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暮方さんは危険人物

 食堂で夜見さんのお弁当を堪能した後、教室に戻る準備をしていると暮方さんが夜見さんに声を掛けた。


「美月、ちょっとこのあと東雲君借りてもいい?」


 俺はものじゃないと思いながら、夜見さんを見ると、少し戸惑った表情を浮かべている。今は隠れているが、もし、キツネ耳が出ていればそちらもしおっとしているだろう。


「大丈夫、大丈夫。いくらわたしに彼氏がいないからって友達の彼氏を取ったりするようなことはしないから」

「う、うちはそないなこと心配してません。その辺りのことは陽さんを信頼してますから」

「信頼されているらしいよ。し・の・の・め君」


 ニッと口角を上げて笑う暮方さんはどこまでも俺をいじりたいらしい。


 それから、勝又、その羨ましそうな顔をそろそろやめろ。お前が暮方さんにいじられたいという欲求があることはわかったから。


 食堂を出ると俺は暮方さんの後を追うように付いて行く。

 暮方さんがやって来たのは文化部系の部室が集められている旧校舎の廊下の突き当りだった。


「暮方さん、こんなところに俺を連れてきて何の用事?」

「ここなら、誰かにつけられていても相手が身を隠すところもないし、話し声が届く距離にはいないだろうからね」


 つけられるというのは勝又のことを指しているのだろうか。歩くタブロイド紙と言われる勝又を警戒するのは当然と言えば当然だ。そして、そうまでして、俺と話したいこととは何だろう?


「ねえ、東雲君、君はいったい美月のどんな弱みを握っているの?」


 さっきまで食堂にいた時とは雰囲気が違いこの質問が本物ガチなものだとわかった。


 そりゃそうだろう。今まで告白をすべて断っていた夜見さんが急に彼氏を作って、朝からその彼氏にハグして、交際宣言までしたら不自然だと思うだろうし、俺が何か夜見さんの弱みを握っていると考えるのも当然だ。


 でも、俺が夜見さんの生殺与奪の権を握っているなんて言えないし、御利益で俺の許嫁になったとも言えない。


「別に夜見さんの弱みなんて握ってないよ。俺も夜見さんから告白された時はこんな俺でいいのって驚きはあったけどさ」


 昨夜の〝恋人〟設定を話した際に夜見さんから俺に告白したという設定も決めていた。そうしないと元カノとの関係や勝又に送ったメールとの整合性が取れなくなるからだ。


「わたしも美月が自分から告白したって聞いた時は驚いたよ。だって、今まで好きな人の話とかタイプとか全然話さなかった美月が急に告白して、彼氏作ったんだから」


 なるほど、夜見さんから告白したって話はすでに午前中に聞いてたわけだ。

 夜見さんがいままで好きな人の話とかをしなかったのは、彼女が修行中の身の上、そういうことにうつつを抜かしてはいけないという思いがあったのかもしれない。


「でもね、さっき一緒にご飯を食べている時の二人の様子を見て、東雲君が弱みを握って無理やり美月と付き合っているとは思わなかったんだけど、一応聞いてみたくてさ。気を悪くしたらごめんね」


「全然気にしてないから暮方さんも気にしないで。夜見さんが俺に告白したなんて普通は信じれないし、俺が何か弱みを握っていると考えても不思議じゃないから。それにしても、今朝、夜見さんが急にハグしたのは驚いたね」


 俺は夜見さんの生殺与奪の権を握っていることで彼女の弱みを握っているとは思っていないけど、暮方さんからすれば俺が嘘を言っていることになるだろう。だからこれ以上この話題を続けるのは嫌だと思って今朝の件に話題を転換させた。


「あれは驚いたね。美月があんな大胆なことをするとは思わなかったよ。これはわたしの勝手な想像なんだけど、あれって、わたしには彼氏がいますっていうのもあるけど、東雲君は私のだから誰も手を出さないでって感じもしたんだよね」


「それはどうだろ。あの時の状況からだと、夜見さんが自分には彼氏がいるからこれ以上誘ってこないでというのはわかるけど、俺に手を出さないでは言い過ぎじゃないかな。だって、俺は夜見さんと違って女子から人気があるわけじゃないから」


 これは自己肯定力が高いとか低いという問題ではなく。客観的な事実としてそうだと考えた。


「そうかな、わたしは東雲君とは今までほとんど話したことがなかったからわからなかったけど、今日話してみてけっこういい奴じゃんって思ったよ。美月のお弁当の感想だってド直球で言っていたじゃない。あれをみんなの前でするのってなかなか簡単なことじゃないと思うんだよね。まあ、ちょっと砂糖多めな感じはするけど」


 暮方さんは少し顔を赤くして恥ずかしそうに頬を人差し指で搔きながら答えた。


「えっと、砂糖多めな件はすいません。砂糖まき散らしているって自覚なくて――」

「東雲君、それ以上話すとまた砂糖出てくるよ」


 どうやら俺は無自覚の砂糖製造機になっているようだ。これは気を付けておかないと怨み、妬みをかって夜道で刺されかねない。


「わたしさっきから思っていたんだけど、東雲君ってさ、髪が伸びててちょっと野暮った感じだけどさっぱり切ると結構いけてると思うんだよね」


 暮方さんはすっと近づくと手を伸ばして、俺の髪をかき上げた。髪を滑る指の感触がくすぐったい。二人の距離が近くなったことで、香水の甘くいい香りが鼻をくすぐる。そして、彼女のブラウンの瞳が俺を値踏みするように見つめた。


「く、暮方さん何をしてるの?」


 暮方さんの瞳を見てしまうとその瞳に釘づけにされ視線を離せない。

 どうにか強い意志で視線を下にずらしたのだが、今度は着崩された無防備な制服が猛威を振るう。

 触らずともわかる柔らかなメロンはあまりにも近く刺激が強い。


 嗅覚を香水と彼女匂い、視覚をメロンによって激しく攻撃されて思わず、ゴクリと音が鳴るほどに唾を飲み込んでしまった。


「何って、東雲君は意外といい男なのにもったいないなと思ってね……」


 ここにきて、吐息の掛かるような声で聴覚にまで攻撃を始めた。

 ビクンとなりそうな身体を必死に抑え込んで必死に冷静を保とうとする。


「そんなに褒めても何もでませんよ」


「チッ、うめい棒の一本でも出るかと思ったのに」


 俺の頭からぱっと手を離すと、そのままきゅっとターンをきめて続けた。


「それじゃ、そろそろ戻ろうか。あんまり遅いと美月にいらない心配かけそうだしね」


 いったいこの人はなんなのだろう。からかったり、まじめな話をしたり、急に距離を詰めてきたり……、でも、暮方さんの悪戯っぽい無邪気な笑みがそれを全て許してしまう。


「東雲君、美月は君のことが大好きだと思うから大事にしてあげてね。泣かしたら、わたしが東雲君のことボコボコにしちゃうかもよ」

「肝に銘じておきます」

「それから、教室帰るまでに一度鏡見た方がいいかも、けっこう顔赤いよ」

「そ、それは暮方さんのせいだよ」


 やっぱり、暮方さんはいろんな意味で危険人物だ


― ― ― ― ― ―


 本日も読んでいただき誠にありがとうございます。評価、ブックマークをしていただいた読者の方感謝です。

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