和解という名の
『ダンジョン』攻略を終えた、数日後。
「ねぇ、私たちはいつまでここいなきゃいけないわけ」
「仕方ないだろ! 何しろマインに取り次いでもらえないんだから」
イナンナの言葉に俺は記憶を探りつつ返事をする。
「修道士が言うには『今、マイン様から事情聴取している最中だから面会禁止』だっけ」
「あぁ。今は王城の中も混乱しているんだろう……そんな状態で会っても報酬の話なんてできないだろう」
「……でも、約束が違うじゃない……」
相変わらず、ワガママなこの娘は不満をぶち撒ける。
なぜ、俺たちが今だに王都に留まっているかというと、マインから今回の報酬をまだもらっていないからだ。
あれだけ危険な思いをしたんだ、それなりの報酬は欲しい。
ただ働きはごめんだ。
そんなわけで俺たちはマインとの面会許可が下りるまで、王都復興の手伝いをしながら待っているわけだ。
……いっそ報酬なんて貰わず、さっさと旅立つか。
だが、旅にも金はかかるしな……。
──なんて考えていると。
「お、おい。あの馬車って──王族のものじゃないか!?」
街の一人が大声をあげる。
……俺もつられて視線を向ける。
王族用の豪華な馬車と、五、六人の騎士が街の大通りに停まった。
その光景を眺めていると、騎士たちが街のあちこちに散らばり始めた。
まるで手分けをして誰かを捜しているみたいだ。
そして騎士の一人がすぐそばで、叫んだ。
「──聖者候補アスタ!友人のイナンナ! 国王陛下並びに聖女様がお呼びだ! この声が聞こえているのなら、ただちに王城に参上せよ! 繰り返す、聖者候補アスタと友人のイナンナは王城に向かうように!」
「……?」
やっと王族に面会できる。俺とイナンナは顔を見合わせた。
俺たちは王城の大広間にやってきた。
やってきたはいいが、なんだか物々しい雰囲気だ。
……面倒ごとでなければいいが。
壁の基調は白。そこに金を基本とした細工が施されている。
天井から吊り下げられた複数の豪華なシャンデリアは7色の宝石で作り出され、幻想的な輝きを放っていた。
そういった内装も気にはなるが……それ以上に、なんでこんなにたくさんの騎士がいるのかが気になる。
なぜか、大広間の柱の後ろには総勢で百人ほどだろうか?沢山の騎士が控えているのだ。王族のそばに護衛が必要なのはわかるが、ここまでいらんだろ。
「──突然の呼び出しを許しなさい、聖者候補アスタにイナンナ」
俺がそんなことを考えていると、玉座から俺たちに声がかけられた。
「あなたたちは、いつ旅立ってしまってもおかしくなかったので、騎士たちに急いで捜すように指示したのですが……どうも強引な呼び立てになってしまったようです」
俺たちに声をかけたのは現聖女様だ。
……なんというか、現実感がない。
ほんの一時間前まで広場にいたのが嘘のようだ。
「特に問題ない。それで、聖女様が俺たちになんの用だ? 俺たちはマインに会いたいんだが」
俺の当然の疑問に、聖女様は頷いた。
「あなたを呼んだ理由は他でもないです。修道士から、先日の一件で『ダンジョン』を消し去ったのはあなたたちだと聞きました。それについて一言お礼を言いたかったのです。聖者候補アスタ、イナンナ。王都を救ってくれたこと、感謝します」
聖女様が小さく頭を下げてきた。
なんと、信じられん。娘のマインは助けを求めるときでさぇ、あんなに抵抗したと言うのに。
「あなたらが、たった二人で『ダンジョン』を攻略したと聞いたときは耳を疑いましたが……、あなたがいなければ王都は壊滅していたかもしません。本当によくやってくました」
聖女様からそんなに褒められるとはなんか変な感じだ。
「感謝の意を表して、あなたちに褒美を与えます。望むものがあればなんでも言いなさい」
聖女様が言うとは……
欲しいものと急に言われても、今すぐパッと浮かばない。だが、俺が言うより早く聖女様の隣にいた臣下が耳打ちした。
「聖女様、それより先に話を済ませてしまったほうがいいのではありませんか?」
「ん? ああ、そうですね」
なんのことだ?
首を傾げていると、聖女様が俺たちを──いや、俺を見た。
「アスタ。あなたは素晴らしい素質を持った聖者候補だったそうですね。長時間の祈りに耐え、『ダンジョン』を破壊したときも活躍したと聞いています」
まさか褒めてくるとは……しかも教会にいたころのことまで知ってるなんて。司教にでも、聞いたのだろうか。
「あなたはよほど全能神ザウスに愛されているのですね」
「……」
これでもかと褒めちぎってくる聖女様。だか、嬉しさを感じない。なぜなら、聖女様のどの褒め言葉も上っ面だけのものに感じられたからだ。
……嫌な予感がするな。
「アスタ、今一度教会に戻ってきてはくれませんか? 全能神ザウスに愛されたあなたがいれば、我が王国は長き安寧を約束されるでしょう」
「……」
──やっぱりな。
聖女様が俺を妙に持ち上げるからそんな予感はしてたが………俺はすぐに首を横に振る。
「すまんが、俺はすでに教会を追放されたんだ。今更、戻るつもりはない」
冗談じゃない。
ここで頷けば、俺はまたあの教会に縛りつけの日々だ。せっかく自由になれたのに、また縛りつけられるなんてごめんだ。
聖女様は俺の返事を聞くと、さらに言う。
「もちろん、ただの聖者候補としてではありません。王城に個室を……いや、王都にあなたの屋敷を建てましょう。宝石に絵画、美術品、他にも望みのものなら何でも存分に与えます」
いらん。
大きな屋敷なんてもらったらますます自由がなくなるし、宝石だのなんだの興味がない。
俺は首を横に振った。
「……俺の意見は変わらない」
「そうですか、それでも足りませんか」
聖女様。そういう事じゃないんだよ。
「では、しかたありません。──ここへ、連れて来きなさい」
聖女様の言葉を合図に、騎士たちが足早に広間から出て行き、顔見知りの人物を連れて戻ってくる。
「あなたたち! 王姫の私にこんな手荒な真似をして、ただで済むと思っているの!!」
「そうだ、たかが騎士ごときが……! 聖者候補である俺が怪我でもしたらどう責任を取るつもりだ!!」
騎士たちが連れてきたのは、顔馴染みのある美しい男女の二人。
つまり、マインと聖者候補のチャールズだった。
この二人を連れて来てどうするつもりだ?