シン・ミヅキ
「うちにとってとても大切な人です」
ぶわっと教室の空気が衝撃波でも出たかのように揺らぐのを感じた。時が一瞬止まり、この様子を聞いていないふりをしているクラスメイトもその振りを一瞬忘れてしまったかのように静寂が広がった。
「えっ⁉ 夜見さん、こんな奴と付き合ってるの?」
「陽さんはこんな奴ではありません。うちにとってとても大切な人なんです」
夜見さんは言い終わらないうちに俺のネクタイを掴み自分の方へ俺を引き寄せると、空いている方の手を腰に回し、ギュッと抱きついてきた。
その瞬間、先程の衝撃波による空気の揺れとは比べ物にならないくらい空気がドーンと揺れた。
アニメの演出で衝撃的な出来事があった時に建物が揺れて屋根が吹っ飛ぶシーンがあるけど、俺は今それを直に体験しているようだ。
クラス中が夜見さんの圧倒的な攻撃に動揺していると、彼女は俺にしか聞こえない程度の声で囁いた。
「陽さんのことちゃんと守れたやろか」
これは守ったというのだろうか? どちらかと言えば、キャンプファイヤーにジェット燃料を投下したくらいの炎上だ。
「美月と東雲君って付合ってるの?」
さすがイケイケギャルの暮方さんだ。この光景を見て驚きはしているものの既に正常な会話ができる状態になっている。
しかし、夜見さんが俺にギュッと抱きついているという光景は周りの男子生徒を瀕死に追い込むには十分過ぎる威力で、クラス内はゴジラの暴れまわった後の街のように壊滅的被害が出ている。
俺は昨日や一昨日のことがあるから、ネクタイを持たれて引き寄せられた時にキスをされるのではと思ったがそれは自重してくれたようだ。
もし、キスだった場合には男子生徒は瀕死ではなく、光の中に溶けて消えていったかもしれない。
「そうです。うちは陽さんとお付合いしてます」
ネクタイは離してくれたものの抱きついた状態のままの夜見さんが顔を赤らめながら小声で宣言した。
もし、勢い余って〝許嫁〟なんて言ったら、男子生徒のLCL化が始まってしまうかもしれない。
みんなよかったな。夜見さんはかなり手加減してくれているよ。
「マジ⁉ 今まで全然そんな話してなかったじゃん。ねえ、東雲君、いつから付合っているの?」
暮方さんはすでに通常営業モードという感じのノリだ。みんながこれぐらいの感じのノリで話してくれるなら俺もそこまで嫌ではないのだが……、暮方さんの陽気な雰囲気とは対極的な禍々しい暗黒邪龍の如きオーラが教室のいたる所から湧き出している。
もちろん発生源は瀕死の重傷を負った男子生徒及び一部の女子生徒だ。墓場から這い出たゾンビの如き彼らは口々に呪いのような言葉をつぶやく。
「東雲許しておけん」「どうして、あいつなんだ」「今度の体育の時間が奴の命日だ」「いったいいくら積んだんだ」「美月ちゃん、そいつに騙されちゃダメだ」「わたしの美月はあなたに渡さない」
みんなが恨めしく思うのも無理はない。夜見さんは今まで告白を断っても友達でいようと言っていたので、みんなが友達というライン上に並び、誰もそこから先に行くことのないある意味平等な世界が保たれていた。
でも、俺がその平穏な世界を崩した。それも路傍の石のような野郎で今まで夜見さんと特に親しくもしていない野郎だ。
イケメンでコミュ力も高いような野郎が夜見さんの隣に立っているのならまだ許されたのかもしれないが、俺がその位置に立つとさっき柳が言ったように「こんな奴と付合ってるの」というようになる。
こうなることは、昨日の夜に学校では〝恋人〟という関係で過ごすと決めた時から想定していた。
本当は〝恋人〟ではなく〝友達〟にしたかった。そうすれば他のみんなと同じライン上にいるから大した騒ぎにならない。
でも、彼女は俺を自分が告白を断った人と同じラインに置きたくないと言った。そう言われると俺としては断れない。だから、怨みの言葉や妬みの言葉が飛んできても大丈夫なように身の守りを固めていたつもりだけど、実際に受け止めてみるとなかなか辛い。
辛いけど、ここで辛いなんて顔したら全てが台無しになってしまうと思って気丈に振舞う。
「付き合いだしたのは一昨日からだよ。お互いに本の話とかで共通の話題があったから」
「あー、たしかに美月はいろんな本を読んでるよね」
暮方さんが相槌を打ってくれたタイミングで始業のベルという名のゴングが鳴り、第一ラウンド終了を告げた。
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