和解という名の②
「その二人を前に連れてきなさい」
「はっ」
聖女様は騎士たちに縄で拘束されたマインとチャールズを俺たちの前に連れて来るように指示を出した。
チャールズはともかく、仮にもマインは実の娘だというのにこんな扱いになるとは容赦ないな。
縄で拘束しているということは、実の娘であるマインさえ、罪人として扱っているのか?
「おい、引っ張るな!」
「痛いでしょ! 私の肌に傷をつけるつもり!?」
マインとチャールズは抵抗しつつも、無理矢理俺たちの前に引きずり出されると、俺と目があった。
マインが俺を見て驚いた声をあげた。
「お母様、これはどういう事ですか? なぜここにアスタがいるのです!」
マインが聖女様に大声で尋ねる。すると聖女様は、冷淡な口調で話し始めた。
「もうわかっているでしょう、マイン。あなたたちの処分を決めるためです。『ダンジョン』出現の引き金を引いたあなたのね」
「アスタには、あなたたちの処分を見てもらう為に呼びました」
聖女様は『ダンジョン』出現の原因はマインだと確信しているようだ。しかし、マインは予想外のことを口にし始めた。
「チャールズ様の祈祷を中断させたのは──何者かに操られたからなのです!」
……はっ?
操られたとはなにを言ってるんだ。
聖女様も流石に眉をひそめているぞ。
「では、あなたはいったい誰に操られていたというのですか?」
「祭壇の中に封印されている魔王です。魔王は自分の封印を破りたいために、私を利用したのです!」
そう言い切り、あの日の自分はおかしかっただの、ずっと頭に声が響いていただのとマインは熱弁する。
「魔王の強力な洗脳に抗える人間などそうはいません! 魔王こそが今回の一件を引き起こした原因なんです! どうかお母様、そのことも踏まえて私の処遇をお決めください!」
誠実な目でマインが聖女様に視線を向ける。要は『自分を操っていたのは魔王だから、私は悪くない』ということだ。
確かにマインが魔王によって洗脳されていたならマインが行った行動も納得できるが………
…… って、そんな訳あるか。
「マイン。悪あがきは見苦しいですよ。あなたが洗脳されていたというのは嘘ですね」
聖女様はそう言い切った。
「お、お母様……、 決して、嘘などと言うことは」
マインは慌てて言い直す。
「魔王に洗脳などという能力はありません。魔王が洗脳ができるなら、とっくに祭壇の近くにいる修道士を操って自分の封印を解かせていると思いませんか」
「……あ」
「それともあなただけが操られる特別な理由があったのですか?」
「そ、それは……」
確かに……。
祭壇の近くには、聖者候補だけでなく、監視役の修道士が必ずいる。
魔王に洗脳なんてものがあるなら、その修道士でも操って封印を解いて人間界を滅ぼせばいい。わざわざマインを操る理由がない。
「これ以上の嘘はあなたの首を絞めるだけですよ、マイン」
「ぐっ……!」
聖女様の忠告に、マインは黙り込んだ。苦し紛れの言い訳も品切れみたいだ。
「マイン。あなたは重罪を犯したのです。処刑することも考えなくてはならないほどに」
「──!」
処刑。その言葉を改めて聞くと、マインだけでなく俺もぎくりとした。確かにマインが重罪を犯して、それを償わなければならないのはわかる……が、複雑な気持ちだ。
「冗談でしょう、お母様。私の他に誰が次の王になるのですか?」
「ルルノアに王位を継承するしかありません」
「ルルノア!? あ、あれは十歳になったばかりの子供ですよ!? 正気ですか、お母様!」
「しかたありません」
マインには年の離れた妹がいるのか?
聖女様はマインの妹──ルルノアって奴がいるから、マインを処分することくらい躊躇いわないって事か。
「お父様、お父様のお考えは如何なのですか?」
マインは国王に話を向ける。しかし、国王は無言のままでバツが悪そうに目を逸らしている。
「……マイン。あなたに真実を伝えなくてはいけません」
「………真実?」
聖女様は一呼吸すると、重そうな口を開いた。
「あなたは私達の子──、いや、正式には私の子ではないのです!」
「──えっ!」
どういう事だ?
俺が色々と思考を巡らせていると聖女様が話を続けた。
「マイン。あなたは国王、いや、この男が王城の侍女に手を出して産んだ子なのです」
「……そ、そんな」
「この男は私が長い期間祈りを捧げている間に、複数の侍女と関係を持っていたのです」
うわぁー、本当にドロドロしてるな……
要は聖女様が言うのは『マインは国王の娘ではあるが、聖女様の娘ではない』って事だ。
俺は溜め息を吐いた。
「本来ならば、マイン。あなたや国王を王城から追放なのですが、当時は隣国との戦さを強いられており、王や娘が不在とあれば民に不安が走ると思ったのです」
マインは衝撃の告白に口を開いて呆然としている。
当然だろう。処刑宣告に、浮気相手の子だったんだからな。
慄くマインを見つめ、聖女様は続ける。
「ですが、処刑は国民の混乱を招くおそれもあります」
「お、お母様……」
「よってあなたへの処罰はこういたします。まず、あなたは廃嫡とします。そして東の帝国へと渡ってもらいます」
「──帝国!? お母様、本気でおっしゃっているのですか!?」」
「もちろんです」
マインは茫然としている。この国は少し前まで隣接する帝国と戦争を行っていた。現在は停戦中だが、いつまた再戦するかわからない。
その時のために、お互いへの牽制として要人を相手国に向かわせる事があるらしい。マインはそれに選ばれたのだ。
敵国に向かうのだから、待っているのは迫害される日々だ。戦争が再開すれば見捨てられる可能性もあるだろう。重い罰だな。
マインはしばらく抵抗していたが次第に項垂れ、決心したように顔を上げた。
「……わかりました。その処分、慎んでお受けいたします」
ですが、とマインは視線を上げる。
「ですが、最後に一つだけお願いがあります」
「言ってみなさい」
聖女様が頷くのを見て、マインは言う。