窓ぎわの東戸さん~後輩ちゃんのチャレンジ~
月曜日の朝。私と東戸さんは待ち合わせをして学校へ向かった。そして校門の前には、りほちゃんが待っていた。これも私が昨夜ラインで待ち合わせをしていたからだ。
「おはよう、りほちゃん!」
「おはよー…!」
私たちが近づいていくと、りほちゃんは幾分か緊張した表情でぺこりとお辞儀をした。隣にいる東戸さんの表情が、さっきまでの眠たげなものからいきなりキラキラしだして、私はその様子を詳しく見なくても、りほちゃんが勇気を出せたんだと気づくことができた。
「…ドキドキ、してる?」
「はい、家を出るときからずっと、ドキドキしてます…」
りほちゃんが履いているのは、先週と同じ、白い通学用スニーカー。けれどそこから伸びる健康的な白い素足には、靴下っぽいものは見えなかった。
「昨日の夜はまだ心が揺らいでるって言ってたけど、決心できたんだね!」
「は、はい…!でも、すごくドッキドキです…」
そう言いながら、手を体の前で合わせてすりすり、もじもじするりほちゃん。すごく、かわいい…!
「じゃあ、いこっか…」
「は、はい…!」
私と東戸さん、そしてその後ろから、りほちゃんの順番で昇降口を目指す。ちなみに、東戸さんはもちろん、ごくごく当然のことで、素足にフラットシューズを履いてきていた。先週よりは気温は下がったけれど、太陽にあたるとちょっと暑いなと思うくらいの気候だ。
自分たちの靴箱につくと、私と東戸さんはそれぞれ、上履きを出して履き替える。東戸さんはアサイチなので、しっかりと上履きのかかとまで手を使って履いていた。これがお昼、放課後、となるとだんだんだらしなくなっていく。早いときは教室に着いた途端、上履きを脱いじゃうことも…。
「大丈夫?りほちゃん?」
「は、はい、すみません、お待たせしてしまって…」
「ううん、大丈夫だよー。ゆっくり深呼吸してー」
素足の先輩、東戸さんが、なかなかスニーカーを脱げないでいるりほちゃんを励ましている。やっぱり周囲の目が気になるみたいで、りほちゃんは周りをきょろきょろ。まだ時間が早いせいか、登校してくる生徒は少ない。きっと人の目があるとりほちゃんは委縮してしまうかなと思って、いつもより30分ほど早く登校していた。東戸さんにとってはちょっとつらかったかもしれないけれど、それもりほちゃんが素敵な素足ライフを送るためだ。
「一気に、いくんだよ、えいやって」
東戸さんの声かけに、りほちゃんの決心がついたのか、こくりとうなずくと、もぞもぞとスニーカーを脱ぐと、靴箱から上履きを出して丁寧に床に置くと、素足をそのまま突っ込んだ。手を使ってかかとまで履く。そしてスニーカーを靴箱に入れた。とてもかわいい、素足に上履きのりほちゃんの完成だ。
「…どこか、おかしいところはないでしょうか…」
しいて言えば、靴下を履いていないことなんだけれど、そんなこといっても仕方ない!
「ううん、ぜんぜん大丈夫だよ!かわいい!」
「うんうん、よく似合ってるよー」
いつもよりだいぶん嬉しそうな東戸さん。ひたすらりほちゃんの素足を眺めている。いつおそいかかりはしないかと、ひやひやする。
「じゃあ、教室にいこっか!ここからは一人になるけど、大丈夫?」
「は、はい…。あまりほかの人の目は気にしないようにします!」
「うん、それがいいよ、きっとみんなそんなに気にしないはずだから!」
「ありがとうございます!」
1年生と3年生では階が違うので、りほちゃんとはここでお別れだ。幾分か表情が和らいだ彼女を、手を振って送り出す。ああは言ったけれど、大丈夫かな?
「じゃあ、私たちもいこっか」
「うー、りほちゃんと同じクラスがよかった・・・」
「こらこら、あなたは3年生でしょー」
そのままだとりほちゃんの後をついていきそうな東戸さんを抑えて、りほちゃんの後姿を見送る。廊下を歩いて、やがて教室に入っていくりほちゃん。昼休みに図書室で会おうって約束しているので、話はその時にたっぷり聞くことにしよう。
教室での東戸さんの素足を見ながら時間は過ぎて昼休み。いつものように完全に脱いで机の周りに散らばっていた上履きを履かせて、東戸さんと一緒に図書室へ向かう。特にキャンペーンなどしていなかったので、図書室にいたのは司書の先生と当番の図書委員だけだった。
「あれ、りほちゃんはまだみたいだね?」
靴箱をのぞき込んで、まだりほちゃんが来ていないことを確認する。もうちょっと待っておこうかと考えていると、静かに図書室のドアが開いて、素足に上履きを履いたかわいい後輩がやってきた。
「すみません、給食の当番だったので遅くなっちゃいました!」
「ううん、いいよいいよ、私たちも今来たとこだから!」
「はいろー、りほちゃん」
そう言って、東戸さんはぽいぽいと上履きを脱ぐと、靴箱に入れる。私も同じようにして、靴下を履いた足をカーペットに乗せる。りほちゃんはというと、すこしためらいがちにしっかり履いていた上履きを脱ぎ、素足をのせた。なにもついていない爪、素足。ずっとちゃんと上履きを履いていたのか、白い素足派は赤くほてったようになっていた。
基本的に図書室内では静かにしておかないといけないけれど、図書委員の控室があってそこではおしゃべりもOK。図書委員なら暇なときは使っていいよって司書の先生に言われていたので、遠慮なくそこでお話することにする。お菓子も用意されているし…!それぞれ気になった本を手に取り、カウンター裏の控室へ。ここはカーペット敷きじゃなくて、教室と同じフローリングだった。ちょっとひんやりする。机があるとせっかくの素足が見られないので、私たちは机をずらして、イスを3つ向かい合うように並べて座った。座った途端、東戸さんの目線はりほちゃんのかわいい足先をロックオンする。本を読み、お菓子をたべ、おしゃべり…。楽しい…!
「ここまで過ごしてみて、どう?」
「はい、クラスの子たちにはなにも言われませんでした。安心しました」
「やっぱり、そうだよね!みんなたぶん、そんなに気にしてないと思うよ」
「ですね!でも、やっぱり緊張しちゃって、ずっと上履きは履いたままだったので…」
そう言いながら、足の指をもじもじするりほちゃん。東戸さんが食い気味に、
「ので!?」
「いま、やっと上履きが脱げて、きもち、いいなって」
「でしょでしょ-、やっぱり、裸足だと気持ちいいよねー。わかるよー」
そう言って、素足をぐーっと伸ばす東戸さん。その足先が私の靴下を履いた足に触れる。平常心を装ってはいるけれど、内心、2人の素足女子と素足生活についてのお話をしているなんて、ドキドキしないはずがない。現に、東戸さんほどではないけれど、私もりほちゃんの素足にはちらちらと目線を向けてしまっていた。東戸さんよりもちいさくて、色白で、かわいい素足。触ってみたら、きっとふわふわしているんだろうな…。はっ。いけないけない。変なこと考えてしまった。
「ずっと上履きを素足で履いてると、気持ち悪い?」
ついこの前までは聞けなかったようなストレートな質問をぶつけてみる。りほちゃんなら大丈夫だろうし。一緒にいるのが東戸さんだから安心感はすごい。
「そう、ですね。できれば上履きは脱いで過ごしたいんですけれど、だらしないって思われないか心配で…」
「ほかに脱いでる子、いないのー?」
東戸さんが素足をぶらぶらさせながら尋ねる。
「はい、周りには脱いでる子、いないんです。たまに、男子とか授業中脱いでるんですけど」
「そっか、じゃあちょっと脱ぐのは難しいのかな…」
「そう?私はずーっと脱いじゃってるけど」
「東戸さんはねー、すごいよねー。よく上履きどっかやってるもんね」
「そうなんですね!…うらやましい、です」
おとなしくてかわいいりほちゃんが、上履きを脱ぎ脱ぎしてる東戸さんを”うらやましい”と思うなんて。きっと人の視線を気にしなかったら、りほちゃんは東戸さんと同じくらい足グセが悪いんだろうな。今のりほちゃんは、姿勢よく足を並べて座っていた。
「じゃあ、つぎの目標はそれだね!」
「目標?」
「そう、授業中に上履きを脱いで、いい気持ちになる!」
「上履き、脱ぐ…。できるかな…」
心配そうな表情のりほちゃん。こんな話題に真剣に考えちゃうものだから、それもまたかわいい。
「きっとできるよ!もう素足生活もできてるし、あと一歩じゃないかな?」
「そう、ですね!決心がついたら、今度教室の授業中にチャレンジしてみます!」
「うん、がんばって!」
「同じクラスじゃないのがおしい…」
東戸さんが悔しそうにつぶやいたところで、昼休み終わりのチャイムが響く。このあとは掃除をして5時間目が始まる。
「じゃあまた放課後に!靴箱のところで待ってるね!」
「はい!お話に付き合ってくれてありがとうございました」
廊下に出て、また素足でしっかり上履きを履いたりほちゃんがぺこりとおじぎした。
放課後、靴箱のところへ行くと、すでにりほちゃんが待ってくれていた。しっかりとスニーカーに履き替えて、クラスメイトと笑いながらお話をしているようだった。よかった。クラスに話す子もいたんだ。これまで私たちとしか話してるとこを見ていなかったのでちょっと安心。りほちゃんは私たちに気が付くと、クラスメイトの子とバイバイをしてこちらに駆け寄る。私と東戸さんはそれぞれ靴を履き替えて、
「お待たせ―。じゃあ帰ろっか!」
「はい!」
あれ?なんだか元気だぞ?
「りほちゃん、いいことあった?」
聞いてみると、
「えへへ、さっそく、やっちゃいました…」
あたまをかきかき、照れてれしながら答えるりほちゃん。もしかして…。
「え、りほちゃん、もしかして…!」
東戸さんが目をきらきらさせて先を促す。
「はい、6時間目は移動教室で理科室の授業だったんです。席が一番後ろであまり人に見られない位置なので、こっそり、上履き、脱いじゃいました…」
素足でしっかり履いているスニーカーに視線を下ろし、ほおを赤くして、もじもじしながら話すりほちゃん。本当に、かわいい…。
「がんばったんだね!どんな、気持ちだった?」
私たちは歩きながら、りほちゃんのチャレンジの詳細を聞いていった。
「はい、やっぱり、靴下を履かずに上履きを履いていると暑くなっちゃって。図書室では脱いでいたから、それが気持ちよくって。5時間目の間はずっともぞもぞしてて…。6時間目は我慢できなくなって…。ドキドキしたんですけれど、気持ちよかったです…!」
初めてのチャレンジに成功して嬉しいのか、口数の多いりほちゃん。表情もとてもうれしそうだった。それを黙って見守る東戸さんも、私服の表情を浮かべている。
「誰かに見られたり、した?」
「いえ、どうでしょう、隣の子たちはみんな黒板を向いてたり、反対を向いてたりして、足元は見えていなかったと思います」
「じゃあ、安心だったね」
「はい。あ、でも、やっぱり教室で脱ぐのはまだちょっとできなさそうで…」
「うんうん、ゆっくり、挑戦していこう…!」
やがて公園に着いたので、まだまだ話も聞きたくて、私たち3人はそこのベンチで続きを話すことにした。座る順番は、私、りほちゃん、東戸さん。目の前には滑り台と砂場があって、小さな女の子たち3人が仲良くかわるがわる滑っていた。小学生かな。
「ふう、りほちゃん、順調にチャレンジできてていい感じだよー」
ベンチに座った途端、かかとから足をうかせて、フラットシューズを脱ぐ東戸さん。完全に素足になって、足を前に伸ばす。公園には遊ぶ子供たちのほかに、ランニングする人やゆっくり散歩する人など、少しだけ人の姿も見える。住宅街の公園らしく、犬の散歩やボールを使った遊びなどはNGらしい。
素足になった東戸さんの足にちらちら視線を向けるりほちゃん。ある決心をしたのか、それまでしっかりかかとまで履いていたスニーカーから、わずかに素足をのぞかせた。そしてスニーカーのかかとを地面につけ、ぐいっと素足をのぞかせる。ちょうど風が吹いて、私たちの髪を揺らす。
「…えへへ、脱いじゃいました、くつ」
私たちの視線に気づいたのか、ほおを赤くしてそう恥ずかしそうにつぶやくりほちゃん。東戸さんは相変わらず目をキラキラさせて、スニーカーの上に置かれたりほちゃんの小さな素足にくぎ付けだった。解放感からか、意識していないだろうけれど足の指がもにもにと動いている。
「やっぱり、気持ちいいよね!こう、ぐーっとのばしたらリラックスできるよー」
そう言って、素足を前にグイッと伸ばす東戸さん。まねしてりほちゃんも足を前に伸ばす。
「はい、風がとっても気持ちいいですね!」
そしてテンションが上がったのか、それまで滑り台で遊んでいた女の子たちが帰ると、東戸さんは裸足のまま立ち上がって、滑り台の階段を昇っていった。
「西野さーん」
滑り台の上から手を振る東戸さん。こっちもかわいい。制服に、裸足のまま公園で遊んでいる。とってもいい光景ではないか…!そしてそのまま砂場に向けてすすすーっと滑ると、裸足を砂場にダイブ。帰ってきた東戸さんの裸足はすっかり細かい砂まみれだった。
「久しぶりに滑ったよ、まだまだいけるね!」
小さな子どものように無邪気にはしゃぐ東戸さん。その様子を、ほほえましくりほちゃんも眺めていた。
「つぎは、りほちゃんも、おいで!」
「え、わたし、ですか?え、ちょ!」
テンションのあがった東戸さんはもう止められず、素足をスニーカーの上にのせていたりほちゃんの手を取ると、靴を履く間もなく、裸足のまま連れ出した。
「ちょ、く、靴…!」
「だいじょうぶ!あとで洗えばいいよ!」
びっくりしたのか、顔を真っ赤にしていたりほちゃん。けれど東戸さんに促されて滑り台の階段を上がり、てっぺんに裸足で立ったりほちゃんは、吹っ切れたのか楽し気にこちらに手を振ってくれた。後から東戸さんもやってきて、2人の制服裸足の女の子が順番に滑り台を滑っていった。裸足をざぶんと砂場にダイブさせるりほちゃん。恥ずかしさは引いたのか、顔の赤みは引いて、とても楽しそう。そのまま何度か滑り台で遊ぶと、裸足のままこちらに戻ってきた。
「楽しそうだね、りほちゃん!」
「は、はい、裸足で砂の上を歩くのって、久しぶりです!」
「気持ちいい?」
「そう、ですね。さらさらしてて、風も吹いてて、気持ち、いいです」
そう言って、足で砂の地面をなでるりほちゃん。隣で見守る東戸さんの表情はとてもうれしそうだった。
「今日は、本当にありがとうございました!」
あの後、公園の水道でそれぞれ足を洗ってまた靴を履いたりほちゃんと東戸さん。濡れた足で靴を履くのはちょっと履きにくそうだったけれど、家まではもうすぐらしく、我慢して履いているみたい。東戸さんはというと、フラットシューズのかかとを踏んでそこから足をパカパカさせている。
「これで明日からもきっと大丈夫だよ、りほちゃん」
「そう、ですね!明日も、素足で行くことにします…!」
「わあ、楽しみにしてるね!」
東戸さんはそう言って、りほちゃんをぎゅ。
「は、はい、がんばります!」
「ほらほら、そろそろ帰るよー」
なかなか離れない東戸さんをなだめて、私たちはそれぞれの帰路に就く。
「じゃあね、りほちゃん!」
「はい、また明日、です!」
「ばいばいー」
一日でいろんな経験をしたりほちゃん。東戸さんの力がかなり大きかった気がする。このまま、立派な素足っ子に育ってほしいな…!
つづく