違和感
◇
「ライアス、こっちだ。早く来いよ」
笑っているトーリの姿が遠くにある。
「今日こそは、ノーミスで依頼を終えるんだから。ライアス、敵を通さないでよね」
キャロが肘を突くと顔を覗き込んで来た。
「もう、そう言うプレッシャー良くないですよ。私たちもサポートしますからがんばりましょうね」
メアリーが耳元に唇を寄せると囁いた。
「よーし、今日こそはトーリに勝って見せるからな!」
俺は気合を入れると走り出し、誰よりも前を駆けていった。
◇
「夢……か……」
外が明るくなっており、目が覚めた俺は『水属性剣』を取り出すと、桶に水を出した。
この剣は、水魔法を操ることができるので、なかなか重宝している。
俺は剣を壁に立てかけると顔を洗う。
懐かしい夢をみた……、いや懐かしいと感じる夢か……。
「わけのわからない場所に飛ばされてそろそろ一ヵ月半か?」
夢にみた皆の笑顔が浮かぶ。
トーリの親し気な笑顔に、キャロの悪戯気な横顔。メアリーの優しい目。
彼らは突然消えた俺に対し、どう思ったのだろうか?
俺を探すために、今も必死に行動している?
それとも、俺のことはすっかり忘れて他の人間をパーティーに引き入れてやり直している?
「そんなやつらじゃないよな」
考えていてあり得ないと思った。もしトーリたちがそう言うやつなら、もっと前に俺のことを切り捨てていただろうし、もしかすると俺はとっくに探索者を辞めていたかもしれない。
「あいつらは、きっと今も俺を探してくれているはず」
そう考えると、気力が湧いてくる。
今の俺の無限収納の腕輪には、三人が驚くようなアイテムが入っているし、俺も随分と強くなっている。
早く戻って、パーティーを組んで、またあいつらと楽しく探索がしたい。そんなことを考えていると、
「そう言えば、キャロはあの時何を言おうとしてたんだろうな?」
クラスチェンジの儀式が終わった後、時間をとって欲しい。
彼女は普段らしからぬしおらしい態度でそう告げていた。あの時、俺は彼女が始めて見せる表情に見惚れてしまったのだ。
「その話を聞くためにも、戻らないとな……」
俺は桶に広がる波紋を見ながら、帰還への意識を強めるのだった。
——ザッザッザ――
現在、俺は森の中を歩いている。
本来なら迷宮の二階へと昇って狩りをするべきなのだが、その前に周囲の様子が気になったからだ。
これまで発見している野生動物で魚の……それも干物をわざわざ食べるものはいなかった。
そう考えると、モンスターがいるのではないか?
ここは広く、外界から隔絶された場所なのだが、森のすべてをくまなく探索したわけではない。
奥の方に隠れていたモンスターが降りてきて干物を奪った可能性もまったくないというわけではない。
そんなわけで、改めて周囲を見て回っているのだが……。
「何か……いる?」
ふと気配を感じ取る。迷宮探索を行うようになって身に付いた、ある種の予感なのだが、今のところこの感覚を信じて失敗したことはない。
「川の方か?」
川の流れる音に隠れて何かがはねる音が聞こえる。もしかすると凶悪なモンスターかもしれない。
俺は喉を鳴らすと、気を引き締め、気配を消してゆっくりと足を進めた。
木で身を隠しながら進んでいく。先程から聞こえてくる『パシャパシャ』とした音には動物にはない意思が感じ取れたからだ。
心臓が脈打つ。俺は手の汗を拭くと、深呼吸をして落ち着き……。
その正体を見るために木の陰から川を見ると、
「えっ?」
視界に飛び込んで来たのは銀髪の女性だった。
太陽の光を浴びてキラキラと輝く腰まで届く銀髪。瑞々しく水滴をはじく肌にはシミ一つなく、背を向けているのではっきり見ることができないが、形が整っており存在感を主張しているそれはキャロやメアリーとは比べ物にならない程に豊かに実っている。
透き通るような銀色の瞳が美しく、浮かんでいる笑顔に思わず思考が吸い寄せられる。
俺は気が付けば、もっと少女の姿を確認したくて木の陰から出ていた。
頭部に存在する耳は狐のそれと同じで、尻から伸びている長い尾は先っぽが水中に触れており、ゆらゆらとただよっている。
このような存在を見たことがないが、知っている。あれは……まるで……。
「獣人?」
「だ、だれですかっ!」
声が漏れてしまいこちらに気付く。
「妙な場所に飛ばされたと思えば、このタイミングで襲ってくるとは……」
彼女はざぶざぶと川の水をかき分けて岸へと上がってくる。するとそこには白い布で作られた服が折りたたんで置かれており、その上には剣が置かれていた。
「不埒ものっ! 成敗してあげます!」
見たこともない、反り返った美しい剣が抜かれる。
「い、いやっ! 違うっ!」
「問答無用ですっ!」
彼女はそう告げると、地を蹴りおそろしい速度で俺に接近してくるのだった。