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事実と真実【夜見さん視点】

 急で申し訳ないとは思いながらも他に頼れる人がいないので鈴木さんに連絡をして相談したいことがあるから伺ってもいいかと尋ねると即決でOKだった。


 鈴木さんが仕事場兼自宅としているマンションにはこれまで何度か行ったことがある。学校から地下鉄に乗って3駅先にあるそのマンションに着いて玄関ドアのインターフォンを鳴らすとすぐにドアが開けられた。


 鈴木さんは悪い人ではない。だけど、うちはその見た目がちょっと苦手だ。少し前頭部が薄くなってきた頭髪は短く刈られて金髪に染められており、耳にはたくさんのピアス、指にはゴテゴテした指輪をしていて、濃い紫色のスーツを着ている。こんなファッションなのに顔は太めの眉で茶目っ気がある雰囲気なのだ。


 どこからどう見ても不審者でしかない。ここが新宿だからこの姿でも通報されないだけで、他の地域ならすぐに通報か職質の嵐に合いそうな人だ。


 リビングに通されると以前に会った時と同じようにお客さん用のソファーに座るよう勧められ、鈴木さんはお茶を準備するからと一度キッチンの方に消えた。


 リビング兼打ち合わせスペースのこの部屋には天狗や狐のお面が飾られていたり、大きな本棚には年季の入った難しそうな本がたくさん並べられており、リラックスして過ごす空間というよりもちょっとした民俗学の研究室のような雰囲気がある。


 グラスに入れられたウーロン茶を出してもらったのでぐいっと半分くらい飲んだ。当てもなくふらふらと歩いていたので喉が乾いている。


 鈴木さんもちびりと一口飲む。グラスを持つ手の小指が立っているが気にしないことにしよう。


「みーづきちゃん、急に相談事ってどうしたの? 許嫁の彼氏と喧嘩しちゃったとか?」


 この見た目と台詞と中低音のイケボというすべてがアンバランスな鈴木さんにどんな感じで接していいか未だにわからない。


「先日はいろいろおおきにありがとうございます。今日はその……今、鈴木さんが言うたように許嫁の件なんですが――」


 思い出したくはないが、先程、旧校舎の裏で見た陽君と大久保さんのことについて話をした。


 ちなみに大久保さんが陽君と付き合っている時に浮気をした現場の写真を撮ったのも鈴木さんだ。大久保さんは本当に陽君から気持ちが離れて浮気相手と一緒になっているのかということも聞きたい。


「なーるほどね。僕はね、意外かもしれないけど男女の仲とか恋愛とかというものにあまり詳しくなくてね。こう見えてまだ独身だしさ」


 誰かこの会話に対する正しいリアクションを教えて欲しい。どうやら、うちは相談する相手を間違うてもうたらしい。


「でもね、美月ちゃんが見たその様子は事実だと思う。でも、それが真実かどうかはわからないんじゃない。事実と真実は異なることもよくあるから」


「それって、どないな意味ですか」


 すると、鈴木さんは立ち上がりテーブルの隅に置いてあったノートパソコンを開いた。


「この写真は美月ちゃんも持ってるだろ」


「はい、陽君と付き合ってる時の大久保さんが浮気相手とテーマパークに行った時のですね」


「そう、この時撮った写真ってこれだけじゃないんだけどさ……、ほら、これとかどう?」


 次に鈴木さんが出した写真は大久保さんと浮気相手ともうひとカップルが一緒にご飯を食べている時のものだ。


「えっ⁉ この時って二人きりでテーマパークに行ったんやなかったんですか?」


「まあ、二人きりではないね。なんだい、いわゆるダブルデートってやつかな。でも、彼女が浮気をしたという事実は変わらない。ただ、二人きりのデートだと思っていたものが実はダブルデートだったってわけだ。美月ちゃんの許嫁の場合はどうなんだろうね。もっと大きく違うかもしれないよね」


 陽君が大久保さんとキスをしていたのは事実だけど、うちは二人の会話は聞いてないし、キスの場面以外の二人の様子もほとんど見ていない。


「今日の場面で何が起きていたかは二人しかわからない。その時のことを美月ちゃんは許嫁から聞いて信じられるかな」


 陽君は何を語るだろう。何を語っても信じられるだろうか……。


「不安かい? 美月ちゃんのお父さんに聞いた話じゃ。今回の許嫁件は自ら啖呵を切って勝ち取ったんだって。それなら、その時の気持ちを思い出せば不安に思うことなんかないんじゃない」


 そう、今の許嫁の立場は与えられたものちゃう。自分で取りにいったものや。


― ― ― ― ― ―


 本日も読んでいただき誠にありがとうございます。評価、ブックマークをしていただけると活力になりますのでよろしくお願いします


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