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【最終回】末永くお願いします

 俺も入浴と就寝の準備を済ませて寝室に入ると、夜見さんはベッドの端の方で外側を向くようにして横になっていた。これは最初の夜に俺がしていたのと同じだ。ただ、目は瞑っていないので寝ているわけではないようだ。


 彼女が端で小さくなっているせいでベッドの余白がすごく大きい。でも、それと同じくらい大きな穴が心にすっぽり空いているみたいで寂しさしか出てこない。


 時刻はすでに0時を回っている。曜日が変わり夜見さんと一緒に暮らすようになった日と同じ土曜日だ。


 あの急転直下で運命が変わった日からまだ一週間しか経っていないのに俺の中で夜見さんの存在はすごく大きくなっている。


 ベッドに入った俺は横にならず正座をして夜見さんの背中に語った。


「今日のことについては本当に悪いことをしたと思っているし、夜見さんを不安にさせてごめん。でも、怒るなら怒って、呆れるなら呆れて、嫌いになっというならそう言って。何も言わず何の反応もないのは辛いから」


 すると夜見さんはころりと転がり俺の方を向くとむくっと起き上がって同じように正座をして互いに正対した。ただし、顔は笑顔ではなく碧い目ですっとこちらを見ている。


「うちは陽君の話を信じてます。せやから大久保さんとキスしたのも陽君の本意ではなくて大久保さんが強引にいたものだと信じてます。放課後にあの場所でどんな話をしたのかもご飯の後に陽君が話したことを信じてます。せやけど、うち以外の子とキスをしたのはやっぱり嫌や」


 夜見さんの言うとおりで、いくら本当のことを話して俺が大久保さんと仲良くしていたわけじゃないということを信じてもらえてもキスをした事実は覆らない。


「だから、陽君にはうちのお願いをいくつか聞いて欲しいと思います」


 いったい夜見さんはどんなことをお願いするのだろうか。思わず目をキュッと瞑って、唾をごくりと飲んでしまった。


「まずは、公園で大久保さんと話した時みたいな優しい感じの話し方はうち以外にしないでください。あんなのを他の子にもしたらまた勘違いをするような子が出てくるやもしれへんから」


 あの話し方は大久保さんを落ち着かせるためのものだから他で使うことは今後ないだろう。夜見さん以外に使わないでってことは夜見さんはあんな感じで話して欲しいのだろうか。明日にでも試してみよう。


「つぎは、う、うちのことも名前で呼んでください」


「美月さん……でいいかな」


「大久保さんは呼捨てで、うちは〝さん〟付けですか」


 夜見さんの目の温度がみるみる急降下しているのがわかる。まずい、説明が足りない。


「俺としては呼捨てだから距離が近いとか呼捨てだからより親しいという感覚じゃないんだ。俺は美月さんが好きだし、敬愛してる。それに俺も美月さんのことを思慕しているからやっぱり〝さん〟が付いている方がいいと思う。この〝さん〟付けは慕う気持ちを乗せたものだから」


「ま、またそうやって……、こういう時はほんま陽君はすぐに言葉が出はる。ずるいわぁ」


 夜見さんは顔を伏して小さくぷるぷる震えている。まずい、やっぱり呼捨てじゃないとダメだったのだろうか。


「わ、かわりました。〝さん〟付けでええです。次のお願いで最後です。陽君と大久保さんがキスをしてた記憶が上書きされるようにうちをだ、抱いてください」


 抱いてくださいって、抱きしめてくださいの間違えじゃないよな。抱くってことはつまり大人の階段昇るってことなのか。いや、待て待てちょっと落ち着こう。もしかしたら、美月さんは抱きしめてと言ったのに、俺の脳の不埒な願望によって、間違って認知してしまったのかもしれない。でも、もう一度言ってなんてことは言えない。


 そうだ、一度抱きしめればいいんだ。その時の美月さんの反応を見て、その先を考えればいい。


 ベッドの上で互いに正座をしているので、一度膝立ちになって美月さんに近づいてから優しく抱きしめようと思って膝立ちになった。


 ただ、その瞬間、少しの足の痺れと不安定なベッド上、美月さん捜索の疲れなどすべてが重なり合った結果、普段なら何でもない膝立ちのはずが、バランスを崩してしまい、美月さんの方に倒れ込んでしまった。ぶつかると思ってとっさに突き出した両手は美月さんの肩を押す形になってしまい、正座をしていた美月さんはころんと簡単に倒れてしまった。


 つまり、美月さんを抱きしめようとした俺は、抱きしめるのではなく押し倒してしまったのだ。


 美月さんの顔との距離は拳二つ分ほどで、息遣いまでが聞こえる距離だ。


「陽君、ええよ」


 消え入りそうな声は小さく震え、キツネ耳は先の方がふにゃりとして、彼女の手に触れるといつもより冷たい。


 本当にこのまま突き進んでいいのだろうか。美月さんは大久保さんに対抗するような気持ちで抱いてなどと言っているのではないか。


 そこで俺は美月さんの首の下に腕を入れて、覆いかぶさった状態から腕枕をする態勢へとチェンジして、枕になっている手で肩を抱き寄せキスをした。


「キスだけですか?」


「うん、キスの記憶はキスで上書きできない?」


 美月さんはフッと笑うと暮方さんにも負けないようないたずらな笑みを浮かべた。


「うーん、それはキスにどれだけ心がこもっているかによります」


「おっと、さっきのキスでは心のこもり方が足りないと」


「どないやろ。さっきの一回ではわからんさかい、もっとたくさんしてもらえればわかるかと思います」


「それじゃあ、わかるまで心を込めて――」


 ●


 さらさらの銀髪を敏感な耳に触れないように気をつけながら優しく撫でる。


 すやすやと寝息をたてる美月さんの顔はどれだけ見ても見飽きないし独占していたい。


 クラスメイトだったとはいえほとんど話すことがなかった彼女と急に一緒に暮らすようになってたった一週間。彼女の言うところの俺の永久凍土並の理性はまだ溶かされていないが、それでも、俺は彼女なしではダメなくらいになってきている。もう、大沼荘の時のような生活には戻りたくない。


 だから、今の生活を守るためにも今日のようなことが起きないように気を引き締めなければならない。


「……陽君、お慕いしています……」


 寝言だろうか。あまりはっきりとしたものではない呟きが聞こえた。


 寝言に対して、返事をするのは良くないらしいが今日は許してもらおう。


「美月さん、これからも末永くお願いします」


 美月さんの口元が少しだけニヤっと動いた気がするけど気のせいだろう。俺はもう一度彼女の頬にキスをしてから意識を微睡まどろみのなかに溶かしていった。


(おしまい)

― ― ― ― ― ―


 ここまで長い間読んでいただきありがとうございます。読者の皆様の★★評価★★★やブックマークが次の作品の制作の活力になりますので何卒一つよろしくお願いします。

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