夜見さん、言い方に気を付けて
「兄さん、どうしてここに?」
俺より数歩前を歩いていた夜見さんが声を掛けた。やはり、家族だった。夜見さんの驚いた様子からすると事前の連絡はなく、抜き打ちの家庭訪問といったところだろうか。
「ああ、よかった。インターフォンを鳴らしても返事がないからどうしたのかなと思っていたよ」
こちらを向いた夜見さんのお兄さんは、すらっとした体形に夜見さんと同じように整って色白な顔立ちで、誰がどう見てもイケメンである。職業がモデルだと言われれば疑うことのないレベルの方だ。
「来るならあらかじめ連絡ください。そうすればちゃんと待ってますのに」
「あれ? 昨日連絡しなかった? あー、メッセージが下書きのままで送信してなかったよ」
お兄さんはスマホを確認するとあちゃーというようなリアクションでおでこに手を当てた。
イケメンはこのような間抜けなリアクションションをしてもかっこよく見えるのだから不思議で恨めしい。
「ん? 美月、後ろにいるのが陽君だね」
柔らかいだけでなくどことなく色気のあるような声だ。イケメンって声までイケてるのか。
「は、はじめまして、東雲陽です」
こういう時って、どんな風に挨拶するのが正しいの? しかも俺は許嫁として派遣されている夜見さんをまだ受け入れていない。そのことが伝わっているのだろうか? そうだとするなら俺の印象はかなり悪いに違いない。
「こちらこそ、初めましての方がいいかな? 美月の兄の夜見天明です」
天明さんの丁寧なお辞儀につられるようにこちらもお辞儀をする。初めましての方がいいかなって、どこかで会ったことがあるのだろうか? これだけ目立つ人なのでどこかで会っていれば覚えていそうな気がする。
「ちょっと、兄さんに陽さんも、こないなところで自己紹介始めんといて」
ちょうど他の人がいないタイミングとはいえ、エントランスで立ち話というわけにもいかないので俺たちは部屋に天明さんを招き入れた。
リビングのソファーには夜見さんと天明さん、俺はダイニングから椅子を持って来て座った。ローテブルには夜見さんが入れてくれた紅茶が置かれている。
部屋に帰って来てから俺は特に口を開いていない。というよりもこれから許嫁の件についてどう説明しようかと必死に言い訳を考えている。
「ところで、兄さん、今日は急に何用ですか?」
口火を切ったのは夜見さんだ。でも、その口調は兄妹の会話にしてはちょっとよそよそしい感じがする。やはり実家と仲があまり良くないと言っていたのは本当のようだ。
「美月、そんなにつんつんするなよ。妹が元気にやっているか心配してやって来たんだからさ。まあ、でも、見た感じ元気そうだから何よりだけど」
紅茶を一口啜る天明さんの様子はそれだけでジェントルマン的な絵になりそうなほどかっこいい。
「うちはいたって元気にしてますし、陽さんとも仲良うしてます。お風呂だって一緒に入ってるさかい」
言い方! お風呂に一緒に入ったのはこないだの一回だけだし、お互いに水着着てたし。
「おっと、美月からそんな言葉が飛び出すとはお兄ちゃんびっくり」
ほらほら、絶対に誤解してるよ。俺たち裸の付合いどころか、手を繋いで歩くことすらしていませんからね。
あと、天明さん、見た目に寄らずけっこうお茶目ですね。
「あ、あの天明さん、誤解があるといけないのですが、俺と夜見さ……、美月さんは清いお付合いと言いますか、その、天明さんが思っているほど進んだ関係ではないです」
緊張のあまり途中から片言のロボットみたいなしゃべり方になってしまった。きっと、今歩くと右手と右足が同時に出てしまうだろう。
「陽君、そんなに緊張しなくていいよ。今回の件はある意味で君は一番の被害者だ。時代遅れなあの御利益のコースを改定しないでそのまま残していたからこんなことになっているんだからね。高校生の君がいきなり現れた許嫁を受入れられないのはもっともだと思うよ。僕だって君の立場なら混乱するし戸惑うよ」
どうやら、俺が夜見さんを許嫁として受け入れていないことを知っているようだし、そのことを怒っている様子でもない。どちらかと言えば、俺に同情して味方でいてくれそうな雰囲気だ。
「はい、み、美月さんが急に許嫁としてここに来た時はとても驚きました。それにこの許嫁の件をお断りすると、御利益が達成できなかったということでキツネの襟巻にされると聞いたので最初はどうしようかと思いました」
「んん? 襟巻にされるって……、もしかして、美月はあの話まだ信じていたの? それって俺たちが小さい頃に親父に言われていたやつだろ。神使のキツネとしてちゃんとその役目を果たせないと襟巻にされて、売りに出されるっていう」
はい? もしかして、襟巻の件って雷様におへそ取られるとか、いい子にしないとサンタさんが来ないとかの類の話なのか。
「えっ⁉ だって、あの話は本当のことやあらへんの?」
夜見さんは顔を赤くしながら手をバタバタさせている。これはもしかするともしかするのかもしれない。
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