ゴブリンの集落
街近郊にある、とある村の村長の家。
「申し訳ありません、何もない粗末な家で。こんなものしか出せませんが」
「ありがとうございます」
俺は村長に差し出されたお茶をいただく。
……う、薄い。
俺たちがなぜここにいるかと言うと……
「サブリナまで、どのくらいかかるわけ?」
「馬車で三、四日くらいだろ」
「長いわね。退屈しちゃうわ」
この女は遊び感覚でいるのか。すると、突然老人が道に飛び出してきた。
「おお、冒険者様! どうか助けてください!」
目の前には高齢で、白いひげが特徴的な老人が立っていた。冒険者ではないが、何か困っている感じだ。
イナンナを見ると目を輝かせながら俺を見ている。
退屈凌ぎで、行きたくて仕方がないんだな…
ってなわけで、今俺たちはここにいる。俺はお茶を飲みながら、ちらりと室内を見回した。
村長の家は小さくて、高価なものはまったく置かれていない。
苦労して暮らしている、という感じが伝わってくる。しかもそれは村長の家だけじゃない。
この村はただでさえ人口が少ないうえに住民は老人がほとんどで、若い男女は見かけなかった。
俺が室内を眺めている間に、イナンナが口を開いた。
「それで村長。何があったわけ」
「はい。お願いしたいのは他でもありません。ゴブリンの討伐です」
ゴブリン退治。
ゴブリンというのは醜い容姿と人々に悪さをする小鬼の魔物。村長の話しでは、この村のそばにゴブリンの群れが棲みついて、すでに作物には被害が出ている。
村人が襲われるのも時間の問題と思われる……という話らしい。
ゴブリンは一体一体は弱いけれど、群れをつくると厄介なんだとか。
「ゴブリンの数はどのくらいなの?」
「以前群れの棲み処を確認したところ、三十体ほどでした」
「なるほどね」
イナンナは村長の答えに頷き、さらに質問を重ねる。
「ちなみに、それはいつごろの話し?」
「……半月ほど前になります」
「半年か」
イナンナは難しそうな顔をする。
「報酬はいくらだ?」
「えっ?」
「討伐にいくら出せるかと言っている?まさか、タダでやれとは言わないよな?」
「はっ、はい。村の者全員でかき集めて、一万ダラが限界でございます」
一万ダラか。暮らしを見ればわかるが、それが限界なのだろう。
……仕方ない。何故かイナンナもやる気になってるし、やるしかないか。
かくして俺たちはゴブリン三十体の討伐に乗り出した。
……の、だが。
「イナンナ。確か討伐するゴブリンは三十体という事だよな」
「そうね」
俺とイナンナは村長に教えてもらったゴブリンの棲み処のそばにやってきていた。
視線の先には子供くらいの大きさの体躯を持つ、緑色の小鬼が何体も見える。
それはいいんだが……
「イナンナ。俺の気のせいじゃないなら、三十体どころではないような」
「まあ、ざっと十倍はいそうね」
「どう言う事だ……」
そう。俺たちの前方にはゴブリンたちの集落ができていて──そこには、三百体には及ぶだろうゴブリンたちが、うじゃうじゃと蠢いていた。 あまりの光景に唖然とする俺に対してイナンナが説明する。
「ゴブリンは繁殖力が高いのよ。しかも成長も早くて、最後に確認したのが半月前なら、このくらい増えていても不思議じゃないわ」
「なるほどな……」
「しかも、醜い上に下劣な最悪の魔物ね」
イナンナの顔が歪む。
それにしても、三百体っていうのはいくらなんでも増えすぎじゃあ……
「よし。それじゃ、さっさと皆殺しにしましょう」
「えっ?」
「なに?」
「今、サラッと辛辣な言葉が聞こえたが…」
「そりゃそうよ。あんな魔物は一掃したいもの」
イナンナは真面目な顔で言う。
俺はほんの少しだけゴブリンに同情した。それにしてもこの数、一人で大丈夫なのか?
「イナンナ、さすがに誰か援軍を呼びに行ったほうがいいんじゃないか……? 」
俺が心配しながら視線を向けると、イナンナはあっけらかんと笑って言った。
「あはは、ゴブリン三百体くらい平気よ。一万体くらいの集落を潰したこともあるし」
「……え?」
今、なんだか信じられないような言葉が聞こえたような。
「──剣強化【ヒート・ブレイド】」
イナンナが小さく呟く。次いで、ドバンッ!
という派手な音が響いたと思った瞬間──隣を見ると、さっきまでいたはずのイナンナがいなくなっていた。
『ギャアッ!』
『グギッ!?』
『ヒギャァアアアアアッ!?』
前方からゴブリンたちの悲鳴が聞こえる。
……って嘘ぉ!? イナンナがゴブリンの集落に突っ込んで一人で暴れ回ってる!
「す、すごいな……」
イナンナが剣を振るたびに、十体以上のゴブリンが宙を舞う。速すぎてイナンナの動きが目で追えない。
「……これじゃあ俺が出る幕はないな……」
ゴブリン討伐はイナンナ一人で全然余裕そうだ。なんて、思っていたら。
『『『──ギャアアアアアアアアアッ!?』』』
あっ、ゴブリンたちが逃げ出した! イナンナの襲撃に取り乱したのか、残った五十体くらいのゴブリンたちが、てんでバラバラの方角に逃げ始めた。だが、イナンナは簡単には逃がさない。すごい速度で走って追いつき、ゴブリンたちを確実に狩っていく。
だが、いくら強くてもイナンナ一人で、バラバラに逃げるゴブリンを、一瞬ですべて狩り尽くすことはできないだろう。
──よし!
「《ウィンドシールド》!」
透き通った虹色の壁がゴブリンたちの周囲を取り囲んだ。
これでゴブリンたちはもう逃げられない。
『ギィッ、ギイイッ……ギャアアアアアアアッ!?』
ゴブリンたちは障壁に阻まれ、動きを止めた。そこをイナンナが次々と仕留めていく。
「アスタ、ありがとう。お陰で楽に倒せたわ」
ゴブリンを仕留め終えたイナンナが礼を言う。
「あぁ、ゴブリンが逃げたらまずいと思ってな…」
イナンナは首を縦に振った。
「えぇ、一匹でも逃すとそこからまた繁殖し始めて別の集落を遅い始めるからね」
ゴブリンの繁殖能力は凄まじく、年中発情期らしい。時には人間の女を見ると襲うこともあるんだとか。
「本当にありがとうございます! あのゴブリンどもを駆除していただけるとは……! これでようやく安心して暮らすことができます!」
村に戻って討伐達成の報告をすると、村長が感激したように言った。
「まぁ、目的地に向かう途中だからな」
「あなた方に心からの感謝を!こちらが報酬です、お受け取りください!」
村長は嬉しそうに、ぼろぼろの麻袋を差し出してくる。俺はその中身を確認した。
「──ゴブリン三十体討伐で一万ダラ、確かに受け取った」
俺たちは村の出口に向かって、馬車に乗り込む。
「アスタ、あれでよかったの? ゴブリンの数を少なく言っちゃって」
村から出ると、イナンナが質問してきた。イナンナが倒したゴブリンは本当は三百体。つまりアスタは、二百七十体分の討伐報酬を見逃したことになる。
アスタは微笑んでイナンナを見た。
「あれでいいのさ。あの村に上乗せぶんの報酬を払う余裕があるようには見えないだろ」
「……確かに」
村長宅を見る限り、あの村に上乗せ報酬を払えるほどの蓄えはないだろう。
一万ダラは金貨一枚分……王都でも一ヵ月は暮らしていける額だろう。
おそらくあの一万ダラも、村中から掻き集めて用意したお金のはずだ。
「金のない奴から無理やり金を搾り取る程、俺はクソじゃない。それに金が必要な時はあのクソ王にでも請求するさ」
「それもそうね」
まぁ、一万ダラあれば旅の初期費用には十分だろう。無理に村長たちからむしり取ろうとは思えない。
それに……
「それに、俺は少し嬉しいんだ」
「? どうして?」
首を傾げるイナンナに、俺は教会での日々を思い出しながら言った。
「俺は少し前まで、ずっと聖者候補として教会で過ごしてきた。朝起きて、気力が尽き果てるまでずっと祭壇で祈り続けて……」
だが今回は、聖者候補とは関係なしに行って感謝されて……だから、嬉しかった。
「俺は、ああやって人にお礼を言われたことなんてなかったからな」
ゴブリンを倒したと聞いたときの村長は、涙を流しながら感激していた。あんなふうに喜んでもらえたら、嬉しくないわけがない。
「じゃ、これからはいっぱい人に喜ばれるわね」
ニッコリとウィンクするイナンナ。
思ったより直球で褒められて、俺は思わず照れてイナンナから目を逸らしたが、笑いを浮かべた。




