六次の隔たり
それから何日かは自分がどう過ごしていたのかをよく覚えていない。一日のほとんどを部屋に引きこもって過ごしていたのだと思う。
うちにとって彼に会うまでは長い夜のような日々でそこに彼が朝を連れてきてくれた。それをいきなり奪ったお父さんが許せないでいたが、時間が経つにつれ気が緩んでしまいいつもの姿でいられなかった自分も許せなくなった。
そうなってしまうとこの怒りをどこに持って行っていいのかわからない。思いだけが心の周りを高速で周回する衛星のようになってしまい動けないでいる。
「美月入るよ。ってか、この部屋暗っ!」
ノックと同時にドアを開けるというノックの意味をなしていない兄さんがいつもの調子で入って来てカーテンを開けた。
なんで、この人はいつもこないに陽気なのやろう。
「ちょっと、兄さん、勝手に入って来んといて」
「おいおい、いつまでそんな酷い顔してる。そんな顔してたら今度陽君に会った時に相手にしてもらえへんで」
何を阿呆なことを言っているのだろう。陽君の記憶からうちはいなくなっているし、すでに彼は地元に帰っている。出会ったのも偶然だったしもう会えるわけがない。
「美月はあの日、安井金比羅宮に二人で行ってお参りしたんやろ。美月のことやから縁切り縁結びの碑にお願いを書いた形代を張ったんやろ。それなら、崇徳天皇の御利益信じた方がええんとちゃう? あそこの御利益は普通じゃないから」
たしかに、あの時、形代には「陽君との縁が続きますように」と書いた。でも、うち以外にもあの碑に願い事を書いた形代は無数に張られている。その中からうちのあんな小さな願い事をすくい上げてくれるのだろうか。
「それに美月と陽君に縁があればどっかで彼に再び出会うことはそないに難しくないんとちゃう。美月は六次の隔たりって知っとる? 友達の友達を辿っていくと6人目には世界中の誰とでも繋がっているという説。そやけど、今はSNSがあるさかいこれが6人じゃなくて、3.5人くらいになっているらしいけどね。だとすれば、美月がすることは彼に繋がるためにもう少し友人を作ることと、陽君に再び会うた時に彼の心掴むことが出来るように準備することやあらへん」
前にテレビである国の友達の友達を何人繋げば大統領までたどり着けるかという企画をしていたのを見たことがある。その番組で十人かからずに大統領までたどり着いていた気がする。そう考えれば、自分と同い年の陽君まで友達の友達を辿っていくことで出会うことは出来るかもしれない。
真っ暗な闇の中でどうしていいかわからなかったけど、兄さんの話を聞いて少し希望が湧いてきた気がする。
それから、うちはちょっとずつ変わろうといろいろ頑張ってみた。
兄さんが男の子は胃袋を掴めばいちころだと言っていたので、今まではやらなかった料理をお母さんに教えてもらって、自分で作れるものを増やしていった。
陽君は話している内容からけっこう勉強をしていそうな感じがしたので、自分も勉強をがんばって、レベルの高い学校に行くことにした。ちょっとでも近いところにいた方が友達の友達で彼にたどり着き易いと考えたからだ。
引っ込み思案も少しずつではあるが、一歩を踏み出すようにして友達に話しかけるようにしてみたり、言いたいことはちゃんと言うようにした。
しかし、どうしてもお父さんのことは許せないでいた。自分が悪いことはわかっていたが、それでも他の方法があったのではないかと考えてしまう。だから、あの日以来お父さんとは必要最低限の会話以外はしていない。なんだからそれを許してしまったらこれ以上頑張れないような気がしたから意地になっていたところはあると思う。
―三年後―
あの事があってからうちはだいぶ変わったと思う。
中学受験で第一志望の学校に合格して、そこでは友達もたくさんできた。小学校の時はあんなに暗くてつまらなかった毎日が明るく楽しいものになった。それに中学生になってからは髪色のことでいじめられることもなくなった。むしろ、かわいいと言われたりして羨ましがられることが増えた。
でも、まだ陽君に繋がるような友人はいない。そもそも中学では同じ市内の子が多いから難しいのかもしれない。
しかし、転機は進路を本格的に決めないといけない中学三年生の秋にやって来た。
「ねえ、美月、もうすぐ許嫁コースを達成しそうな人がおるって話きいた?」
次の音楽の授業のため移動している時に自分と同族の子から話しかけられた。
許嫁コース? 何のことやろ?
「えっ⁉ 聞いてないの。お父さんが言っていたんだけど、なんでも数十年ぶりに許嫁コースっていうのを達成しそうな人がいるんだって」
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