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夜見さんのスイッチ

 ベッドに入ってもさっきのキスが頭をよぎって頭が冴えてしまい寝付くことが出来ない。夜見さんはどうなのだろう。今のところ寝息をたてている様子はない。


「陽さん、そっち行ってええですか?」


 夜見さんも俺がまだ寝付いていないということがわかったのだろう。うん、とだけ答えて身体を夜見さんの方に向けた。


 夜見さんもこちらを向いたかと思ったら、そのままもそもそと平行移動をするように近づいて来て、こちらの胸元すぽっと収まった。


「あのー、夜見さん?」

「はい?」

「はい? じゃなくて、どうしてここに?」

「こうやって、陽さんにくっつくとええ匂いにがするんで落ち着きます」


 洗濯は一緒にしているので基本的に同じ洗剤の香りだと思う。


 夜見さんは再び上目遣いで、それも、今度は抗議の顔ではなく小型犬が潤んだ瞳で訴えかけるように見つめてきて、さらに尻尾をぴこぴこさせるので可愛らしさが倍増だ。


「落ち着くならそのままそこにいてもいいけど」


 胸元に顔を沈めている夜見さんの頭を優しく撫でていると彼女の体温がじんわりと伝わって来て、それが俺の中で混じり合い、なんだか俺も落ち着いた気分になってきた。


「あのさ、好きっていうのが怖くて言えなかったっていうのはわかるけど、どうして、学校で交際宣言をした時みたいに大切な人は大丈夫だったの?」


「陽さんって、けっこういけずやな。それは「あなたのことが好きです」って言うたらごめんなさいって断られることもあるけど、「あなたのこと大切に思ってます」って言うたら悪くても引かれる程度で済む可能性が高いやないですか、要は保険を掛けてる感じです」


「なるほどね。ここに来た日に言ってた「好きにさせてみせます」は俺が夜見さんのことを好きになって〝好きです〟って言えばもう怖がる必要もなく夜見さんも好きと言えるってわけだね。でも、夜見さんは初日からかなりぐいぐいきていたからそっちの方が恥ずかしいというか、断られたらダメージ大きくない?」


「そ、それは、うちはそれまでに二回もしくじっているさかい、今回は最初から全力でいくと決めてました。それに、もし陽さんに気に入られへんかったらどうせ襟巻にされてまうと思っていたので、後悔のないようにしようと思てました。それでも“好きです„は言えまへんでしたけど。でも、一応、陽さんの様子を窺いながら調整はしとったつもりです。も、もうこの話は勘弁してください。……これ以上続けるなら陽さんのことちょっと嫌いになりますよ」


 嫌いになりますと言いながらも夜見さんは先程よりもぴとっと密着度を上げてきた。そんな夜見さんを見ているとちょっと意地悪をしたくなってしまう。


「実は夜見さんがずっと〝好きです〟って言ってくれなかったから、けっこう悩んでいたんだよね。仲良くしてくれているけど本当は俺のこと好きじゃなくて、ただ、襟巻にされたくないから仲良くしてくれているだけじゃないかって考えてた。それにまだちゃんと夜見さんから好きって言われてないような気がするんだよなー」


 自分からはちゃんと気持ちを伝えていなかったくせにそれを横に置いている。


「そないにいけず言いはる口はこうです」

 胸元から顔を上げたかと思うと、こちらの首に手を回して唇を奪いにきた。一度唇を離すと、上になっている方の肩を押して俺を仰向けの態勢にした。そして、夜見さんが俺の上に四つ這いで覆いかぶさる様は最初の日の夜を彷彿とさせる。


「そないにいけずばっか言いはるならちゃんと教えなだめやな」


 俺を見下ろす夜見さんの表情は暗い部屋の中では全てを伺い知ることが出来ないが、彼女から醸される雰囲気からは捕食者的なものを感じる。


「教えるって何を……」

「うちがどれだけ陽君のこと大好きかってこと」


 彼女の吐息が耳を撫でて、反射的にビクンとなって同時に耳をはむっとされると予想外の攻撃に思わず声が出てしまう。


「うちが陽君に好きって言わへんでそないに悩んでいたなら、今からたくさん言いますから堪忍してな」


 まずい、夜見さんのスイッチが入ってしまったのだろうか。こちらの理性は先ほどのキスからまだ完全回復していない。ここで、夜見さんからの激しい攻撃を受けては落城の危機だ。


「ねえ、夜見さん、好きって言うだけならこの体勢でなくてもいいんじゃない。あれ? 俺の声聞こえてる? えっ!? ちょっと、夜見さん、そんな風に囁かれるとこそばゆいというか、そんなに近くなくてもいいと思うのだけど、ね、ねえ、尻尾をそんなふうに使うのはちょっ――」


 このあと我が家の寝室には俺の声なき悲鳴がこだました。


― ― ― ― ― ―


 本日も読んでいただき誠にありがとうございます。評価、ブックマークをしていただけると活力になりますのでよろしくお願いします。

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