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暮方さんの香り

「はぁぁー、疲れたー」


 帰宅すると制服のままソファーに倒れ込んだ。


 何が疲れるって、通常の授業もそれなりに疲れるけど、それよりも怨み、妬みのようなちくちくとした視線だ。夜見さんの交際宣言があったせいで休憩時間の度に他のクラスの生徒がやってきては「えっ、あいつが夜見さんの彼氏?」「あれがいけるなら俺にもまだワンチャンあるんじゃね」というような言霊を含んだ視線が飛んでくる。


 何というか気が休まらなという感じで、休憩時間なのに授業中よりも疲れる気がした。


「お疲れ様です。お茶でも入れるさかい手洗って、着替えてください」


 一緒に帰って来た夜見さんは先に手洗いを済ませ湯を沸かしている。


 手洗って、着替えなさいって台詞は彼女というよりオカンという感じだ。ただ、オカンに言われた時と違うのは素直にはーいと、返事をして従うというところだろう。


 学校では便宜上、彼女設定だったが家ではなんといっていい関係なのだろうか。ちょうどいい言葉を持ち合わせていない。同居人以上許嫁未満といったところだろうか。


 言われたことを済ませてソファーに戻るとちょうど夜見さんが紅茶を持って来てくれたところだった。


 夜見さんは二人で座るには余裕のあるソファーなのに拳二つ分くらいの間隔をおいて隣に座った。肩が触れることはないがちょっと近い気がする。


 ふーふーと覚ましながら紅茶を飲んでいる夜見さんはキツネ娘というよりリスなどの小動物のようだ。


「ん? うちの顔に何か付いてますか?」

「ううん、何も付いてないよ。ふーふー冷ましているから猫舌なのかと思ってさ」


 夜見さんを見ていたことがばれるのが恥ずかしく咄嗟の嘘で取り繕う。


「猫舌度でいうと普通の人と同じくらいだと思います。まだ淹れたてやさかい、陽さんも気ぃ付けてください。あ、あと、これは別にやきもちとか嫉妬とかではないんやけど、昼休憩の時に茜が陽さんを借りていかはったやないですか。その時って二人で話していただけですか?」


 話をしていただけと言えばその通りだと思う。俺からすれば一方的にからかわれていた気もするけど。どうしてそんなに気にしているのだろう?


「その……、陽さんを疑ってるわけやないけど、うちは普通の人より鼻がきくさかい、陽さんの顔や頭の辺りから茜の香水の香りがするから……、その……」


「えっ⁉」


 俺はカップをローテーブルに置いて、焦るように顔や頭をぬぐって、その手を鼻にやったところで気付いた。この行動って浮気がばれた時の行動ぽくない?


「えっと、夜見さん、これは違うんだよ。別に暮方さんとやましいことは何もなかったから。本当、信じて」


 ああ、人って焦るとみんな同じようなこと言うもんだね。まさか、自分がこんなテンプレのような言い訳を言うなんて思わなかった。


「でも、どういう体勢で話をしたらそんな所から茜の匂いがするんやろなぁ」


 夜見さんの目は下半分の半月形になっている。いわゆるジト目と言うやつだ。


 夜見さんは俺の耳の辺りに顔を近づけてクンクンとしている。その度に微かな鼻息が耳をくすぐりこそばゆい感覚に襲われる。


 しかし、冷静に考えれば、何も焦ることはない。本当のことを言えばいいだけだ。あの場でやましいことなんて何もなかったのだから。

 俺はあの場で暮方さんと話したことをかいつまんで夜見さんに伝えた。

 もちろん、柔らかメロンを近くで見つめたことは割愛させていただいたけどね。


「まあ、そないなところと思ってました。相変わらず茜はからかい好きやからなぁ」


 本当だろうか? 夜見さんはけっこう俺のことを疑った目で見ていた気がする。もちろん、俺の対応が悪かったのもあると思うけどさ。


 わかったことは夜見さん相手に浮気は出来ないということだ。こちらがわからないレベルの匂いを感知できるのだから隠すことは難しいだろう。もちろん、するつもりはない。


 夜見さんもカップをローテーブルに置くと昼休憩に暮方さんがやったのと同じように俺のこめかみ辺りから手を滑らせ髪をかき上げた。


 髪をかき上げられているということは、当然俺の頭は夜見さんにロックされているわけで、俺はその状況になってからまずいと気付いた。これって、夜見さんにキスされる状況なんじゃないかって。逆顎クイやスキンケアの時と似ている気がする。


「うーん、さすが茜、陽さんのかっこよさに気付きはるとは」


 骨董品店の目利き店主が持ち込まれた品を鑑定するように、夜見さんは俺の顔をまじまじと見る。俺よりも何倍も顔のパーツが整っていて、シミ一つない陶器のような肌をしている夜見さんは重要文化財級かもしれないが、俺の顔なんて陶芸教室の初心者が作った出来損ないの湯飲みみたいなものだ。


「そないなことないですよ。茜が言うたように髪を切るだけでもだいぶ雰囲気変わるはずです。そや、今度うちと一緒に美容院に行きましょ」


 美容院なんて今まで行ったことがないのだけど大丈夫だろうか?


 どうしても美容院というと男子禁制のスポットで、男性であの中に入れるのはごく一部のおしゃれ男子だけだと思っている。したがって、俺が行けば店の入り口のところでドレスコードのあるレストランにTシャツ、短パン、ビーサンで来た人みたいにお断りをされるのではないだろうか。


「陽さん、美容院を一体どんなところやと思ってます?」


 口が半開きになってちょっとあきれた様子なので冗談をこのくらいで切り上げることにする。


「今まで理髪店しか行ったことがないからどんなところと言われてもイメージが湧かないな。何となくだけど、店員の人が若い女性が多いイメージかな。今まで行っていた理髪店はおじさんばかりだったから、若い女性に髪を切られたりシャンプーをしてもらったりするのって恥ずかしい気がするよ」


「陽さんの美容院像にえらい偏見を感じますが……、とにかく、茜の言うところの野暮ったい感じも解消されると思いますので一度行きましょ」


 そう言うと、夜見さんはスマホで近くの手ごろな美容院を探し始めた。


― ― ― ― ― ―


 本日も読んでいただき誠にありがとうございます。評価、ブックマークをしていただいた読者の方感謝です。

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