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未経験のキミと未経験のオレがキスをする話

「い、いや、俺は夜見さんのことは嫌いじゃない。でも、さっき振られたばかりだし。夜見さんのこと全然知らないから好きとか嫌いとか――」


 突然のことで今起こっていることがわからなかった。


 俺の首に手が回され、話していた口は夜見さんの唇に塞がれた。


「それなら全然問題ありません。陽さんがうちのことしか考えられないくらい好きにさせてみせます」


 彼女の吐息が耳をくすぐる。


 それと同時に彼女の運んできた空気が俺を包み、心臓が今までに感じたことのないような動きをする。あんまりにも激しい鼓動から肋骨が折れるんじゃないかと思うくらいだ。

 きっと、今の俺はさっき泣いていた時と同じくらい顔が紅いに違いない。


 こうして、元カノともしていなかった俺のファーストキスは突然許嫁として派遣されてきた夜見さんに奪われた。


「さっ、夕食の買物でも行きましょ。今日からはうちがご飯作るさかい」


 突然のキスを終えた夜見さんは俺から離れるとすぐにクルっと反対を向いた。その一瞬見えた彼女の陶器のような顔も紅くなっていた。


「よ、夜見さん、今のキスって……」


「そないなこと聞きます? 陽さん、いけずやわぁ。うちだって初めてやったからめっちゃ緊張してんよ」


 いや、聞こうとしたのは、どうしてキスをしたのかということで、さっきのキスが夜見さんのファーストキスかということじゃないのだけど……。というより、夜見さんくらい可愛い子なら今は彼氏がいなくても昔は彼氏がいて、キスとかなんてとっくに経験済みなものだと思っていた。


「陽さん、買い物行きましょ。うちこのあたりの道詳しくないから案内お願いします」


 キスの余韻でぼやけていた意識を頬を一度ぱちんと叩き鮮明してから夜見さんを追うように部屋を出た。


 


 夕方というにはまだ早い昼過ぎ。近所のスーパーまで十分弱の道のりを歩く。

 皐月の風は爽やかでシャツにジャケットを羽織るとちょうどいいくらいなのだと思う。どうして思うなのかと言うと、横を歩く夜見さんの顔が視界に入るたびに先ほどのキスが思い出され身体が熱くなるからだ。脈拍だってまだ正常な数ではないと思う。


 でも、今朝まで別の女の子と付き合っていて、振られて、泣いて、今はもう別の女の子にドキドキしている自分が嫌だった。

 元カノに対する思いがそんなに薄っぺらいものだったかと思うと自己嫌悪に陥る。


「陽さん、どないしたの? さっきから顔が赤くなったり、眉間に皺が寄ったり、ため息ついたりしてはるけど」


 夜見さんが俺を追い抜き、半歩程前から振向きつつこちらの顔を覗き込んで、首をこてっと傾ける。

 破壊力抜群の仕草に思わず片手をおでこにやる。

 夜見さん、そんな技を繰り出さないでくれ、ますます俺の心のいろいろなところをえぐってくる。


「ううん、なんでもないよ。それより夜見さん、ちゃんと前見て歩かないと危な――」

「わっ」


 自分の手を伸ばし、夜見さんの手を掴んだのは反射的なものだった。

 前を見ていない夜見さんがつまづいて、バランスを崩すその刹那に手を取れたので彼女の白い肌を傷つけなくてすんだ。


「ふー、危なかった。ほらね、前を見ていないから転びそうになる」

「お、おおきに。陽さんのおかげで助かりました……」


 夜見さんの視線がすーっと繋がれている手の方に下がっていき、それに合わせるように顔が赤くなっていく。

 俺も夜見さんの顔が赤くなっているのを見てはっとして手を離した。


「ご、ごめん。そ、その手を繋いだままで……」

「い、いえ、うちは全然かまへんよ」


 ここで、はい、そうですかと言って、再び彼女と手を繋ぐほど強固なメンタルは持っていないし、自分から手を繋ぐようなことをすれば自己嫌悪に潰されそうだ。

 夜見さんには悪いがここで直ぐにあなたになびくようなことになれば、自分が可愛い子に言い寄られればほいほいと付いていく軽い人間になってしまう気がしてならない。


「夜見さんの気持ちは嬉しいけど、ちょっとそれは……」


 差し伸べられた誘惑を断ち切る気持ちで歩き出しながら夜見さんを追い抜いた。

 その瞬間に寂しそうな顔が見えたけど、ぐっと堪えることにした。


― ― ― ― ― ―

 本日も読んでいただき誠にありがとうございます。早くもブックマークをしていただいた読者の方感謝です。


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