第二話 宴の席で
商店街を抜け、人通りのある住宅街をひとしきり進んだ所に、こじんまりとした居酒屋はあった。
晃が、横開きの扉をガラガラと開けて店に入る。鈴木、俺、翔也とそれに続く。
いらっしゃいませー、という挨拶と共に、飲食店特有の喧騒がワっと身を包む。
外装からは分からなかったが、中はそれなりに広いようだ。
案内について、店の奥へ進む。
どうやら晃は座敷席を予約した様だ····。
襖を開けて敷居を上がると、先に座っていた一人の男が立ち上がる。
「久しぶりだな、お前ら」
驚きの表情を多分に混ぜて、それでも、とても嬉しそうな微笑みを浮かべた男····───、荒木 龍太郎 が皆に座布団を勧めた。
「おぅ亜樹ぃー!久しぶりじゃねぇか!」
「おう」
4人の仲間の内、俺と龍太郎は特に仲が良かった。家が隣だったし、何より気が合った。
目付きの悪い天パの男····。輪郭は多少崩れてはいるが、その顔は驚く程当時の面影を残していた。
自分が思っているよりも、人というのは変わらないものなのかもしれない····そんなことを考えながら、熱いおしぼりで手を包む。
「元気だったか?」
龍太郎の言葉に頷く。
「まぁまぁってとこかな、可もなく不可もなく····普通のサラリーマンだからな」
「おいおい、宇宙飛行士になるんじゃなかったのか?」
破顔して茶化した龍太郎に、思わず唸る。
宇宙飛行士····そういえばそんな夢を持っていた頃もあった────気がする。
「生ビールでいいよな?」
やがて酒が届き、皆が枝豆を齧りだしたころ、話は盛り上がっていった。
小学校の先生を落とし穴に落として廊下に立たされた事、よく隣町まで遊びに行ったこと、皆で野良犬と戦ったこと、肝試しで鈴木が気絶した事·····
もう長いこと忘れていたエピソード達が、ビックリするほど鮮やかに脳裏に蘇ってくる。
「覚えてる?いつも空き地で酒呑んでたおっさん····急にキレてチャイナに帰れ、って叫び出す奴」
「!あれか!土日チャイナジジィ!昔、皆で水鉄砲で水掛けた奴だ!」
「そうそれ!それでさ、晃だけ逃げ遅れて···」
「散々ひっぱたかれてビール瓶で殴られかけたとこを俺が助けたんだよな」
ビールジョッキを片手に、胸を張る翔也に、晃が口をすぼめて返す。
「でもお前さぁ、その後なんかある度に〝あの時助けてやったろ?〟、って言いまくってよぉ····」
「え?言ってた?記憶にないなぁ····」
ちゃっかり頼んでいたのか、日本酒を猪口に注ぎながら、翔也が満面の笑みで答える。
「そういやさ····」
「ん?」
龍太郎が、俺に向かって問いかける───、
「覚えてるか?木城の事····」
「──····」
座敷の間が静まる───。晃達にも聞こえていた様で、三人も呆気に取られた顔をしている。
「なんで忘れてたんだろう·····」
我に返り、グラスを机に置いた晃が、力なく呟く。
確かにそうだ····もう会うことのできない仲間の一人だった····。
「木城·····木城 悠太」
確かめるような翔也の呟きが、居酒屋の背景音にかき消される。