許嫁選定会議【後編】
「まあまあ、夜見さんところのお嬢さん、そんなに力まなくても」
どっぷりとした布袋さんみたいな体形のおじさんが割って入った。この人は順位でいうと二位の子のお父さんだ。
「ここに集まっとるどの子も本音を言えば、いくら御利益の達成のためとはいえ今時、許嫁なんてものになりたいとは思わんし、両親だって全然知らないところに嫁に出すなんてことはしたくはない。しかも、相手はまだ高校生だ。許嫁として差し出したにもかかわらず、この東雲君が他の子に目移りするかもしれない。そんなことになったら堪らないだろう。今日ここで、この中の誰が許嫁になるのではなくて、逆に誰もなりたくないという結論もある。そういう結論を神様にも報告して、許嫁ではない他の御利益を与えるというようにする方法もおっちゃんはあると思ってるよ。夜見さんのお父さんだってお嬢さんが許嫁になるのは複雑な気持ちやろ」
なるほど、この布袋おじさんは最初から自分の子供を許嫁にするつもりなどない。そこで、ここにいる全員が許嫁になることを拒否して、許嫁コースそのものの崩壊を狙っているんだ。そういうことだから、許嫁候補の子供も最初から連れてきていないというわけか。
話を振られたお父さんはほんの微かに鼻で笑ったように息を吐いた。
「まず、私としては娘が自ら許嫁になることに名乗りを上げるということであれば、一生懸命頑張りなさいと応援をしたいと思います。彼女は神使のキツネの娘として非常に意識が高いようで、中学に入る前から料理を覚えることを始め、家事についてはすでに一通りできますし、教養についても東京の進学校で勉学に励んで、いつどのような役目を仰せつかってもいいよう備えていることは私も知っています。また、ここで話し合うべきは、許嫁に誰もなりたくなということの確認ではなく、御利益を受ける東雲君がどうしたら幸せになるか、そのために事前の資料だけではわからない部分を含めて検討をするということかと思います」
布袋おじさんとお父さんの発言をきっかけとしてお通夜ムードだった話し合いはヒートアップしていき四時間以上の攻防の末、本人のやる気が一番重要だろうということになり、うちが許嫁になることが決定された。
話し合いが終わると今後の細かな流れについては後日に説明ということで、再び東京に帰るべくお父さんと車で京都駅へと向かった。日帰り出張のサラリーマンのようだ。
運転中のお父さんの話では布袋おじさんとお父さんは仕事上対立する派閥にいるということだ。
布袋おじさんは自分の娘が候補リストに載ってしまったが許嫁にはしたくない。そんな時にうちが名乗りを上げたことで、自分のところが許嫁になることを拒否すると見栄えが悪いので、赤信号みんなで渡れば怖くないというように候補者全員が許嫁になることを拒否するという作戦に出たのであろうということだ。
そういうことならば、お父さんがうちを援護する発言をしたのは自分の娘が許嫁に決まれば、神様や周りの人からお父さんは自分の娘を差し出してまでこの仕事に尽くしてるちゅうアピールになるからやろか。
お父さんの真意はわからないが、許嫁の権利は勝ち取った。あとはこれで五千日を達成してもらえれば問題ない。
しかし、年明けからその時に備えて準備をしていた矢先に陽君が大久保さんと付き合いだして御利益一時停止となってしまったのだ。
●
放課後の旧校舎裏で二人に何があったのか、やっぱり、陽君からちゃんと話を聞かなあかん。
そして、陽君が話す内容がどないなもんでも信じる。
まあ仮に、陽君が本当に大久保さんとうちで二股をかけとった場合は、縛り付けて市ヶ谷の防衛省の電波塔にでも吊るすことにしよう。
話を聞いてそれを信じるのとお仕置きは別の話や。
気持ちが固まると落ち着きを取り戻してきた。壁に掛けられた時計を見るといつも夕ご飯を食べる時間を過ぎていることに気付くと同時に何の連絡もなく帰らない自分のことを陽君が心配しているのではと思った。
スマホを取り出すと案の定、着信と未読メッセージが何件も来ている。
取り急ぎ安否については心配ないことと、もうすぐ帰る旨のメッセージを送るとすぐに既読が付いた。やはり、心配を掛けていたようだ。
鈴木さんにもう一度陽君とよく話してみますと伝えたところで再度メッセージが届いた。
東雲:)無事でよかった。天明さんと一緒に心配していたところでした。大久保さんのことは夜見さんが帰って来てからちゃんと話します。
夜見:)うちが帰って来なくて兄さんに相談してたの?
東雲:)うん。夜見さんが行きそうなところを聞いていました。あと、大久保さんのことについても相談して、そっちは、俺に化けた天明さんが直接大久保さんと話して上手く話をまとめてくれるとのことです。
兄さんはうちよりずっといろいろな術を上手く使えるので、陽君に化けることは出来ると思うけど、面識のない大久保さんと上手く話がまとまるのだろうか。
なんだか嫌な気ぃする。
兄さんはけっこうシスコンなところがあるから、今日の放課後の件で大久保さんに何か手荒な方法を取るかもしれない。もちろん、怪我をさせるようなことはしなくてもお父さんが陽君にしたみたいに大久保さんの記憶から陽君やうちの記憶を消すようなことならするかもしれない。
すぐに通話アプリに切り替えて陽君に電話を掛ける。そこに兄さんもいるなら代わってもらおう。
呼び出し音が鳴るとワンコールで陽君が出た。
「もしもし、陽君?」
『よ、夜見さん、あ、あの大久保さんのことは本当にごめん。なんて説明していいか――』
「陽君、その話はあとでちゃんと聞くけど、兄さんはまだそこにいはる?」
『天明さんならもう大久保さんに会いに出発してるけど』
「うち、なんか嫌な気ぃするんよ。一度、兄さんを止めた方がええと思う。大久保さんとはどこで会うの?」
陽君から待ち合わせ場所の公園と時間を聞くと自分もそっちに向かうから陽君もそっちに向かって兄さんを止めて欲しいと伝えた。
ここから大久保さんと兄さんが会う公園まではちょっと距離があるから急がなければ。
「みーづきちゃん、今話してた公園まで行くんだろ。それなら僕が送ろう」
そう言いながらヘルメットを二つ持った鈴木さんがリビングのドアを開けてくれた。
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