファエル教は長きに渡り背負い続けてきた重荷から解放されるのだから。
「その方法とは、なんだ?」
「口で話すより実際に見てもらったほうが早いでしょう」
「見る? なにを見るんだ?」
「アスタ殿、これを持ってください」
教皇はなにやら石板のようなものを渡してきた。
……なんだこれ。
「アスタ殿、その石板に魔力を流してください」
「はあ……」
「あなたならできるはずです」
俺ならできる? 一体どういう意味だ?
なんだかわからないまま石板に魔力を流してみる。すると、パアアッ、と石板が勢いよく光を放ち部屋を満たしはじめた。
「まぶしい――」
ティルが騒ぎ始めたが、光は周囲を埋めつくし、あまりの眩しさに俺も目を閉じた。次に目を開けた時には――あたり一面が緑色の草原、澄み切った空が眼前に広がっていた。
「どうなってるんだ!? さっきまで教会にいたのに!」
俺たちが慌てていると教皇はこう説明した。
「幻覚に近いですが、少し違います。これは初代聖者が残した『記憶』です」
「記憶?」
はい。
魔王に関する資料は多くが失われています。そんな中、魔王討伐に関する貴重な情報が唯一込められているのが、この石板なのです。
これには、魔王を封印した初代聖者の記憶が入っているのです。つまり、この光景は初代聖者の記憶を元にした映像ということか?
それが本当ならすごい。なにしろ、初代聖者様は魔王を封印した張本人なのだから。
「もっとも、これは一定以上の聖なる魔力を込めなくては反応しません。やはり、アスタ殿には聖者としての並外れた素質があるようです」
「……」
教会のゲス内情を知っている俺からすると、聖者の素質があるなんて言われてもあんまり嬉しくない。
「おしゃべりはここまでです。……そろそろ始まりますよ」
教皇の言葉を聞いて、俺は映像に意識を集中させた。
初代聖者様がいたのは丘の上。鹿やリスといった動物たちがまわりに集まって、初代聖者様は動物たちと一緒に果物を食べたりして、遊んだりしている。
周囲には草や花が満ち、見ているだけで癒される光景だ。あのクソ現聖女からは想像がつかない。
――それが、一瞬で塗りつぶされた。
それは一言で言うと『真っ黒な闇』だった。
一瞬で美しい空を闇に包み、美しい草原を覆っていく。木々は腐り、土は溶け、愛らしい動物たちが次々と死んでいく。
あとに残るのはすべてが死に絶えた黒い大地だけ。
それだけでは終わらなかった。
闇に呑み込まれ死んでいったはずの生物たちが次々と起き上がる。その生物は、体のあちこちが腐り落ち、骨や内臓が露出している。
まるでゾンビのようなものがよたよたと歩いてきて、こちらに迫ってくる。
このままでは死ぬ。
『――ッ!』
初代聖者様は咄嗟に手を前にかざす。すると、視界いっぱいに白い光が広がった。
闇や怪物たちはその光によって浄化され消えていき、あとにはごっそりと抉れた大地と、息絶えた生き物たちの死骸だけが残った。
石板から光が失われ、風景が元の教会の一室に戻る。
「今のが……初代聖者様の記憶か?」
俺が呟くと、「その通りです」と教皇が頷いた。
「あの闇のようなものは魔王の力によって生まれたものです」
それにしても……なんて生々しい映像だろう。
現実ではないとわかっていても身の危険を感じるほどだ。
「教皇。魔王が触れたものがゾンビ化していたが、あれも魔王の能力か?」
「ええ、アスタ殿。魔王の能力は大きく分けて二つ。一つが『触れた生物を即死させること』。もう一つが『殺した生物を自らの配下としてよみがえらせること』です」
「初代聖者様はそれに襲われる寸前、聖者としての力に目覚め、魔王の下部となった動物たちを浄化したのです」
「初代聖者が神ラファエルに力を授かった瞬間の記憶ということか?」
「我々はそう考えています」
そう首肯する教皇。
「……!」
信じられん。
触っただけであらゆる生き物を殺した挙句、それを眷属にする能力があるなんて誰も想像もできないだろう。
「お二人には心当たりがあると思いますよ。あなた達はここに来る前に疫病の村によっていますね。そこでゾンビドラゴンが現れているはず。あれも魔王の妖気によって変異しているのです」
「! そういえば……」
はっとしたように俺は目を見開いた。
ここにくる途中の村で、その変異した魔物を討伐してきた。
「魔王の能力は、『世界を造り変える』ものと考えられます。生をつかさどる全能神ラファエルの世界を冥界へと――冥神ガロンの世界へと変貌させるのです」
「冥神ガロン?」
「全能神ラファエルと対立する、もう一柱の神です」
世界の造り変え。つまり、この世界を死者の暮らす『冥界』に変換する能力。
それが魔王の持つ力という事か。
なんの背景もなしに、魔王のような特別な能力を持った存在が生まれるとは考えにくい。
全能神ラファエルが聖者に力を与えるように、魔王も冥神ガロンによって力を受け取っている、というのが教会の見解らしい。
冥界と言えば俺はイナンナに冥府の力をもらったが……
「イナンナ、冥界について何かわからないのか?」
「………冥神ガロンと言えば、その残虐さ残忍さは、悪魔の中でも最恐、最厄の神と言われているわ。それ以外は
わ、わからないわ」
低い声で答えるイナンナ。どこか怯えている感じに見える。
俺は溜め息を吐いた。
「魔王も神の加護を受けた怪物ということか。……信じられない」
「今はそれで構いません。ただ、あなた達にお見せしている内容は全て事実なのです」
教会に長年いたが、ここまでの情報は一切聞かされていなかった。
「では、続きを見ましょう。アスタ殿、もう一度石板に魔力を流してください」
「わかった」
さっきと同じように、石板から放たれた光が部屋を満たしていく。
視界に映るのは先ほどとは違い、真っ白な空間だった。 そこにいるのは初代聖者様と、もう一人。
真っ白な人影が佇んでいる。
白い人影は次々と宙に映像を浮かび上がらせる。 ――きらびやかな甲冑をまとった騎士と、賑やかで人の多い都会の街並み。
「人がいっぱいだねーー」
俺はティルの言葉を無視して、なにか手掛かりにならないか、映像に集中した。
映像には――古い小屋で剣を打つ鍛冶師と、山奥の風景が流れた。次やな初代聖者様の故郷が襲われ、剣の美女と知り合う。そして、友人になる。
次は山奥の小屋に行き、鍛冶師の大男と出会う。事件が起こり、問題を解決して鍛冶師から信頼を得る。と、ここで再び映像が途切れる。
どうやらこの石板、映像が進むごとに魔力を補充しないといけないようだ。
「アスタ。あの鍛冶師は気になるわね」
「あぁ。なにか意味があるんだと思う」
ちらりと教皇を見ると、
「すぐにわかりますよ」と先を促された。
それじゃあ続きだ。
俺はさらに石板に魔力を流す。
鍛冶師の大男は素晴らしい技術の持ち主だった。彼は魔王を倒すための剣を打った。
黒い炎のようなものがまとわりついたその剣には、特別な力が宿っていた。
初代聖者様と、剣の美女と、鍛冶師の大男はやがて魔王と対決する。
三人が挑む頃には、黒い闇は世界を呑み込もうとしていた。
その中心には山のような巨体の怪物がいる。
怪物には二つの頭部があった。
まるで別々の怪物を無理やりつなぎ合わせたかのように。
双頭の怪物――魔王は闇を無限に生み出し、世界を覆わんとする。
そこに初代聖者様が立ち向かう。 手には鍛冶師が打った特別な剣。さらに剣の美女が、初代聖者様の剣に力を加えている。
すると、突如剣は黒光しはじめる。
初代聖者様は魔王の巨体を足場にして駆け上がり、片方の頭部を斬り飛ばした。
魔王の体は炎に包まれ燃えていき、黒い闇は干上がっていく。しかし魔王は死なない。 弱ってはいてもその場でもがき続けている。
驚くべきことに、初代聖者様によって落とされたほうの頭すらも死んでいなかった。
初代聖者様はさらに神聖なる祈りにより、落とされた頭と、片方の頭を失った本体を別々の場所に封じる。
それによって、魔王が生み出し続けていた闇や妖気は完全に消え、初代聖者様も消え去る。
空は晴れ、世界の危機は終わりを迎えたのだ。




