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大久保夕は壊したい

 放課後になるとすぐに教室を出て行く大久保さんの姿があった。おそらく旧校舎裏へ先に行ったのだろう。後を追うように行くこともないと思い、夜見さんに再度少し用事で残るから先に帰って欲しいと伝えてから向かうことにした。


 旧校舎裏は普段から人気ひとけが少なく告白などでよく使われる場所だ。そんなところに呼び出してどんな話があるのだろう。


 待ち合わせの場所に行くと元カノである大久保さん以外の姿は見えない。

 爽やかな午後の風が彼女の髪を揺らしている。表情は怒っている様子はないので少し安心した。


「陽、来てくれてありがとう」

「どういたしまして。スマホのメッセージだけど無視してごめん。なんというか、別れた後だったからどうして今さらという気持ちになって見れなかった」


 はにかんだ笑顔を向ける大久保さんに対し、こちらは努めて冷静に答えた。


「私の方こそ別れ話を電話でしてしまったし、あの時は陽を傷つけるような言葉を言ってしまってごめんなさい」


「たしかにあの言葉はけっこう効いたよ。付き合っていた彼女からあんなふうに言われて傷つかなかったと言えば嘘になる」


 最初に大久保さんから謝罪の言葉が出てきたのは意外だった。別れた時の電話の様子から相当俺のことを嫌っていると思っていたし、夜見さんの写真だと浮気相手にかなり惚れ込んでいる様子もあったから謝罪なんてないと思っていた。


「本当にごめんなさい。でも、あの後、すぐに夜見さんから告白されてOKを出すなんてあまり陽らしくないなと思ったわ。いつもの陽なら告白されても気持ちを切り替えられないからとか言って保留にしそうなのに」


 やはり、夜見さんとの関係について突っ込んできた。それに付き合っていた期間は数カ月とはいえ、俺の性格をよくわかっている。


 大久保さんの話に対して「もう、お前には関係ないだろ」というように突き離すことも出来るかもしれないが、今のところあちらも謝罪から入ってきているし、喧嘩腰ではないので穏便に話を進めたい。それに、夜見さんから情報提供がなければ知らなかったであろう彼女の浮気のことについては触れないままでいたいと思っている。


「最初は大久保さんの言うように保留にしたんだ。でも、俺が振られて落ち込んでいるところを慰めてくれたり、一緒にいて楽しいし、俺のことすごく気にしてくれるから付き合いたいと俺も思ったんだ」


「へー、夜見さんって普段はそんな感じじゃないから意外ね。私ももっと積極的にした方がよかったのかな」


「えっ?」


「だって、私とは付き合っていることをみんなに秘密にしていたし、あまり手を繋いでくれることもなかったじゃない? 学校でお昼を一緒に食べることもなかったし。それに私が髪切った方がいいんじゃないって言っても切ってくれなかったけど、夜見さんが言ったから切ったんでしょ。私と夜見さんの何がそんなに違うのかな」


 大久保さんと夜見さんで何がそんなに違うかと言われると正直困る。

 入学してたまたま同じクラスになった大久保さんを好きになったのは、彼女が時折見せるはにかんだ笑顔が素敵だったし、お互いに歴史の話で盛り上がったりしたことからだろう。


 そしてなによりイケメンでも陽キャでもない俺の告白をOKしてくれた。


 でも、大久保さんの言うとおり、俺は彼女とカップルらしいことをしていなかった。言い訳をすれば、恥ずかしさや初めての彼女でどうしたらいいかわからなかったということもある。


 だから、大久保さんと夜見さんで何が違うということが原因じゃなくて俺が悪いだけだ。


「私ね、もしかして、陽がそうやって夜見さんと仲良くしてるのって、夜見さんに何か弱みを握られているからじゃないかって思ったの」


 襟巻問題のことを考えれば、当たらずも遠からずというところだ。暮方さんといい大久保さんといい何か弱みでも握らないと俺と夜見さんはくっつかないらしい。


「そんなことないよ。夜見さんはそんなことする子じゃないか――」

「陽、どうして、嘘つくの?」

「えっ? 嘘なんかついてないよ」


 被せ気味で俺が言ったことを嘘だなんて判断するなんてどうしたのだろう。


「私、知ってるの。陽って嘘をつくときに左の眉毛がちょっとだけぴくって動くの」


 母親しか知らないこの癖を見抜いていたとは迂闊だった。うそをついたつもりはなかったが、襟巻問題があったから俺と夜見さんが一緒に暮らすようになったわけだし、その結果、付き合うようになった。俺は襟巻問題を弱みを握られているとまでは思っていなかったけど、一緒にいることの理由としていたのは間違いない。その深層心理的なものが出てしまったようだ。


 ◆


 やっぱり、夜見さんは陽の弱みを握っていて、それで強引に付き合っているんだ。


 そうでなきゃ、付合ったばかりの陽があんなに校内でイチャイチャしたりアドバイスを聞いて髪を切ったりするはずがない。


 もしかしたら、陽と付き合っている時に私を遊びに誘ってきた彼も夜見さんが仕掛けたハニートラップではないだろうか。私がハニートラップにかかり陽から気持ちが離れたその瞬間を狙って、陽にアプローチを掛け、弱みも握ったのではないか。それなら、タイミングの良さも説明がつく。


 その時、陽の後方の校舎の陰に人影が見えた。一瞬だけれどもその特徴的な髪色からそこに隠れてこちらの様子を盗み見ているのが夜見さんであることはわかった。


 陽がここで私と会うことを教えたのだろうか、それとも陽の後をつけて来たのだろうか。どちらにせよ、隠れてこちらの様子を見ていることに変わりない。


 何をしに来たのだろう。私の前に現れて彼女としてマウントを取りに来たのだろうか。


 私と違って陽の弱みを握って強引に付き合っているくせに。


 今ならきっと夜見さんのように陽に積極的に接することが出来るし、そうすれば、陽もそれに合わせて手を繋いだり、一緒にお昼ご飯を食べたり、もっと先の展開だってあるはず。


 だから……、相手の弱みを握って付き合っているようなカップルなんて壊れてしまえばいい。


 ◆


「どうして、嘘をついてまで夜見さんを庇うの? どんな弱みを握られているかわからないけど私は陽の味方だから」


 どうやら大久保さんは何か壮大な勘違いをしているようだ。それもかなり正すのが難しそうな雰囲気がある。ただ、ちゃんと勘違いを解いておかないとあとで変な噂を流されては大変だ。


 俺は大久保さんの勘違いを解こうと、大人が子供に話しかける時のように小柄な彼女の目の高さに合うように少ししゃがんだ。彼女は目の高さが合った瞬間に片方の口角を少し上げた。


― ― ― ― ― ―


 本日も読んでいただき誠にありがとうございます。評価、ブックマークをしていただけると活力になりますのでよろしくお願いします



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