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ちょっとキスしただけのことです

「ねえ、東雲君、君と美月は本当に昨日何もなかったの? 朝から美月が蕩けた締まりのない顔をしているから絶対に何かあったと思って聞いたんだけど話してくれないんだよ」


 隣に座っている暮方さんは日替わりランチのささみチーズかつを箸で摘まみながらお得意の悪戯っぽい笑みを浮かべている。


 今日の席順は俺と夜見さん、暮方さんと勝又が向かい合わせになるような形で正方形の机に座っている。


 勝又は暮方さんが隣に座っている時は彼女の無防備な胸をチラチラと見るので、いっそのこと向かいに座らせた方がいいのではと思ったところだ。


「どうだろ、昨日は特別なことはなかったと思うけど」


 大噓である。

 夜見さんのお兄さんである天明さんの電撃家庭訪問があり、襟巻問題が夜見さんの勘違いだったことがわかり、俺と彼女の縁が五年前からのもので、そして何よりお互いにちゃんと好きであるということを伝えることができた。


 ラーメンならトッピング全部乗せ、野菜と油増し増しみたいな一日だった。でも、それのどれをとっても暮方さんや勝又に話すことは出来ない。


「ふーん、そんなことはないと思うけどね。まあ、東雲君が髪を切って前よりかっこよくなったからそれに美月が惚れ直したってところかな」

「あ、茜、何を言うてるの⁉ たしかに陽君は今の髪型のほうがかっこええとは思うけど……、それにうちはそんな蕩けた顔なんかしてへんよ」


 このように夜見さんは言っているが、実際は蕩けていたと思う。俺から見ても今日の夜見さんは声を出さずとも表情からにへへへへというような声が聞こえてきそうなほど蕩けている。


 あと、みんなの前でかっこいいとか言わないで欲しい。こっちの土台は前と変わらないし、夜見さんがかっこいいなんていうとハードルが高いから。


「そう? 私は美月のそんな幸せそうな顔は初めて見たんだけどなー。それにしても東雲君は上手くイメチェンできたよね。女子のなかでも東雲株は急上昇中だよ」


「そうだな、男子の中でも陽がちょっとかっこよくなったから、夜見さんの彼氏でも仕方ないかという諦めムードも出てきているしな」


 そうなのか⁉ 言われてみれば、今日は手繋ぎ登校をしたにも関わらず、怨み・妬みの視線やどこからともなく飛んでくる消しゴムのかす攻撃があまりないと思った。


「勝又に暮方さん、俺をそんなに持ち上げても何も出ないし、期待しているような話は話さないよ」

「あれれ、東雲君、何も出ないのはいいけど、話さないってことは、本当は何かあるけど、隠しているってことかな?」


 しまった。暮方さんたちに持ち上げられてちょっと気が緩んでしまった。


 暮方さんはしてやったりという笑みを浮かべている。おのれ策士め、勝又と息ぴったりのコンビ技で俺を陥れるとは。


「やっぱり、何かあったんじゃないか。この勝又暁様に隠し事とはいい度胸じゃないか」


 まずい、まずい、何かいい言い訳か、出しても大丈夫な情報でこの場を収めないと。


「大したことあらしまへん。ちょっとキスしただけのことです」

「「ええっ‼」」


 夜見さんは昨夜の夕飯のおかずがいつもより一品程度多かったくらいの感じで話しているけど、勝又と暮方さんはその感じで受け取ってないからね。


「陽、朝話したじゃないか俺とお前は手を繋ぎながら一緒にど――」

「言わせねーよ。それ以上しゃべると二度とこの場に呼ばねーぞ」


 勝又の口を手で塞ぐとそのまま頭と顎を持ってもぐもぐと咀嚼させてご飯と言葉を一緒に飲み込ませた。


「東雲君も隅に置けないね。こんなにも早く進展してるなんて驚きだよ」


 暮方さんは驚いているというより、俺と勝又の様子を含めて楽しんでいるかのようだ。


 これは絶対に一緒に暮らしているとか、暮らし始めた日からキスしたとかということがばれてはならない。そんなことがあれば一晩中でも暮方さんにいじられることになる。


「ま、まあ、付合ってればそのくらいはね」


 二人の反応がこのくらいで済んだことを思えば、夜見さんの情報の出し方は正解だったと言わざるを得ない。


「いいなー、私も早く彼氏欲しいなー」


「茜は告白されることも多いさかい、そないに悩まへんでも彼氏ぐらいできるちゃう?」


「えー、それを美月に言われたくないなぁ。美月だって今までたくさん告白されていたのにそれを断って東雲君に告白したんでしょ」


「ま、まあ、そうやけど……、うちは前から陽君のこと好きやったさかい……」


「「ごちそうさまです」」


 このあと、夜見さんは顔を赤くしながら、小鳥が食べるほどの量のご飯を箸で口に運んでいた。


 ちなみに暮方さんの彼氏欲しい発言の時に勝又がオレオレと自分を指さしていたのに完全にスルーされていたことはここだけのことにしておく。


 昼休憩が終わりに近づき、次の授業の用意をしようしたときに机の中に名刺サイズの小さな封筒が入っていることに気付いた。特に装飾のない白い封筒で中に粗品の図書カードでも入っていそうなものだ。


 でも、中に入っていたのは一枚のメッセージカードだった。


『もう一度、ちゃんと話がしたいので放課後に旧校舎裏にて待ってます。 夕』


 こちらの予定を無視したような一方的な呼び出しは元カノである大久保夕おおくぼゆうからのものだった。夜見さんの交際宣言のあった日からスマホに毎日一通のメッセージが来ていたが特に開封もせずに未読スルーを決め込んでいた。


 元カノから振られたあの日、一方的に別れ話を切り出され、こちらから連絡を取ろうとしてもその時は着信拒否をされていた。それが交際宣言があった途端にあちらから連絡を寄こすとはどういうことだろう。その一方的で我侭ともいえる元カノの行動に困惑していた。


 俺が未読スルーを決め込んでいるから今度はメッセージカードを俺の机に入れたのだろうか。クラスメイトである大久保さんの方を見るとこちらの視線に気づいたのか、彼女は肩口で切り添えられた色素の薄い髪をひらりとなびかせながら、こちらを向いたが特に表情を変えるということはなかった。


 このまま無視を決め込んでいるとその行動がどんどんエスカレートしていくのではないだろうか。そのうち彼女がストーカーのようになっても困る。特に夜見さんと一緒に暮らしているなんてことが明るみになることは避けたい。ならば、一度彼女に会ってちゃんと話をした方がいいのではないか。


 そう決めるとスマホのメッセージアプリを起動させて夜見さんに放課後にちょっと用事があるから先に帰ってという旨を送信した。


― ― ― ― ― ―


 本日も読んでいただき誠にありがとうございます。評価、ブックマークをしていただけると活力になりますのでよろしくお願いします。

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