和解という名の⑤
国王たちは俺を引き戻そうとしているが、俺はきめている。
「聖女様。俺をそこまで評価してくれて光栄だ」
「謙遜することはありません。当たり前のことです。あなたを引き留めるためならどんなことでもしましょう」
まっすぐ俺の目を見て話す聖女様。実際、かなりの特別待遇と言えるだろう。これまでに聖女候補だった頃に屋敷を持つ人物なんていなかったろう。おまけにマインやチャールズ、ミトラ元司教を公正に裁いてみせた。
聖女様は俺を納得させるために、全てを尽くして見せたのだ。
「どうやら納得してもらえたようですね」
そう言って聖女様は満足そうに笑う。
「それでは屋敷の建築に取りかかる前に、国をあげて盛大にパーティーを開きましょう。『ダンジョン』を滅ぼし、王国の未来を担う聖者候補を国民を交えて盛大に祝いましょう。ノーマン、夜会用の衣装は持っていますか? ないのなら用意を──」
聖女様は安堵したように弾んだ声で話を進めていく──
「……ですが、不思議だ。あなたは謝罪の言葉を俺に一度も口にしなかった」
俺がぽつりと口にした一言に、聖女様は思い切り眉を引きつらせた。
「そ、そのようなことは……」
「いや、『あなたが必要です』『溜飲を下げてくください』……聖女様が口にしたのは、そんな言葉ばかりだ」
「そ、そうでしたか?」
聖女様は俺の言葉に動揺を隠せないようだ。
そう、俺は誰からも一度も謝罪の言葉を聞いていない。 マインからも、チャールズからもミトラ元司教からも、玉座の二人からもな。
「屋敷や褒美を与えるのも、マインたちを俺の前で断罪してみせたのも、俺の機嫌を取ってものや金で釣って、俺を都合よく動かそうとしていた、とも言えるな」
「……ち、違います。ノーマン」
「いや、違わないな。あんたは俺のことを、国を守るための道具としてしか見ていないんだろう。俺が残れば、自分達の利益や地位は保証されるからな」
聖女様がやっていたのは単なる自分にとっての損得の調整に過ぎない。
強い力を持った俺を使い続けられることに比べたら、多少のお金やマインたちを失うことはさほどの痛手ではないという判断だろう。
だが、そこに俺の意思はまったく配慮されていない。
聖女様たちは俺を祈りをするための道具としか思っていないから、そんな提案が言えたのだ。
「……もし、王位のあなた達がきちんと俺にきちんと謝罪して、『二度とこんなことはさせない、国を守るためにどうか力を貸してくれ』とか──そんなふうに言えば、考えてもよかったが……」
俺が呟くと、聖女様は慌てたように口を開く。
「も、もちろんです。謝罪いたします、あなたがそう言うのであれば……」
「もう遅い。今更形だけの謝罪なんていらない。俺を人間ではなく道具としてしか見ていないあんた達の頼みは聞けない。どんな条件を出されても──泣いて謝られろうが、教会には戻らん!」
言ってしまった。
この国で聖女様に対してこんなことを言ったのは、俺が初めてかもな。
聖女様や王様だけでなく、周囲の騎士たちも唖然としている。だが、仕方ない。道具のように扱われるとわかっていて、教会に戻るわけがない。
「行くぞ。イナンナ」
「わかったわ」
もうここにいる意味はないだろう。イナンナに声をかけてその場から帰ろうとしたとき──
「……なんのつもりだ」
「申し訳ありません。我々は聖女様より、ノーマン様の了承が得られるまでは広間から出すなと申しつけられております」
騎士たちが広間の出口に立ちふさがった。
俺の了承を得られるまで広間から出すな……?
聖女様が?俺は振り返ると、聖女様は微笑な顔でこちらを見ていた。