第一話 帰郷
炎天下、熱せられた空気が全身を包み込む────
「あっつ·····」
額の汗を拭い、息を吐く。
そして、改めて辺りを見回す。
ここは、茨城県 祐瑪蒲市·····の寂れた商店街だ。────昼間ということもあってか、人通りは極端に少ない。
まばらに生えた茶色い雑草を俯瞰しながら、白Tシャツをパタつかせる男····里津谷 亜樹は、自らの少年時代に思いを馳せていた。
まだ元号も昭和だった頃、自分は仲間達とよくこの商店街に来たものだ。
あの頃はまだ駄菓子屋がそこかしこにあって、商店街も活気と人に満ちていた。
「·····」
ひとしきり目の裏に当時の景色を浮かばせた後、商店街の奥を目指して歩き出す。大部分の店はシャッターが下りていて、かつてそこがどのような店だったのかは窺えない。
どれだけ思い出そうと念じても、記憶は存在しなかったかのようにすり抜けてしまう。····シャッターを上げている僅かな店の一つである肉屋を記憶の中に探したが、改装して見た目が変わったのか、はたまた新しい店なのか、思い出す事はできなかった。
こうしてわざわざ有給で作った夏休み擬きの一日を消費したのに、特に深い理由は無い。
ただなんとなく、いつものグダグダした休日じゃなくて、時には散歩がてら昔の思い出にでも浸ってみようと思っただけだ。
「·····ん?」
向かい側から歩いてきた三人組の男達に軽い会釈をしてすれ違った後、ふと感じた違和感に振り返った───、
「「ん??」」
男達と、目が合う。
面白いことに自分を含めた四人共同時に振り返ったらしく、皆一様に、この奇跡に困惑した表情を浮かべている。
きっと自分もそうだっただろう·····。
「亜樹·····?」
「もしかしてお前────!」
すぐ目の前には、どこかで見たことのある顔が·····
「オレだよ!晃だよ!お前亜樹だろ!」
「あぁぁ!!じゃぁそこのお前らは·····」
こちらを見つめる顔達が、脳内で稲妻の速度で実像を結ぶ。
「お前が鈴木で····そっちが翔也か!」
放った名称が合っていた証拠に、晃の後ろの二人が、ニッと笑った。
「いや、久しぶりだなぁ〜!」
「もう何年だ?」
巫山戯半分に、二人と握手をしながら考える。
茨城から出たのが二十歳の頃だったはずだ。·····そう考えると、すでに十年の月日が経っていることになる。
「そうかぁ·····もう10年かぁ〜····」
立派な顎肉をさすり、感慨深げに頷く鈴木の変わらぬ姿に思わず笑みが浮かぶ。ぽっちゃり体質は直っていないらしい····。
「一回も会ってないだろ?お互いよく分かったよな!」
端正な目尻に皺を寄せて、人好きのする笑みを浮かべた翔也が、興奮した面持ちで小さく叫んだ。三人は、幼稚園からの幼なじみだ。
「ほんとだよなぁ····今日はとんでもねぇ日だな」
「ん?なんかあったのか?」
軽く振り返り、翔也に答えた晃が意味深な事を言う。
「いや、俺は今日偶然二人と会ったんだよ」
「そうそう、僕と翔也でふらついてたらさ、川沿いで偶然見つけて」
「久しぶりー、ってなって」と、鈴木が肉付きの良い手をひらひらさせる。どうやら、鈴木と翔也が歩いていたら偶然晃を拾ったらしい。
「それで呑みに行こうってなってさ····亜樹も来るよな?」
相変わらず強引な晃に釣られて、頷く。
オラオラ系とでもいうのだろうか、グイグイくる晃は、今も昔も率先して行動する。大抵の遊んだ記憶の中でも、晃はいつも先頭に立っていた。
どうせ今日は暇だ、断わる理由もない。帰りの時間が少し心配だが、旧好を暖めるのもいいだろう。遅くなるのなら泊めてもらえばいい。
「じゃぁ、行くよ」
「おっしゃぁ!」
ガッツポーズした晃を見て、鈴木と翔也が顔を見合わせて笑う。それを微笑ましく眺めながら、切り出す。
「あと一人···忘れてねぇか?」
この場にいないもう一人の旧友を頭に浮かべながら、晃に問いかける。それを聞いた晃が、ニヤッと笑って親指を立てた。
「アイツか、先に店で待ってるってよ」
俺が呼んだんだ、と自慢げに付け足してニヤける晃····どうやら久々の再開に笑いが止まらないようだ。
かくいう俺も、真顔かと聞かれると自信が無い。
「じゃ、呑みに行くか!」
「「おぅ」」
元気な男達の声に驚いたのか、肉屋のオヤジがチラリと通りを見回した────。