キツネと油揚げ
「ごちそうさまでした」
夕食を食べ終わり淹れてもらったお茶啜っている。夜見さんの作ってくれた夕食はどれも美味しくてついつい食べ過ぎてしまい、ちょっと苦しいくらいだ。
年々量が減っていくコンビニ弁当に飼いならされていたせいか食が細くなってしまったのかもしれない。
夕食後の洗い物はさすがにしてもらうわけにはいかないと思って、俺がやると言ったのだが「せやったら二人でやった方が早う終わるさかい」ということになり、俺が洗って、夜見さんが濯ぎと乾燥機に入れるという役割分担で作業をしている。
洗い物をしながらさっきの美味しかった夕食を思い出すと気になる点が一つあった。
油揚げだ。
お揚げと小松菜の炊いたんだけでなく、お味噌汁の具にも油揚げが入っていた。俺は油揚げが嫌いというわけではないので問題はない。ただ、キツネといったら油揚げはセットのように思える。夜見さんの好物なのか?
夜見さんは顔をこてっと傾けて俺の質問の意図を探っている。
この姿だけでもかなり可愛い。見惚れて皿が手から滑り落ちそうになるくらいだ。
「あー、今日の献立はたまたまです。でも、うちの周りでおあげさん嫌いな人は聞いたことないなぁ。やっぱりみんな好きやと思います。もしかして、陽さんは苦手やった?」
そんなに覗き込むように見ないでください。あなたは自分の持っている攻撃力をもっと自覚した方がいいです。無邪気に遊んでいる子供のおもちゃが実は青龍刀なくらい危ないです。
「そんなことはないよ。ほら、やっぱりキツネといったら油揚げだからさ」
「うーん、大好物というわけやないけど、無いと寂しいって感じやわぁ」
油揚げが無意識に無いと寂しいレベルってなかなかだぞ。ってことは、今後も油揚げはいつもどこかに入っていそうな気がする。
「俺もそのうち油揚げが無いと寂しいと感じるようになるかもな」
「……それって、うちのご飯毎日食べてくれはるってこと?」
夜見さんの頬がぽっと朱に染まり恥ずかしそうにうつむいた。
あれっ? 俺が言ったのって、あなたの味噌汁が毎日飲みたいっていうようなべたべたのプロポーズの言葉だったりする?
「えっ、あっ、いや、そのなんというか、毎日食べたくなるくらい美味しかったというか……」
「あ、あ、そういうこ――」
慌ててしまったからか乾燥機に入れようとした皿が夜見さんの手から滑り落ちた。
俺は洗いかけの皿と泡まみれのスポンジを持っているので手を出すことは出来ない。だからとっさに足を出して受け止めようとした。まあ、受け止めることが出来なくても床ぎりぎりで足でワンバウンドさせれば割れずに済むと思った。
「痛っ」
俺の予想通り皿は足の甲でワンバウンドしてから床にからんと落ちたが、足への衝撃は思っていたものより大きくて思わず声が出てしまった。
「だ、大丈夫ですか」
夜見さんはすぐにしゃがみ込んで俺の足を擦る。男のゴツイ手とは違い柔らかな夜見さんの手でさすられるとそれだけ痛みが飛んでいくだけでなく、程よい気持ち良ささえある。
「夜見さん、もう大丈夫だよ。それより、お皿は割れたり、欠けたりしてない?」
これ以上の快感は危険と判断して即座に別の指示を出す。鬱血した指をふーふーしたり、足を擦ったりと夜見さんは距離が近い気がする。これらはすべて彼女の作戦なのか天然なのか……、どちらにしても気を付けてないと彼女に飲み込まれてしまいそうだ。
「お皿の方は無事やわぁ。おおきに」
笑顔でお皿を掲げる様子を見ると、あの程度の痛みはなんてことない気がした。
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