どんな髪型にするかは事前に説明を
「ねえ、やっぱり、夜見さんも一緒に行くの?」
「ダメですか? でも、陽さんがどないな風に言ったらええか、わからんって言いはるから一緒に行った方がええかなと」
暮方さんに髪型が野暮ったいと言われた日から数日が経ち、今日はこれから夜見さんが予約をしてくれた美容院に行く。
美容院に行ったところで美容師さんは魔法使いではないので、ものの数十分で俺をイケメンにすることは不可能である。というより、どんな髪型にしますかと聞かれてもこんな風にしてくださいという案を持っていないので、前回切った時から伸びた分だけ切ってくださいというのが関の山だ。
そんな俺を見かねて夜見さんが付いて来てくれることになったというところだ。
正直、髪を切りに行くのに同伴者がいるって結構恥ずかしくない? 親と一緒に理髪店に行ったのだって小学校までだったと思う。
「たしかに俺一人だとどんな風にしたらいいかとかわかんないけど……。ちなみに夜見さんはどんな髪型にしたらいいと思ってる?」
そう、こういうことはあらかじめ聞いておいた方がいい。夜見さん希望の髪型が逆モヒカンだったり、ちょんまげだったりする場合は今すぐここで回れ右をしていただき、先の帰宅を全力でお願いししなければならない。
「こんな感じがええと思てます」
差し出されたスマホの画面には俺よりも三段階くらいはかっこいいと思われるカットモデルの写真が写っていた。
その髪型は今の俺よりもだいぶ短めで、耳周りや襟足がすっきりしており、トップの方は自然な長さがあり、それがワックスで綺麗に流されている。奇をてらわないいたってスタンダードな髪型といえる。
「これだと今よりだいぶ短くなるね。ここまで短くなるのか数年ぶりかも」
「そうなんですか。うちは陽さんは今みたいに長めの髪より、短めにした方がええと思うんです」
今の髪型に強いこだわりだあるわけではない。人との関りが減っていくなかでだんだんとこの形になっていった。この髪型自体に防御力があるわけではないけれど、これで少しでも身の守りを固めていたのだと思う。
「こんなにイメチェンするのはちょっと勇気いるね。こんなに変わったら、みんながあいつは夜見さんと付き合いだしてから調子に乗ってるなんて思わないかな」
「陽さんはまだそないなこと気にしてはるんですか。大丈夫です。うちと付き合いっていることだって、だいぶ下火になっているやないですか」
このことについては、夜見さんの言うとおりだ。初日こそみんなから怨み・妬みの視線が飛んできていたが、今は砂糖さえ撒き散らさなければそんな視線が飛んでくることはほとんどない。まあ、あとは、体育のバスケで時々殺人パスが来るくらいだ。
「それに普段は自分のことを路傍の石とか言うのにこないな時だけ目立つ存在にしはるのはずるいですよ」
痛いところを付いてくる。どうも最近の夜見さんはこちらの思考を読んでいるのか、的確に俺の逃げ道を塞いできて、残っている出口へもっていこうとしている気がする。まるでキツネが小動物を狩っているかのようだ。
美容院に着いて、椅子に座ったところで担当の女性美容師さんに夜見さんが先程の画像を見せながら説明をしている。いよいよ断髪式が開始されるようだ。
「かわいい彼女さんですね」
三十代半ばくらいと思しき美容師さんは霧吹きで髪を濡らしながら話しかけてきた。
「は、はい、ありがとうございます」
どうも、この世間話的なものが苦手だ。普段行っている格安の理髪店などではそんな暇もなく短時間勝負という感じで髪を切ってもらっていたのだが、今日はそうではない。
でも、この美容師さんは世間話というよりは俺の髪の質だったり癖だったりについて話してくれた。そのうえで夜見さんが見せた画像のままよりも俺に合った感じにするにはどうするのがいいかなどについて話してくれたので、こちらとしては相槌を打っていればいいのでさほど苦にならずに済んだ。
そうしているうちにカットは無事に終了。これなら暮方さんだってもう野暮ったいなんて言わないだろう。
シャンプーをして髪を乾かし、ワックスで整えてもらって全行程終了だ。シャンプーの時に先日の夜見さんとのお風呂が思い出されてちょっとドキドキしたことはここだけの話にしておく。
「はい、これで全て終わりです。お疲れ様でした。かなりさっぱり切ったから雰囲気だいぶ変わりましたね。アドバイスくれた彼女に感謝しなくちゃね」
鏡に写る自分の姿はもちろん見慣れたものである。もちろん髪を切ってさっぱりはしているが、土台の方はいじっていないので上物をいじったところでたかが知れている。
待合スペースでは夜見さんが備えられている雑誌を見ながら待っていた。終わったことを告げて会計を済まして店を出たのだが夜見さんの様子がおかしい。
様子がおかしいと言っても、街中でキツネ耳や尻尾が出ているわけではない。なんだかもじもじとして目を合わさない様子だ。いつも白い頬もほんのりとピンクな気がする。
もしかして、風邪でもひいて体調が悪いのだろうか。一緒に暮らし始めていろいろと気を使うことも多いだろうから疲れが出ているのかもしれない。
「夜見さん、大丈夫? 体調でも悪いの?」
「ふぇっ、そ、そないなことありません。うちはいつもどおり元気です」
「そう? さっきから様子がいつもと違うようだけど……」
どうも様子がおかしい。いつもならちゃんと目を合わせて話すのに目も合わさない。なんなら俺の方を見つめて俺をドキドキさせるくらいのことをしてくるのに。
「と、とにかく、うちはいつも通りです。あと、しばらくうちの方を見つめんといてください。ほら、新宿御苑に行ったときに陽さんがうちに見つめないようにって言いはったやないですか、あれをうちも陽さんに適用します」
えっ⁉ 何その逆適用。急に短くなったから見慣れない感じがしてこれじゃない感がでているのだろうか。
その後は早足、無言のまま歩く夜見さんを追いかけるようにしてうちまで帰った。この様子だけ見れば、彼女を怒らせた俺が追いかけているようだ。
マンションのエントランスに着くとインターフォンの所に先客がいた。
三つ揃いのネイビーのスーツを着た長身の若い男性だ。
ただ、一目見ただけでこの人の向かう部屋がうちではないかと思った。だって、夜見さんと同じ綺麗な銀髪だし、どことなく顔立ちも夜見さんと似ているきがするからね。
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