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CV.夜見美月

 教室に入ってきた若い女性の担任教師はこの異様な空気を察知したらしく「なにかあったの?」と聞いたが誰も小学生のように「東雲君と夜見さんが不純異性交遊をしています」とは言わなかった。


 担任もこの空気の中に長くいたくないのか連絡事項を告げるとさっさと教室を出て行った。

 担任が教室のドアを閉めるのを合図にして夜見さんの周りには女子生徒が集まり出した。俺と付き合っていることについていろいろ聞きたいのだろう。


 一方、俺の方の机には鼻息を荒くした勝又しかいない。男性生徒の場合、俺から聞かされる夜見さんとの話なんて苦痛と拷問でしかないからだろう。代わりに怨恨を存分に含んだ視線があちこちから飛んできている。

 勝又の場合は、夜見さんは恋愛的な対象ではなくエロとしての対象でしかないのでダメージがほとんどないようだ。


「陽、何か俺に言うことあるだろ」

「うーん? そういえば、柳はいつの間にかいなくなっていたけどどうした?」

「ん? 柳なら夜見さんのお付合い宣言を聞いた直後に真っ白な灰になって消えていったよ」

「あいつ魔物か何かだったのか。まあ、成仏できてなにより」


 要は、勝又もよく見ていないということか。ただ、夜見さんの宣言によって心を折られたのは間違いないだろう。


「だ・か・ら、そんなことじゃねーよ。お前さんが付合ったのが一昨日からなら昨日俺に会った時はすでにカップルだったってことだろ。なんで、俺に報告がないんだ!」


 まずい、〝恋人〟設定を昨夜から後付けしたから時系列がおかしくなってきてしまった。

 まあ、あの時点で仮に恋人だったとしても勝又に報告はしなかったかもしれないけどね。


「ほ、ほら、付合ったばかりだし恥ずかしかったから……」

「昨日、恥ずかしがっていたカップルが翌日にみんなのいる教室でハグするかよ」


 うん、俺もそう思う。人気のない場所ならまだしも朝からみんなのいる教室でハグってレベル高過ぎでしょ。その辺のバカップルだってそんなことはしない。


「まあ、なんだ、あれは不可抗力みたいなもんだ。柳がしつこく夜見さんを誘わなきゃ俺の出る幕はなかっただろうし、ハグもなかったはずだ」

「結果論的にはそうだが、俺は親友から彼女ができた報告もされず、朝から熱い抱擁を見せつけられ、もう心はズタボロだ。どう見積もってもこれは高くつくぜ」


 勝又から初めて親友なる言葉が出てきた気がする。これって、宝くじに高額当選したら急に親戚が増えるってやつか。

 あと、見積の結果何を請求するつもりかわからないが、夜見さんの下着とかを要求した場合はエロ又のメガネをむしり取り窓から投げ捨てようと思っている。


「高くつくって言っても無い袖は振れないからな」


 勝又はメガネをくいっと上げて、キラリとレンズを光らせると周りには聞こえない声で囁くように言った。


「陽ならそんなに難しいことじゃない。お前さんどうせ夜見さんと昼飯を食うだろ。その時に暮方さんと俺も一緒に食べようと誘ってくれればいい」


 うわ、なまじ金品を請求されるより面倒かも。


 昼食については、夜見さんがお弁当を作ってくれているので、もともとそれを食べる予定ではあったけど……、とりあえず、夜見さんに話してみよう。

 俺はやるだけやってみると勝又に伝えて、メッセージアプリを起動させた。


 東雲:)今日の昼ごはんなんだけど、暮方さんや勝又も一緒にどうだろ? 二人きりだと目立つと思うから。


 勝又にはメッセージを送った旨を伝えて、席に戻ってもらった。今の夜見さんの様子じゃ、しばらく返信は来ないだろうからさ。


 夜見さんからの返事は二時間目の授業が終わってからすぐに来た。


 美月:)茜に聞いたらOKだって、茜も陽さんと話してみたいということです。


 夜見さんって、普段しゃべるときは京都弁だけど、書き言葉になると標準語になるんだよね。メッセージを読むときに脳内ではCV.夜見美月となるわけで、標準語で再生される彼女の言葉が新鮮に感じる。


 夜見さんの京都弁がビジネス京都弁なのかとも一瞬考えたけど、書き言葉はだいたいみんな標準語で書く。関西では公文書が関西弁で書かれていたりしたら読みづらい気がする。


「スマホを見ながらニヤニヤしているその顔をばら撒いてやろうか」


 顔を上げると俺にスマホを向けている勝又が立っていた。


「ニヤニヤなんかしてるか? いたって普通のつもりだけど」

「本気で言ってるならこれ見てから言ってみろ」


 勝又が見せたスマホの画面にはどう見ても弛緩している阿呆の顔があった。

 やばい、自分でちゃんと自分のことを客観的に見れなくなってきている。


「たしかにこの顔はまずいな。親が見たらちょっと泣くレベルだわ」

「だろ。まあ、そんな顔しているってことは夜見さんから昼飯の返事が来たか? それともただのイチャイチャメールか」

「返事は来たよ。暮方さんもOKだってさ。四人で食べるのはいいけど、夜見さんたちの前でエロや下ネタ振るなよ。そんなことしたら二度と誘わないどころか先生に部活のこともばらすからな」

「陽、そんなに心配するな。俺だってTPOくらいわきまえている。暮方さんを間近で見ながら飯が食えるなんて、それだけである意味飯が食える」


 おおよそ意味に分からないことを言っているが、勝又はこういう時はちゃんとできる子であるのは知っている。


 勝又はこれでも二年生にして文化史研究部の部長なのである。

 文化史研究部とは何かというと、歴史の授業で扱うような文化財(絵画、彫刻、建築など)について造詣ぞうけいを深めようというとてもアカデミックな部活動だ。


 いや、だったというべきかもしれない。勝又は文化史研究部に入部すると自ら春画のすばらしさを説き、徐々に部内を掌握し、今や文化史研究部は春画研究部と言っても過言ではないスケベの集まりになっているのである。


 もちろん、教師にそのことがばれないように表面上は従来のアカデミックな活動を装うこともちゃんとしている。


 だから、一緒に昼飯を食べている時はきっとよそ行きの感じで対応してくれるはずだ。


― ― ― ― ― ―


 本日も読んでいただき誠にありがとうございます。評価、ブックマークをしていただいた読者の方感謝です。

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